冷え冷えミートパイと悩めるリディア
クリスレイン様は、私がここにいては危険だと言った。
それは多分、残った二人の魔女の娘の件があるからだろう。
エルガルド王国は確かに魅力的だし、知らない食材やレシピがあるなら行ってみたいなと、思う。
でも。
「かぼちゃぷりん……」
「タルトタタン……」
心配そうに私を見上げているエーリスちゃんと、ファミーヌさんを私は抱きしめた。
ぎゅっと抱きしめると、ふにふにもちもちとした感触と、ふわふわふさふさした毛並みの感触が体にあたる。
あたたかい。
「ごめんなさい、心配かけて。私、エルガルドには行きませんよ。クリスレインお兄様は蟹をくれた良い人だし、心配してくれて嬉しいですけど……でも、私はここが好きなんです」
私がエーリスちゃんとファミーヌさんをぎゅうぎゅう抱きしめると、二人とも体を私に擦り付けてくる。
少し悩んでしまったから、心配させてしまったのよね。
悩んでいたのは行くとか行かないとか、そういうことではなくて、どうやって断ろうかと考えていたからだ。
何かを断るのが、私は結構苦手みたいだ。
もちろん、シエル様やロクサス様に誘拐されたときは、嫌がったり泣いたりしていたけれど、それは混乱していたし、二人のことをよく知らなくて怖かったからということもある。
クリスレインお兄様の場合は、純粋な好意だから。断りづらいのよね、多分。
「みんなが、いてくれて、怖いことなんてなくて。エーリスちゃんとファミーヌさんだって、こんなに可愛くて良い子になったんです。もしかしたら残りの魔女の娘たちだって、辛いことがあったかもしれないし、お話ししたら、わかってくれるかもしれないし」
「かぼちゃ……」
「タルト……」
エーリスちゃんのつぶらな瞳から、ファミーヌさんの大きな瞳から、ぽろぽろと涙が溢れた。
「大丈夫ですよ、二人とも。きっとなんとかなります。私が、なんとかします。だって私には、お料理があるんですから。クリスレインお兄様も言っていましたよね、戦いよりも、畑を耕すって。私も、戦いよりも、美味しいものを食べていた方がずっと良いです」
すりすりしてくる二人を抱きしめていると、だんだん元気が出てきた。
「……私、強くないし、戦うことだってできないけど、私でも、役に立つことがあるって思います。……私はここで食堂を続けて、みんなが、ここにくるとほっとしてくれるような美味しい料理を作って……それが私のできることだし、そうしたいんです。……お父さん、良い、でしょうか」
私が話しかけると、魔石ストーブの前でぬくぬくしているお父さんが顔をあげた。
「君は、逃げることを選ぶのではなく、立ち向かうことを選ぶ。それが、君の選択。私は側にいよう。いつでも君の側に。私は君の、お父さんだからな」
「ありがとうございます、お父さん」
「……人の営みには関わらないようにしている私だが、君には何故か手を貸したくなってしまうな。君ならきっと……いや、なんでもない」
お父さんは途中で言葉を濁すと、またぬくぬくとストーブの前で丸まって、あたたまりはじめる。
食べ終わった食器の後片付けをステファン様が手伝ってくれたから、食堂のテーブル席の上には、箱詰めされたミートパイだけが置かれている。
私は冷え冷えに冷えた、ミートパイに視線を落とした。
「……ミートパイ、持ってきてくれたのに、どうして中に入ってきてくれなかったんでしょう」
「かぼちゃ?」
「タルトタタン……」
私はミートパイの箱を閉めた。きっと熱々で、ほかほかだったはずだ。
すごく美味しそうなミートパイ。手のひらぐらいの丸いパイが器みたいになっていて、その上にすごく柔らかそうなごろごろの煮込まれたお肉が乗っている。お肉の上にはチーズと、飾りでパセリが散らされている。
それが、六個。ちょっと多めなのは、エーリスちゃんやファミーヌさん、お父さんの分だと思う。
ほかほかで、チーズもとろとろだったはずのミートパイは、雪が降るぐらいに寒い中に置かれていたから、霜が降りてカチカチに凍っている。
夏だったら腐っていたかもしれないけれど、冬は凍るから、良かった。
凍れば、長持ちするものね。
あたためたらきっと、美味しく食べられる。
でも、美味しそうなご飯を外に置いておくのは、あんまり良いことじゃない。
良いことじゃないし、すごく、寂しい気持ちになる。
私にミートパイを届けてくれた人は、中に入らずに、寒い雪道を帰っていった。
私はその間、ステファン様やクリスレインお兄様と、ほかほかの室内で、カニクリームコロッケと蟹の甲羅焼きを食べていたのだ。
「……蟹がなくなってしまうことを心配して、遠慮してくれたんでしょうか」
蟹は、箱詰めにされていて、二百匹ぐらいいるので、沢山食べてもなくならないのに。
週明けから、蟹づくしフェアを開催できるぐらいには沢山あるのに。
「タルトタタン!」
ファミーヌさんがなんらかの文句を言いながら、私をぺしぺしと前足で叩いた。
足が六本あるので、前足。中足。後ろ足。という感じ。肉球がぷにぷにと腕に当たって、私は苦笑した。
「違いますよね、分かっています」
私は、目を伏せる。目を伏せると、いつも私の体調を夕方見にきてくれて、魔力量の回復を調べてくれる長い指先の感触を思い出した。
「……誰かが楽しそうに、している姿、……遠くから見ているのは寂しいです。……なんとなく、逃げてしまう気持ち、わかる気がします」
レスト神官家では、楽しそうなフランソワちゃんとお父様や義理のお母様の姿を見ていられなくて、私はこそこそ隠れたり逃げたりしていたし。
学園では、ひとりぼっちだったから。お友達同士で楽しそうにお話をしている姿を横目に見ながら、授業が終わるとそそくさと寮に戻ったり、休憩時間は裏庭の奥の方にあるベンチでぼんやりしたり、図書室で本を読んだりしていた。
そういう時はやっぱり寂しくて、悲しくて。
シエル様が私と同じとは思わないけれど、邪魔しないようにって、遠慮してくれただけなのかもしれないけれど。
でも、ミートパイを外に放置するのはいけないし、そんなことをするのなら、中に入ってきて欲しかった。
「エーリスちゃん、ファミーヌさん、お父さん、ちょっと出かけてきます。ミートパイと、蟹を持っていきます。みんなは寒いから、待っていてください」
「かぼちゃぷりん!」
エーリスちゃんが私の胸の間にぐいぐいと入ってこようとするのを、ファミーヌさんがエーリスちゃんの首根っこを噛んで捕まえると、お父さんの方へと、私の腕の中から降りて、軽々とした足取りで向かった。
エーリスちゃんはファミーヌさんに咥えられて、じたばたしている。
「動物たちのことは私に任せると良い。魔石ストーブの前で休んでいるから大丈夫だ。何かあれば、人間体に戻る」
「お父さん、ありがとうございます。エーリスちゃんとファミーヌさんが冷え冷えになったら可哀想ですし、今の私はちょっと怒っているので、また後で、です!」
「あぁ。……リディア。何故怒っているんだ?」
「ミートパイを放置するのはいけません。それに……お友達なのに、せっかくきてくれたのに、帰ってしまうの、嫌です」
うまく説明できないけれど、なんともいえない苦しさと、腹立たしさが胸の底を渦巻いている。
今すぐ会いに行かないと──シエル様に二度と、会えなくなってしまうような。
そんな、不安を感じた。
長らくお付き合いいただいてありがとうございます!
二章は次ぐらいでおしまいです。もう一話、夜に更新できるかな…。
明日からはクリスマスデートの閑話を更新して(ルシアンさんとのデート回です。本編はそっちのけでお願いします)
三章、三人目の魔女の娘の話になると思います。よろしくお願いしますー!