新メニューと来訪者
蛸と、お肉と、じゃがいもと、海老と玉葱と、お魚と、色々。
市場で色々とお買い物をして、私たちは途中の屋台でとろとろに甘辛く煮込んだお肉を挟んだ白パンを買って、お昼ご飯を食べて、ロベリアへの帰路についた。
「ステファン様は、エビフライが好き。エミリア様とアンナ様は、何が好きですか?」
「私は肉が好きだ。兄上はエビフライが好きなのだな。フランソワとの――まぁ、あれは、フランソワが化け物の支配を受けていて、無かったことになったわけだが、婚約披露の祝賀会で、エビフライに対して暴虐に振る舞ったフランソワに兄上が切れ散らかした話は、王宮では今は伝説になりつつある」
「お兄様の前ではエビフライを粗末にしてはいけないと、皆、エビフライを前にすると襟を正すのですわ。あ、私は甘いお菓子が好きです」
「……エビフライだけ、というわけではないのだが。食べ物を粗末にするのはいけない」
ちらちらと雪が降ってきた道を、私たちはお話をしながら歩いている。
ステファン様は両腕に沢山荷物を抱えて、ついでにお父さんやエーリスちゃんやファミーヌさんをお腹の袋に抱えている。お父さん有袋類みたいだ。
エミリア様も両手に紙袋を抱えてくれている。エミリア様は騎士に憧れているだけあって、力持ちらしい。
私は両手に買い物をした軽いものを持っていた。
手伝って貰って申し訳ないけれど、予定よりも沢山買ってしまったので、助かる。
「どの食材も、無から生まれたわけではないのだから。誰かの苦労がそこにはある。魚は漁師が釣らなければ手に入らないし、肉は、牧場主が牛や豚や羊を育てなければ安定して手に入らない。野菜だって、誰かが育てたもので、果物や蜂蜜も、どこかの誰かが苦労して手に入れてくれたものなのだから」
ステファン様の言葉に、私は感銘を受けながら頷いた。
「リディアちゃん、兄上は昔からこのように、妙に爺むさいんだ。女性とのデートの時に、一粒の米には百人のお百姓さんがいる、みたいな話をするなど……例えば、そう……雪がふってきたな、リディアちゃん。今の君は、儚い雪の妖精のようだ。私が触れていないと、消えてしまう気がする。だから、しっかり手を繋いで、離さないで……などと、言えないものだろうか」
「エミリアお姉様、素敵ですわ……! エミリアお姉様が世界一格好良い……ね、リディアちゃん」
雪の降る街の背景の中で私に微笑んでくれるエミリア様は、まるで本物の王子様に見えた。
女性だけれど。
「エミリア様、素敵です。……でも、一粒のお米に百人のお百姓さんの話も、とても大切だと思います。ステファン様はいつも、大切なことを教えてくださいますね」
「え……あ、いや、……そんな風に言ってくれるのは、リディアだけだ。俺は口うるさいだろう。だから、妹たちからは昔から、爺むさいと言われていてな」
「じじむさいとは、なんでしょう……」
「佇まいがお爺ちゃんみたいだ、という意味だよ、リディアちゃん。兄上は、朝から庭を眺めながら白湯を飲んでいそうな雰囲気があるだろう」
エミリア様の説明に、私は首を傾げた。
「……白湯、体に良いんですよ。それに、ステファン様はお爺ちゃん……ちょっと混乱してきました、今まではお兄様みたいって思っていて、でも、お父様かも知れないって思って、……やっぱりお母様っぽい気もしますし、その上お爺さまなんて……」
「お兄様、完全に保護者……」
「食事の大切さを懇々と話したりするからだぞ、兄上。もっと艶を出すんだ。シエル殿や、ルシアン殿を見習った方が良い」
「……努力する」
ステファン様に、エミリア様とアンナ様が何事かアドバイスをしている。
私は頭の中でステファン様を揺り椅子に座らせて、ぽかぽかの窓辺で白湯を飲んで貰ってみた。
結構似合う気がした。
「それで、リディアちゃん。新しい食堂のメニューは、決まりましたの?」
気を取り直すようにして、アンナ様が言った。
私は想像の中のステファン様をベッドに移して眠って貰うと、うん、と、頷いた。
「お友達の名前を、メニューにつけるのを、お客さんは喜んでくれたみたいなんです。ルシアンさんやシエル様、ロクサス様が有名人だからということもあると思うんですが……」
「あぁ……まぁ、そうだろうな。ルシアン殿は目立つ。シエル殿も、目立つ。ロクサス殿は……目立つのか? レオンズロアやセイントワイスは聖都の人々には馴染み深いのだろうが、ジラール公爵というのは、どうなのだろうな」
不思議そうにエミリア様が言う。
確かにそれはそうだと思う。聖騎士団や宮廷魔導師団というのは華やかで、街の人々にとっても馴染み深いのだろうけれど。
「ロクサス様は、お金を払って女性にメイド服を着せて連れ回す眼鏡の人として有名に……そのあとは、時々ロベリアにいらっしゃっては、紅茶をぶちまけたり、お皿をひっくり返したりする、公爵様なのに結構気さくで不器用な眼鏡の人として有名に……」
「……ロクサス殿、一体何を……?」
「お兄様、私、少し安心しましたわ。お兄様にはもう出る幕がないと思っていたのですが、ロクサス様という希望が……まだ、お兄様も大丈夫そうです……」
「ロクサスは昔から不器用だったからな。城の壺を壊したり、何も無いところでよく転んだりしていた」
エミリア様とアンナ様が困惑気味なのに対して、ステファン様は懐かしそうに言う。
ロクサス様にとっても、ステファン様はもう一人のお兄様みたいなものなのかもしれない。
「ええと、そんなわけで……皆の名前をつけるのは同じで、メニューの内容を変えようかなって思っていて」
・シエル様の優しいとろとろオムライス、宝石サラダ添え
・ルシアンさんのあったかサーモンシチューと、コケモモソースのミートボールとマッシュポテト
・ロクサス様の蛸いっぱい定食~蛸のリゾットと、一本足グリルと蛸のうまみたっぷりスープ~
・フォックス仮面の狐うどんといなり寿司
この四つは、決まった。
レイル様については、ジラール家でとりまとめても良かったのだけれど、せっかくフォックス仮面だから、狐っぽいごはんにすることにした。
これは少し前にご飯を食べに来てくれたツクヨミさんから聞いたお話である。
倭国では狐は神様で、油揚げをお供え物にするのだという。
狐の神様は、油あげの入ったおうどんと、いなり寿司も好きらしい。
レイル様とは直接関係ない気もするけれど、レイル様は身分を隠しているし、多分レイル様なら何でも喜んでくれる気がする。
「良かった。リディア……ちゃんとした食事のメニューだ。いや、ソーセージには何の罪も無いのだが、とても心配していた」
「何のことだ、兄上」
「ソーセージがどうかしましたの、お兄様?」
「いや、なんでもない。今のは聞かなかったことにしてくれ」
私の説明を聞いて、ステファン様は心底安堵したように、表情を和らげる。
エミリア様やアンナ様に聞かれてステファン様は言葉を濁したので、ソーセージの話はしない方が良いのよね、きっと。
「あの、もし良ければステファン様も……」
「俺も?」
「で、でも、ステファン様は王子様で、国王陛下になるのですし、食堂のメニューに名前を使うのは、良くないかなって……」
「是非使用してくれ……! 俺の名など、どのように使っても構わない。浮気王子の残酷煮込みとかでも良い」
「ステファン様、もう気にしてませんから……! 落ちついて、ステファン様」
「すまない、つい……」
「あの、ステファン様はエビフライが好きなので、ステファン様の極太エビフライ定食にしようかなって思って」
「リディア、やや、駄目な気がする」
「ややだめ」
「あぁ。普通のエビフライにして欲しい」
「でも、ほら、国王陛下のエビフライなのですから、立派な方が良いかなって思って……」
「リディア、そんな純粋な目で見つめられると、心が痛む。だが、駄目だ。それは駄目だ」
そうなのね、極太というのはいけないのね。褒め言葉だと思うのに。
「じゃあ、ステファン様の庶民的なエビフライ定食にしますね」
「それなら良い。大丈夫だ。普通のエビで良いんだ、俺は」
良かった、ステファン様が納得してくれた。
あとは、エーリスちゃんのかぼちゃぷりんと、ファミーヌさんのタルトタタン。
お父さんのやきとりも、かしら。
メニューが増えたし、お肉もあるしお魚もあるし、バランスも良いわね。
デザートは可愛くして、ご飯は、シエル様のオムライスや宝石サラダは女性向けかもしれないし。
エビフライは子供なら大抵好きだし。エビは高いけれど、ちょっと頑張って、安くしましょう。
私は楽しい気持ちで、ロベリアの扉を開いた。
鍵をしていたので勿論中には誰もいない筈。誰もいない筈なのに。
そこには、さらさらの黒髪の、どこからどうみても高貴そうな男性が、カウンター席に足を組んで座っていた。
お読みくださりありがとうございました!
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やっと最後の一人です、あらすじに書いていた人たちを全員出せてほっとしています。
ところでもうすぐクリスマスなので、お話の流れをぶっちぎって、ルシアンさんとのデートを書いて、
年末には皆で集まってカニを食べて欲しいですね。
よろしくお願いします。