具沢山カニクリームコロッケ
エルガルド蟹は、足も甲羅も結構つるりとしている。
ごつごつしている蟹は、身を剥くときに手が痛くなるのだけれど、エルガルド蟹はそんなに痛くない。
「リディア、足の中央ぐらいをバキッと折って、ぐるっと回すと、スポンと身が出てくるよ」
「クリスレインお兄様、蟹を剥くのが上手です」
「そうでしょう。私は普段はあまり料理はしないのだけれど、エルガルド王国では食聖の一人、つまり、料理がとても上手なんだよ」
「食聖?」
「エルガルド王国では、年に一度開かれる美食の祭典、お料理コロシアムというものがあって。その名の通り、料理で競う闘技会のようなものなのだけれど。その勝敗……つまり、料理の上手さで、それに応じた地位が与えられるんだよ。その地位の最上位にいるのが、食聖。エルガルドには、四人しかいないと言われていて、食聖の中でも最高位にいる者のことを、食皇と呼ぶんだよ」
「それはすごいですね……!」
「まぁ、エルガルド王国の王子として、幼い頃から食の英才教育を受けているからね」
「つまり、クリスレイン殿は、剣を持つよりも、包丁の方が得意ということか? 確かに、貴殿のいう通りに蟹を剥いたら、身がするりと取れるな。これはすごい」
私とステファン様は、氷が溶けた蟹を調理台に並べて、せっせと身を剥いている。
ステファン様が感心したように言いながら、殻から柔らかい身を外していく。
あっという間にボウルの中に、白と赤の混じった、蟹の身がたくさん溜まっていく。
剥いた殻はもう一つのボウルにためていく。これは後で、出汁をとるためにとっておいている。
「そうそう。私は剣を持つのは苦手だよ。戦いほど無益なものはないからね。もちろん、自国の防衛のために、我が国にも騎士団はいるけれど。でも、戦をしないために、外交があり、対話があるでしょう?」
「それは、もちろんそうだ。貴殿の考え方は正しい。できれば、無益な争いは避けたいものだ」
「争いは土地を枯れさせるからね。魔法なんか使ったら、精魂込めて育てた野菜やら、牛やら羊やらが、一瞬のうちに消し炭になるでしょう。エルガルドの国民は、血を流すよりも畑を耕せ、という気持ちを忘れずに生きているよ」
「なるほどな。……我が国も、そうでありたい」
「大丈夫じゃない? 色々あったみたいだけれど、君は良い人だし、可愛いリディアもいるわけだし」
「そうだな、兄上。きっと大丈夫だ」
「お兄様、大丈夫ですわ。だってお兄様には、私もエミリアお姉様も、それから、リディアちゃんもいますもの」
深刻な表情で蟹を剥いているステファン様を、エミリア様とアンナ様が励ましている。
私も蟹の甲羅を外しながら、頷いた。
「ステファン様、私、料理ぐらいしかできませんけれど、ステファン様が大変だなって思った時は、少しだけ、休みに来てくださいね。ご飯、作りますから」
「ありがとう、リディア。……疲れていない時も、来て良いか?」
「はい、もちろんです! ステファン様は食堂の料理が好きなのですよね。……昔、私に話してくれました。私、多分それを覚えていて、……だから、お店の名前も、大衆食堂ロベリアにしたのだと思います」
「リディア……」
「ステファン様は、何もなかった私の、道標だったのだと思います。今までも、それから、この先もずっと」
「……それは、責任重大だな。君のためにも、俺はもう、間違えないようにしないといけない」
「はい……! でも、あまり、無理はしないでくださいね。ツクヨミさんや、クリスレインお兄様のように、自由に生きても良いのかなって、思うので」
ステファン様は昔からずっと、生真面目だったような気がする。
いつも、一生懸命だった。
一生懸命私と、向き合おうとしてくれた。
けれどそれは少し、心配な気もする。もう少し、羽を伸ばしても良いのではないかなと、思う。
「そうだよ、私を見て。常に自由だよ。リディアの顔を見たいと思ったから来たし、国王とか面倒だなって思ったから、イグニスに丸投げしているし。でも、世捨て人っていうわけでもなくて、王宮で優雅に暮らしているし。まぁ、労働など、高貴な私のやるべきことではないからね」
「クリスレイン様は働いた方が良いと思いますわよ」
「クリスレイン殿、それは流石にどうかと思う」
「皆、私のことを、優雅な独身貴族と呼ぶね。貴族ではなく、王子だけれど」
クリスレインお兄様を、エミリア様とアンナ様が半眼で見つめている。
エミリア様の膝の上でファミーヌさんは眠っていて、エーリスちゃんはお皿に置かれた蟹を、難しい顔で睨んでいる。
「まぁ、私が優雅な独身ということは良いとして、リディアはやはり、私たちエルガルド人の血を引いているのだね。素晴らしい蟹さばきだよ」
「蟹さばき」
「蟹剥き師検定に参加したら、一級は取れる気がするね」
「蟹剥き師一級……」
耳慣れない資格について思いを馳せながら、剥いた蟹の甲羅をお皿に並べた。
蟹みそがいっぱい入っている。美味しそう。
玉ねぎをみじん切りにして、フライパンでしんなりするまでバターでじっくり炒める。
しんなりしたところにたくさん剥いた蟹の身を入れて、白ワインで風味づけする。
薄力粉を入れて弱火で炒めて、ミルクを少しづつ加えていく。
とろっとして纏まってきたところで塩胡椒をして、味付けをする。
蟹の身が贅沢にごろごろたくさん入っているカニクリームコロッケのタネが出来上がった。
バットにうつして、氷魔石保管庫に入れて冷やしていく。
冷やしている間に、蟹の甲羅に蟹味噌を入れて、蟹の身を入れて、お醤油を少し垂らす。
それを、コンロの上に敷いた網の上に並べて、甲羅焼きを作っていく。
「……これ、絶対ツクヨミさんとか、マーガレットさんが好きなやつです。お酒に合うとか言って……お酒にあう。……ステファン様、お酒、飲みますか?」
「リディア、俺は別に、酒が好きというわけじゃないのだが」
「ステファン様、お酒が好きでも良いと思いますよ……ステファン様、お茶の方が似合うような気がしますけど」
「いや……その、ありがとう、リディア。君の前では、頼り甲斐のある格好良い自分を見せたいと思ってしまうのだが、もう一度、酔い潰れてしまっているからな……」
「酔い潰れても良いんじゃないかなって思いますけれど……」
「酔い潰れることの何がいけないんだろうか。私もよく、酒を飲んでいて、気づいたら朝、ということが結構あるよ。美食の中に、酒も入っているからね。世界中の美味しい酒を飲むことも私の生きる目標なんだ。気づくと全裸で寝ていたりするよ」
クリスレインお兄様は、両手を広げると、演技がかった口調で言った。
煌びやかで美しいのだけれど、話している内容はそんなに耽美とかじゃない。
「全裸で……クリスレインお兄様は、お酒、飲まないでくださいね」
お風呂場に全裸のお父さんがいた時もびっくりしたけれど、朝起きたら全裸のクリスレインお兄様がいたら、もっとびっくりすると思う。
「大丈夫、私の全裸は美しいよ。酔うと脱ぐのも、エルガルド王家の血の特徴なんだよ、リディア」
焼いている蟹の甲羅から、良い香りが漂っている。
蟹みそが少し溶けて、お醤油と、少し垂らしたお酒と混じって、ふつふつと湧いている。
美味しそう。
蟹の甲羅を焼きながら、油鍋で油を熱する。
パン粉と、卵と小麦粉を混ぜた卵液を作って、冷やし固めたカニクリームコロッケのタネを取り出した。
俵形に整形して、卵液に潜らせて、パン粉をつけて揚げていく。
じゅわじゅわと、美味しそうな良い音がする。
「私も、酔うと脱ぐのでしょうか……」
どうしよう、心配だわ。
お酒、飲んだことないけれど、飲んだら脱いでしまうのかしら。
それは、淑女として大問題だ。
「リディア、それは良くない。酒は、飲まないほうが良いと思う」
「うん。そうですよね。気をつけます。脱いだら困ります」
「あぁ、脱いだら困る、色んな意味で」
「脱いでも良いのではないかな。私の全裸は美しいけれど、リディアの全裸もきっと美しいだろうし」
「クリスレインお兄様、美しいか美しくないかの問題じゃないんです……私、恋人もいないのに、全裸になるわけには……いえ、恋人がいても、全裸になるのはよくないのですけれど……!」
「リディアちゃん、女同士なら良いのでは?」
「リディアちゃん、女同士なら問題ありませんわ」
ベルナール王国では、飲酒は十八歳になったら許可されている。
けれど私はまだお酒を飲んだことがない。
エミリア様とアンナ様が励ましてくれるけれど、女同士であっても、全裸は良くないと思う。
「どうして全裸の話になったのでしょう……でも、蟹の甲羅焼きは、お酒にあいそうです。せっかくだから、お酒も出しましょう。というわけで、できました! お酒にピッタリ蟹の甲羅焼きと、具沢山、ごろごろカニの豪華なカニクリームコロッケです!」
カニクリームコロッケは材料が高級なので、食堂のメニューとしてはちょっと高価すぎるのだけれど。
でも、蟹をたくさんもらったので、聖夜祭りから新年祭までの間は、特別仕様。
というわけで、とっても美味しそうな蟹づくしメニューが出来上がった。
私たちは出来上がった蟹づくしお料理を、食堂のテーブル席に運んだ。
アンナ様はカニクリームコロッケを「世界一美味しいですわ」と褒めてくれた。
エーリスちゃんもあぐあぐとカニクリームコロッケを食べていて、ファミーヌさんも甲羅焼きをした蟹の身を満足そうに食べた。
ファミーヌさんは海産物が好きなのかしら。それとも高級な食材が好きなのかしら。
難しいところだ。
お父さんはカニクリームコロッケを一つ食べた後、「どうせ酒は飲ませてもらえないのだろう」と、拗ねたように魔石ストーブの前で丸まった。
エミリア様と、ステファン様、クリスレインお兄様は、クリスレインお兄様の空間魔法で収納されていた良いお酒を結局みんなで飲んでいた。
最後まで渋っていたステファン様だけれど、クリスレインお兄様に「美味しい食事を前に、食事とあう酒を飲まないなんて、食事に対する冒涜だよ」と言われて、納得していた。
私は、クリスレインお兄様に「リディアは料理がうまいね。リディアなら、食聖になれるのではないかな」と言われて嬉しかったし、ステファン様がお酒を飲みながら、「とても美味しい、ありがとう、リディア」と微笑んでくれるのが嬉しかった。
やっぱり私は、料理が好きだ。
久々に料理ができて、みんなに食べてもらえて、嬉しい。
色々悩みも心配事もあるけれど、ここで料理ができれば、私は幸せ。
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