思い出話と、情緒不安定なステファン様
私たちは雪の積もる道を、市場に向かった。
ステファン様は私の隣を、エミリア様とアンナ様は二人並んで、私の後ろを歩いている。
エーリスちゃんとファミーヌさんは私の元に戻ってきて、肩掛け鞄から顔を出しているお父さんや、私のショールの胸元から顔を出す二人について、ステファン様が「重たくないのか?」と何度か心配してくれた。
特に重たくないので、大丈夫だと言ったのだけれど、結局ステファン様は私の鞄を持ってくれた。
鞄の中にお父さんと、エーリスちゃんとファミーヌさん、全員入れて。
エーリスちゃんやファミーヌさんは文句を言うかと思ったけれど、鞄の中とお父さんの毛皮が暖かいらしく、静かに鞄の中に収まっていた。
ステファン様のお腹の辺りで、並んで揺れながら街の風景を眺めている動物たちの姿。なんというか、可愛い。
エーリスちゃんやファミーヌさんは、どことなくきらきらした瞳で街の風景を眺めている。
そういえば、みんなを連れてゆっくりお散歩するのははじめてかもしれない。
「なんだか、賑やかですわね。雪が積もっていて寒いから、もっと誰もいないのかと思っていましたわ」
きょろきょろと景色を眺めながら、アンナ様が言った。
市場に近づくにつれて、人通りが多くなる。
ロベリアのある路地から出るとシエル様の家があって、マーガレットさんのお肉屋さんもある。
さらに歩いていくと、大通りと広場があって、広場には屋台がいくつか並んでいる。
甘い香りが漂ってくるのは、クリームココアだろう。
それから、ハート型のチョコレートでお祝いの言葉が書かれた甘いパンや、チョコレート菓子や、具材がごろごろ入ったクラムチャウダーなんかも売っている。
食べ物の他にも、雪だるまを模したオーナメントや、振るときらきら輝くスノードーム。
木の蔓を編んで作ったリースには、色とりどりの飾りがついている。
「もうすぐ、聖夜祭があるから、聖夜祭……アレクサンドリア様が、この国に現れた日のことですね。良い子にしていれば、女神の恩寵が与えられる……女神の恩寵、プレゼントのことです」
「タルトタタン」
「かぼちゃぷりん」
ファミーヌさんとエーリスちゃんが、布鞄の中から不満げな声をあげている。ついでに、お父さんをペシペシ叩いている。主に、ファミーヌさんが。
「こら、暴れるなお前たち。女神の恩寵が気に入らないのは分かるが、実際に恩寵などはなく、プレゼントを用意するのは両親だ」
「タルトタタン……!」
「かぼちゃぷりん!」
お父さんの説明に、今度はファミーヌさんとエーリスちゃんが、二人揃ってお父さんをペシペシ叩いた。
女神の恩寵は気に入らないけれど、夢を壊されて怒っている感じかしら。
「私も、昔は信じていたのですよ、女神様の恩寵。聖夜祭の日は、朝起きたら枕元にプレゼントがないかなって、期待したような、記憶があります。お菓子の箱とか、置いていないかなって」
「菓子が欲しかったのか、リディア」
「はい。私……昔は、聖夜祭の美味しそうなお菓子とか、お料理とか、遠くから見ているしかできなかったので、食べてみたいなって思っていて……あ、でも、ステファン様が私をお城に呼んでくれて、それで、色々たくさん、食べさせてくれて……あの頃は、夢みたいに、幸せでした」
懐かしいなと思いながら、私は微笑んだ。
ステファン様を見上げると、ステファン様の美しい翡翠の瞳から、ぼろっと涙が溢れたので、私は目を見開いた。
「す、ステファン様、泣かないでください……あ、あの、責めたとかじゃなくて、今のは、ただの思い出話で……!」
「すまない、リディア。……あのころの愛らしかった君を思い出してしまって、俺も、幸せだったなと、思って……」
「兄上、リディアちゃんを困らせるな」
「お兄様、過ぎたことを後悔してくよくよしている場合ではありませんわ。こんなに華やかな街を歩いているのに、泣く暇があったら、私たちに、美味しそうな香りのする飲み物を買ってくださいまし」
涙をこぼしたステファン様を、エミリア様とアンナ様が叱りつけている。
「すまない、リディア。……どうにも、歳のせいか、最近涙脆くていけない」
「ステファン様……私も、ずっと情緒不安定で、よく泣いていたので、一緒ですね。泣いたり怒ったりするのは、良いことだって、昔、ステファン様に教えて貰いました。だから、ステファン様も悲しい時とか、辛い時は泣いて良いと思います」
「リディア……」
「私も、ずっと泣きながら、お料理をしていたのです。泣きながらお肉を、ミンチにしたりして……」
私は泣き止んだけれど、瞳を潤ませているステファン様の頭を、手を伸ばして撫でた。
私も昔、ステファン様に撫でてもらったような気がする。だから、少しでも元気になってくれると良いのだけれど。
「リディア、好きだ……」
ステファン様は、小さな声でぽつりと言った。
嫌われてしまった時は悲しかったけれど、私のこと、本当に嫌いになってしまったわけじゃないのよね。
なんだか、安堵した。
ステファン様に嫌われた時、やっぱり私には、価値なんて何にもないんだって、思ったもの。
「私も、ステファン様が好きですよ。優しい、お父様みたいで」
ステファン様は長い夢から覚めたばかり。
辛いことが、たくさんあるのだろう。
それはそうよね。ステファン様の時間は、数年間、そっくり失われていたようなものなのだから。
気づいたら立派な成人男性になっていて、状況も立場も変わっていて。
私みたいに、ゆっくりできないもの。
ステファン様はきっと王位を継がなくてはいけなくて、休む暇なんて、ないのよね。きっと。
「ステファン様、……あの、私、美味しいご飯作れるように、頑張りますから。だから、たまにはお休みに、私のお店に来てくださいね。ステファン様が楽しいって思えるように、お酒も用意しますし、特別です。お店も、可愛くして……そうだ、聖夜祭のために、飾り付けをしようかな……季節ごとに、可愛く飾るの、大切ですよね」
「……ありがとう、リディア。何か欲しいものはあるか? なんでも、買わせてくれ」
「お金、あるから大丈夫ですよ」
「せめてもの償いだ。一緒にいる時ぐらいは、俺に支払いをさせて欲しい」
ステファン様の言葉に、エミリア様とアンナ様が「そうだリディアちゃん、兄上に支払いをさせよう」「リディアちゃん、なんでも買ってもらうと良いですわ」と、何故かステファン様のように瞳を潤ませながら言った。
ベルナール王家の方々は、泣き虫なのかもしれない。
私と一緒で。
私たちは、屋台でホイップされた生クリームがたっぷり載せられたクリームココアを買って、休憩をしながら飲んだ。
エーリスちゃんは粉砂糖がたっぷりついたハート型の大きなプレッツェルをもぐもぐ食べた。
お父さんがホットワインを飲みたがっていたけれど、それは買ってあげなかった。
犬にお酒を飲ませる駄目な飼い主だと思われたら大変なので。
ファミーヌさんは鞄の中で丸くなって、顔を出さなかった。
ファミーヌさんの記憶がどれぐらい残っているのかわからないけれど、もしかしたら、ごめんねって、思っているのかもしれなかった。
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