お忍び王族とお買い物
白いワンピースの上から、シエル様にもらった赤いふかふか暖かいショールを羽織る。
スカートの下には厚手のタイツと、何枚もレースが重なったような分厚いドロワーズ。
茶色いブーツを履いて、お買い物用の大きめの鞄を肩から下げる。
エーリスちゃんとファミーヌさんは、ショールの前合わせの首の部分から顔を出している。
二人が小さいからかもしれないけれど、ふわふわの暖かさは感じるのだけれどあんまり重くない。
重くないというか、質量を感じないぐらいに軽いというか。
お父さんはお買い物用のカバンの中に入って顔を出している。
こちらもあまり重くない。
雪の中を歩くのは子犬にとっては大変らしい。
「犬は雪にはしゃいで、庭を駆け回るものかと思っていました」
「犬にも種類があるのだ。私が雪の中を駆け回ったら、可愛いふわふわの毛並みが濡れるだろう」
「お父さん、寒いの苦手ですか?」
「年々苦手になっていくな」
「お父さん、何歳なんですか?」
「それは、秘密だ」
お父さんには秘密が多い。ともかく私は、しっかり防寒して、あらゆる動物を色んなところに入れて、ぽかぽかになりながらお店を出た。
シエル様やルシアンさんがお見舞いに来て私を甘やかしてくれたので、ゆっくりまったりした日々を送っていたけれど、もう結構元気なので、お散歩しながらお買い物に行こうと思う。
そろそろ元の生活に戻りたいなと思うし、誰かにお世話をしてもらうことってあまりなかったから、シエル様やルシアンさんにご飯を作ってもらったり、買ってきてもらったりするのは、嬉しいしありがたいのだけれど、ちょっと落ち着かなかった。
「リディアちゃん!」
「リディアちゃん」
お店を出たところで、私を呼ぶ声が聞こえて、私は足を止めた。
ブーツの靴底が、さっくりと雪を踏み締めている。
夜のうちに薄く積もった新雪には、新しい靴底の跡がいくつか既についていた。
「リディアちゃん、良かった、出かけるところだったのだね」
「リディアちゃん、良かった、行き違いになるところでしたわ」
私のお店のある路地に向かって、広い通りから真っ直ぐ進んでくる方々が、口々に私の名前を呼んだ。
一人は金色の髪をざっくりとした三つ編みに結っていて、騎士のような体にぴったりとした軍服を着ている。白い服に、白いマントが目に眩しい。すらりとした体型の方だ。
もう一人は、薄桃色の可愛らしいドレスを着ていて、ドレスの上からもこもこした毛足の長いクリーム色のショールを羽織っている。金の髪はやや癖があり、大きめのお花などがたくさんついた、髪飾りをつけている。
金の髪に、翡翠色の瞳。
どこかで見たことがあるような、容姿の方々だ。すごく煌びやかで、とても庶民には見えない。
その二人の後ろから、少し離れて、なんともいえない困った顔をしたステファン様がこちらに向かって歩いてくる。
ステファン様はお忍び用なのか、服の上から黒いマントを羽織り、金の飾りでとめている。
どことなく、全員顔立ちが似ている。似ているし、顔立ちが良いし、着ているものの質が良いので目立つ。
シエル様とかルシアンさんは、目立つには目立つのだけれど、街を歩くことも多いせいか、目立つけれど、街に馴染んでいる。
けれど、ステファン様や、ロクサス様は、あんまり馴染まない。
とても庶民には見えないし、なんとなく、全身から高貴さが漂っているみたいな感じがするのよね。
レイル様は、狐の仮面をつけているので、別の意味で目立つのだけれど。
「……ええと、あの、エミリア様と、アンナ様……?」
「リディアちゃん、覚えていてくれて嬉しいよ」
エミリア様が、私の手をとって、手の甲に口付けて言った。
エミリア様は私と同い年。ステファン様の妹で、女性だったような気がするのだけれど、今はすらっとしたすごく綺麗な男性に見える。
「リディアちゃん、覚えていてくれて嬉しいですわ! リディアちゃん、会えて嬉しい!」
アンナ様もステファン様の妹で、最後に会ったのは、ステファン様にご招待して頂いたお城で──だったかしら。
あの頃はとても小さく見えたけれど、すっかり美しく成長して、凛とした佇まいがステファン様やエミリア様に似ている。
「あ、あの、……どうされたのですか? ステファン様も……」
まさかお出かけしようとしたら、王族の方々三人と鉢合わせると思っていなかったので、私は驚きながら、私の目の前で足を止めたステファン様を見上げた。
「どうもこうもありませんのよ。お兄様ったら、リディアちゃんに会いに行かないなんて言うから、それなら私たちが会いにいくと言って、ここまで来ましたの」
「兄上は、数年間屑野郎だったからな。私たちの意見を聞き入れることもなく、リディアちゃんと婚約破棄をして、リディアちゃんを傷つけた。私たちは邪魔だと、城の中に押し込められて、自由もなかったのだ。今日はリディアちゃんに謝りたくて、ここにきた」
「お兄様は、リディアちゃんに謝りましたの? 今までのこと、すまなかったと言って、婚約者に戻って欲しいと言って、地べたに額を擦り付けるなどしましたの?」
「すまなかったな、リディアちゃん。色々事情はあったのだろうが、兄上のせいで、辛い思いをさせてしまった。兄上のことを許せとは言わないが、近くで見ていながら何もできなかった私たちも同罪だ。だから、今日は謝罪に来た」
エミリア様と、アンナ様の言葉に、ステファン様はなんだかいたたまれなさそうな表情を浮かべて、胸を押さえてやや青ざめている。
白い肌がよりいっそう白くなって、今にも儚く消えてしまいそうに見えた。
「あ、あの、お二人とも、お気持ちはありがたいのですが、……私、ステファン様のこと、怒っていませんし、ステファン様もフランソワちゃんも、それから……ファミーヌさんも、みんな、苦しいばかりだったから、あんまり責めたら、かわいそうですし……うまく言えませんけれど、もう、大丈夫なので」
「……リディア、すまない。もう二度と、君と会うことはないだろうと思っていたのに、こんなに早く、また君の顔を見に来てしまって」
「え?」
ステファン様が辛そうに言うので、私はまじまじとその翡翠色の瞳を覗き込んだ。
あれで、最後。
ステファン様とはもう会えないなんて、考えていなかった。
「……君を傷つけた俺には、君の顔を見にくる権利などないだろう。あの時、……俺が正気に戻って、リディアや、それから、ロクサスやレイル、シエルやルシアンと、共に過ごせた時間は、とても、楽しくて、幸せだった。……あれが、最後だと思っていた」
「ステファン様、私が朝起きたら、酔い潰れて、ロベリアの床で倒れていたのですが……楽しかったんですか?」
「……あれは、その、少々羽目を外しすぎたというか……忘れてくれ」
ステファン様の顔が一気に赤く染まった。
覚えているのね、酔い潰れて倒れていたことを。
あまり触れない方が良かったかしら。私がステファン様の器が小さいことを罵ったのと同じで、触れない方が。
「……リディアちゃん、兄上を許してくれるのか?」
「リディアちゃん、お兄様を許してくれますの?」
「ええ、勿論。勿論、というか、私、そもそも怒っていないので……」
ステファン様が正気に戻って、フランソワちゃんもファミーヌの支配から逃れて。
お母様も、フランソワちゃんのお母様も戻ってきて。
それから、ファミーヌの記憶に触れて。
ファミーヌは、子猫のファミーヌさんになった。
だからもう、色々あったけれど、私の中では全部終わったことだし、今は新しいメニューを考えたり、女子力を鍛えたり、女子力を鍛えて可愛い食堂にしたいという気持ちで、私はいっぱいなので。
あんまり、気にしていないというか。
謝られると、困ってしまうというか。
「……リディアちゃん、なんて優しいんだ。私はリディアちゃんと、仲良くしたい。私のことは是非、エミちゃんと呼んでくれ」
「リディアちゃん、私もリディアちゃんのお友達にしていただけると嬉しいのです。私のことは、アンナちゃんと」
私の両手をそれぞれ握りしめて、エミリア様とアンナ様が言う。
二人のことはあまり覚えていないのだけれど、綺麗な女性と、可愛い女の子との関わりが極端に少なかった私は、なんだかちょっと、照れてしまって、頬に熱が集まるのを感じた。
「エミ、ちゃん、さん……アンナちゃん、様……」
「そのうち慣れてくれたら良い。リディアちゃん、今日はどこに行くんだ? 私たちも一緒に行って良いだろうか」
「私たち、街を歩くのは初めてなのです。ご一緒させていただけると嬉しいですわ」
「二人とも、リディアに迷惑をかけるな。挨拶をしたら帰るという約束だろう」
ステファン様がやや厳しい声で注意して、エミリア様とアンナ様はステファン様を軽く睨んだ。
「酔いどれ兄上は黙っていてくれないか」
「二日酔いお兄様は、一人で帰ると良いのですわ。リディアちゃんは許してくれているのに、自分から頑張ろうとしないなんて、これではすぐに、リディアちゃんを奪われてしまいますわよ」
「そうだぞ、兄上。指を咥えて見ている者に、勝利などはないのだ。私たちは個人的にリディアちゃんと仲良くするが、兄上は好きにするが良い」
奪われるとは、何かしら。
お友達がさらに仲良くなると、親友というものがあるらしい。
私には親友というものはいないので、親友の座かしら。それは奪い合うものなのかしら。
「……リディア、俺も、一緒に行って良いだろうか」
「ええと、その、市場で良ければ……」
どこか苦しげに言うステファン様に、私は遠慮がちに言葉を返した。
そんな苦しそうな顔で行く場所ではないのだけれど、市場。
そんなわけで、私は王族の方々を引き連れて、市場に向かうことになった。
アンナ様が私の胸元からエーリスちゃんをヒョイっと抱き上げて「この子が、かぼちゃぷりんちゃん」と、嬉しそうに笑って、エミリア様がファミーヌさんを抱き上げると「黄金の猫、美しいな……!」と、ファミーヌさんを褒め称えた。
エーリスちゃんは楽しそうに「かぼちゃ!」と、羽をぱたぱたさせて、ファミーヌさんは「タルトタタン」と、ちょっと自慢げにツンと小さな鼻をあげた。
いつも触られるのを嫌がるファミーヌさんだけれど、エミリア様のことは嫌がらなかった。
男性の姿をしているけれど、エミリア様が女性だからかもしれない。
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