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クリスレイン・エルガルドと大量の赤いもの



 大衆食堂ロベリアの扉には、おでかけするときに鍵をかけていたのに、お店のカウンターに高貴そうな男の人が座っている。

 額の真ん中当たりで分けられたさらさらの黒髪、白を基調に黒百合の描かれた高貴な、けれど異国の雰囲気のある服装に、ふわふわの白に黒の斑点が入っている毛皮のコートを羽織っていて、革手袋をつけた手。

 あったかそうでいて、全身から醸し出される煌びやかさは、お忍びで訪れたという感じがかけらもしない。


 すごく、堂々としている。

 そして、誰かに似ている。


 年齢は、シエル様やルシアンさんと同じぐらいか、もう少し上に見える。

 アメジストのような紫色の瞳が私を見て、俄に見開かれた。


「リディア! 君がリディアだね、会いたかったよ」


 顔いっぱいに満面の笑みを浮かべて、高貴な不審者が私に向かって両手を広げた。

 怖い。そして怖い。

 この感じは久しぶりなのよ。

 この感じで私の元を訪れる方はもういないと思っていたから、油断していた。


「誰ですか……」


「クリスレイン殿、何故ここに……」


「クリスレイン様、どうしてここにいますの……」


「リディア、クリスレイン・エルガルドだ。エルガルド王国の、王太子殿だ」


 王族の皆様が驚いたように男性の名前を呼んで、ステファン様が私に教えてくれる。

 クリスレイン・エルガルド。

 私は頭の中で反芻して、それから、とりあえず寒いので、お店の扉の前で立ちすくんでいたけれど、みんなで中に入って扉を閉めた。


「あ、あの、どうやって中に入ったのかわからないですけど、寒いですよね。今、あたたかくしますね」


 私は食堂のテーブル席の並んでいる場所の窓際に置いてある魔石ストーブに火を入れる。

 火を入れるといっても、魔石ストーブなので、ストーブについているレバーを下げるだけで炎魔石が熱くなり、レバーをあげれば効果が消える。

 ストーブ職人さんと魔石職人さんが開発してくれた魔石ストーブは、とっても簡単な作りになっている。


 白い円柱状の魔石ストーブのレバーを下げると、すぐにストーブが暖かくなる。

 魔石ストーブが一つあるかないかでは、暖かさが段違いだ。


「リディア、もう少し焦るとか、怯えるとか、したほうが良いのではないか……鍵をかけていた店の中に、見知らぬ男がいた、という状況だろう、今は」


 ステファン様がとても心配そうに言う。

 エミリア様は買ってきた食材を、ステファン様の分も一緒に、いそいそと調理場に置きに行って、すぐに戻ってきた。

 アンナ様はステファン様の後ろに若干隠れている。


「ええと、その……慣れたというか、なんというか……」


「慣れたとは一体……?」


「私のお店、見目麗しい不審者の方がよくきていたので、新しく、見目麗しい不審者の方が現れてもそんなに驚かないっていうか……」


「どんな生活を送っているんだ、リディア」


「あ、でも、最近は落ち着いていて、シエル様もロクサス様も最初は怖かったですけど、もう怖くないですし」


「シエルやロクサスに何かされたのか、リディア……!」


 ステファン様が青ざめている。その話はもう終わったことなので、まあいいかなと思う。


「大丈夫です、もう仲良しなので……ええと、それで」


「クリスレイン・エルガルドだ、リディア。エルガルド王国から、君の顔を見にきた。ティアンサ叔母上から手紙を貰って、はじめてベルナール王国が大変なことになっていたことを知ってね」


「……お母様、叔母上……?」


「あぁ。私の父はティアンサ叔母上の兄だから、私はティアンサ叔母上の甥ということになるね。つまり、君の従兄。……リディア、お兄様と呼んでもらって構わないよ」


「従兄……お兄様……」


「待て、リディア。俺のことをお兄様のようだと言ってくれたはずだ……クリスレイン殿、急に現れて兄の座を奪っていくのは困る」


「ステファンはリディアの元婚約者だろう? 兄は私だ。血が繋がっているからね。諦めると良いよ」


「ええと、その、とりあえず、あったかいもの飲みますか? 雪の中を歩いてきたので、アンナ様もエミリア様も体が冷えたと思いますし」


「ありがとう、リディアちゃん」


「リディアちゃん、一番気が利きますわね。素晴らしいことですわ」


 何故かしら睨み合っているステファン様と、はじめましてで『お兄様』だと言ってくるクリスレイン様から離れて、私はアンナ様とエミリア様と一緒に調理場に向かった。

 ステファン様の肩から下がっている布鞄の中にいたエーリスちゃんとファミーヌさんが、私に飛びついてくる。

 私の首に巻きつくファミーヌさんと、頭の上に乗っかるエーリスちゃん。

 お父さんは床を歩いて調理台のそばの丸椅子に、膝かけを敷いた上、いつもの定位置におさまった。


 私たちの後を追うようにして、ステファン様とクリスレイン様もついてくる。

 一気に王族率が高くなってしまったわね。

 そういえばツクヨミさんも元国王陛下だっていうし、ルシアンさんも元王子様。

 すごく、王子様が多いのよ。


 あんまり深く考えないようにしよう。王族の方々をこんな庶民的な食堂でもてなして良いのかしらとか、そういうことは、あんまり。


「お湯を沸かしますね、何を飲みますか? あったまる、ジンジャーミルクティーにしましょうか。ステファン様はお酒が良いでしょうか……」


「大丈夫だ、リディア。昼間から酒を飲んだりしない」


「リディア、お兄様はジンジャーミルクティーが好きだよ。嬉しいな。それと、お土産に、エルガルドの特産品をたくさん持ってきたんだ。リディアは食堂を開いていると叔母上から聞いたからね。喜ぶかと思って」


 クリスレイン様がそう言うと、何もない空間から突如として、木箱がぼたぼたと落ちてくる。

 木箱の中には氷漬けになった、赤くて長い足を持った生き物がそれはもうたくさん入っている。


「……蟹……!」


 蟹だった。

 大量の、蟹。

 食べ切れないぐらいの大量の氷漬けの蟹が、調理場の床に箱詰めにされて積まれている。


「ありがとうございます、クリスレインお兄様。これで、年が越せます……!」


 私は混乱しながら、クリスレインお兄様にお礼を言った。

 なんだかよくわからないけれど、蟹をくれたので、多分良い人だろう。



お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >見目麗しい不審者の方がよくきていたので のところで笑ってしまいました。
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