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美食大国エルガルド




 私は蟹の箱に近づいていって、中にたくさん入っている蟹を確認した。

 甲羅が私の顔ぐらいある蟹は、蟹の足は立派でルシアンさんの指ぐらい、太くて長い。

 まるまるっとした爪と、ぷっくりした甲羅。なんとなく全体的に丸くて、既に茹でられているのだろう、真っ赤だ。


「茹でてあります……」


「蒸し蟹だよ、リディア。蒸したエルガルド蟹を、氷魔法を施した特殊な保存箱に入れて瞬間冷凍させているんだ。箱から出して解凍すれば、すぐに食べれるし、そのまま食べても最高に美味しいのだけれど、蟹鍋にしても、蟹飯にしても、蟹卵にしても美味しいよ」


「特殊な保存箱?」


「あぁ。瞬間冷凍させることで美味しさはそのまま。保存箱の使用期間は一ヶ月程度だから、一ヶ月したら普通の箱に戻るんだけど、一ヶ月もあれば大抵中身は食べ終わるでしょう? エルガルドは美食の大国と呼ばれていて、調理技術も保存技術も他国よりも発展しているんだよ」


「美食の大国……!」


 お母様の出身地、エルガルドは、美味しいものがたくさんある。

 そして、その国の王子様であるクリスレインお兄様は、蟹をくれる。

 やっぱり、お母様の出身国だからかしら。私もエルガルドの血が流れているからか、いつもの見目麗しい不審者の方々よりも安心感があるわね。


 やっぱり蟹をくれたし。

 蟹をくれる人に悪い人はいないもの。

 ベルナール王国の諺にも、『蟹と良い肉をくれる人に悪人はいない』というものがあるものね。


「でも、クリスレインお兄様、こんなにたくさん蟹を頂いてしまって良いのでしょうか……」


「構わないよ。可愛い妹のために、今朝方蒸して、せっせと箱詰めしてきたんだ。私ではなくて、私の王宮の料理人たちが、だけれど」


「ありがとうございます」


「一箱に二十杯入っていて、それが五箱だから、ちょうど百だね。ちょっと少ない気がするのだけれど、あまり多くても、箱が場所をとってしまって邪魔かなと思って、少なめにしてみたよ。足りるかな、リディア。もっと欲しければ、いくらでも持ってこれるんだけれど」


「わ、ありがとうございます、クリスレインお兄様……蟹、嬉しい、蟹……」


 聖夜祭が過ぎれば、新年を迎えるための、新年祭が待っている。

 新年祭りで蟹を食べられるなんて、贅沢なことだ。

 もしかしたらみんな、食堂に集まってくれるかもしれないから、そうしたら蟹鍋も、蒸し蟹も、蟹ご飯も、蟹のてんぷらも、蟹卵も、カニクリームコロッケもつくることができる。

 蟹は、煮ても焼いても美味しい。

 だって高級だから。

 お値段が高い食材は美味しい。世界の真理である。


「リディア、俺も、蟹ぐらいリディアにたくさん贈ることができるぞ……」


「ステファン様、ありがとうございます、でも、蟹は今、たくさんクリスレインお兄様にもらったので、大丈夫です。新年祭りのときにみんなで食べましょう? でも、せっかくたくさん貰ったから、今、みんなでちょっとだけ食べましょうか」


「リディアちゃん、私、カニクリームコロッケが食べたいですわ」


「リディアちゃんの料理はとても美味しいと聞いた。もしよければ、私も食べて行きたいな」


「はい、もちろんです」


 私はにっこり微笑んだ。

 ちょうど食材もたくさん買ってきたし、エミリア様には荷物を持ってもらっていたし、お食事をしていってもらいたい。

 シエル様には日曜日まで料理を作らないように言われていたけれど、大丈夫よね。

 明日は土曜日で、日曜日まではあと二日。

 私はもうすっかり元気だし、多少お料理したぐらいでは問題ないわよね。


「リディア、しかし大丈夫なのか? あまり無理はしないでほしい」


「大丈夫ですよ。来週から食堂を再開するつもりですし、何もしないっていうのは落ち着かないので」


 ステファン様が心配してくれる。

 私がにっこり微笑んでその顔を見上げると、ステファン様は困ったように視線を逸らした。


「リディア、調子が悪いの? それは、よくないタイミングで来てしまったかな。叔母上に手紙を貰って、リディアのことが書いてあったから、一刻も早く顔が見たかったのだけれど」


「ええと、……その、嬉しいです。エルガルドに私の親戚の方々がいるなんて、不思議な感じですけれど」


「ティアンサ叔母上は、エルガルドの姫だったからね。私の父、グレイスフィアも、もう亡くなられた祖父のハイルディンも、それはもうティアンサ叔母上を可愛がっていて、フェルドゥール殿との結婚が決まったときには、ベルナールに留学などさせるのではなかったと、猛反対したそうだよ」


「そうなのですね。それでも、お父様とお母様は結婚をしたのですね……」


「それだけ愛し合っていたということだろうね。愛があれば国境なんて問題にはならないのだろう。けれどそのおかげで、私に可愛い妹ができたのだから、とても嬉しい」


 私はクリスレインお兄様と一緒に、保存箱から蟹を取り出した。

 カチカチに凍った蟹を四杯取り出して、シンクに持っていく。

 ボウルの中に入れると、クリスレインお兄様が蟹に手をかざした。


「解凍」


 あんまり聞いたことがない魔法によって、蟹はカチカチから、凍っていない状態に戻った。

 それだけで既にかなり美味しそうだ。


「クリスレイン殿、リディアの食堂にはどうやって入った? 簡単に不法侵入できるなど、安全面に問題がある」


「大丈夫だよ、ステファン。私が得意なのは空間魔法。これは、戦闘向きではないのだけれど、エルガルドでは、より料理が美味しく作ることができる者こそ優れていると言われていて、血生臭い戦闘はあまり流行らないんだ。料理には私の魔法は役立つんだよ」


「空間魔法。何もない場所から、クリスレイン殿は蟹の箱を出現させたように見えたな」


 エミリア様が不思議そうに言った。

 私は解凍した蟹の水気を切りつつ、お湯とミルクを沸かしてジンジャーミルクティーを淹れた。

 ルシアンさんから貰った星の砂糖を浮かべると、とっても可愛いジンジャーミルクティーが出来上がった。

 エミリア様とアンナ様は、調理台の横に椅子を持ってきて、お父さんと並んでカップを手にして飲んでいる。

 ファミーヌさんはエミリア様の膝に、エーリスちゃんは、アンナ様の頭の上に逃げるように移動した。

 どうやら、二人とも蟹が怖かったらしい。


「そう。それが空間魔法。無限にものを収納できる空間が一つ、空間を繋げて移動できるのが一つ。私が使用できるのは、その二種類だね。だから、扉がしまっていても、不法侵入し放題。高級食材を隠している宝物庫から、簡単に宝石キャビアを盗める、というわけだね」


「クリスレイン様は王太子様だから、盗む必要はないのではないでしょうか」


 アンナ様が呆れたよう言った。


「それがね、アンナちゃん。私は、二十六にもなって結婚しない駄目王子として有名で、二人の弟の方がずっと、優秀なんだよ。王位は、弟のイグニスが継ぐのではないかな。王様なんて面倒な仕事したくないし、私はそれよりも世界中の美味しい食材と出会ったり、美食の神秘を追求したいと思っているんだよ」


「……ツクヨミさんと同じようなことを言っていますわね」


 アンナ様はため息をついた。

 ステファン様が小さな声で「羨ましいな……」と呟いた。

 ステファン様も王様の役目から、逃げられたら良いのにと、私は蟹の足から身をほぐしながら、少し思った。



お読みくださりありがとうございました!

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