リディア/怒りのハンバーグ20人分
シエル様の体を蝕んでいたものと同じ呪いが、セイントワイスの魔導師の皆さんにも降りかかっている。
何の罪もないのに、上司がひとでなしだったというだけで、かわいそう。
何の罪もないのに、お父様と婚約者が浮気者だったというだけで、路頭に迷う羽目になった私に似ている。
私の場合は、自ら望んで路頭に迷っていたのだけれど。
「ハンバーグを作るだけなら……」
それなら別に、いつもと同じなので構わないのだけれど。
私のハンバーグを食べて、呪いがとけるかどうかは別として、作るだけなら。
期待されたり、頼られたりするのは、――たぶん、嬉しい。
本当は可愛い女の子や子供たちが私の料理を食べて「美味しい」って言ってくれるのが理想だけれど、男なんてそのへんの泥団子でも食べていれば良いって思うけれど、でも。
「……良い、ですけど……」
「リディアさん、ありがとうございます。……無理やり連れてきてしまって、申し訳ありません。実を言えば、少々焦っていました。あなたの力を借りたいけれど、……リディアさんに王宮に来て欲しいと言えば、断られるだろうと思ったものですから」
シエル様はどこか安堵したように微笑んで、急にしおらしくなった。
急にしおらしくなったぐらいで、誘拐の罪が許されると思ったら大間違いなのよ。
「それはそうですよ……! お城なんて、二度と来たくなかったのに……! お洋服もぼろぼろになっちゃうし。初対面なのに私を誘拐して服をぼろぼろにするとか、どうかと思います……!」
本当にどうかと思う。
私はぷんすか怒りながら、「キッチンと食材、好きなように使って良いんですよね?」と聞いた。
服がところどころさけて、ブラウスのボタンがとれてしまって、胸が半分ぐらい見えている。
でも、もともと私は肌を極力露出させないお洋服を着ているので、ちょっと涼しくなったぐらいだと思えば、何とか大丈夫。
ドレスとか、女性司祭の服の方がよほど露出度が高いのだから、問題はなさそう。
着替えている時間が惜しい。
ハンバーグ、さっさと作って帰りましょう。それが良いわね。
呪いに倒れているセイントワイスの魔導師の方々は心配だけれど、お城に長居して、ステファン様やフランソワと鉢合わせでもしたら、嫌だもの。
一体どの面下げて二人の前に顔を出せると言うのよ。
どう考えても完全なる負け犬じゃない……いえ、もう負けてるんだけど、勝っていた瞬間なんてなかったのだけど。
なんかこう、未練がましく二人の前に顔を出した負け犬、みたいになっちゃうじゃない。
そういうんじゃないのに。せっかく静かに心穏やかに暮らしていたのに、絶対嫌なのよ。
「洋服は、あたらしいものを必ず購入してお返しします。今度、街に行きましょうか。リディアさんの好きな服やアクセサリーがあれば、なんでも買ってさしあげますよ」
シエル様が私が料理を始めるのをにこにこ見張りながら言った。
これ、絶対に逃げないか見張られているわよね。
「恋人でもない男性と、二人で出かけたりしたらいけないんですよ、シエル様……! シエル様とルシアンさんは、それはそれは女性から人気があるんだろうなぁって思いますけど、私は、騙されませんからね……!」
「ルシアンは確かにそうですが、僕はそんなことはないのですけれど……」
シエル様は困ったように言った。嘘よね。顔が良いもの。
私はキッチンを見渡した。
神官家のキッチンよりも大きいけれど、つくりは似ている。
コンロが四つあって、お鍋やフライパンも私が使っているものよりは大きい。
私は冷蔵保管庫をごそごそあさった。
豚肉の塊もあるし、牛肉の塊もある。
玉ねぎも卵もあるし、パン粉もあるし、香辛料も一通りそろっている。
「わぁ、牛肉がある! 高いんですよ、高級なんですよね、牛肉。セイントワイスはお金持ち……」
「好きなように使ってください。材料に差異があっても、それがあなたがつくったハンバーグであるかぎりは、解呪の力が宿ると考えていますので」
シエル様は、作業台にある丸椅子に優雅に足を組んで座っている。
一瞬手伝って貰おうかなって思ったけれど、シエル様、料理ができないって言っていたわね。
それにあんまり近づかれると私の精神衛生上良くないものね。
「シエル様、ハンバーグ何人分作れば良いんですか?」
「まだ症状が出ていないだけで、城に駐屯している部下たち全員が呪い侵されていると考えて、全員分の二十人分を、よろしくお願いします」
「二十人分ですね、わかりました……!」
私は気合を入れた。
気合をいれて私の食堂にあるものよりも少し大きめのミートミンサーを、置いてある棚から抱えて作業台へと運ぶ。
途中シエル様が立ちあがって、運ぶのを代わってくれた。
「重たいものは、僕が運びますよ。それぐらいしかできませんが、言ってください」
「あ、ありがとうございます……」
優しい。
優しいわね。
女の敵だわ。
私はシエル様を睨んだ。距離感がおかしい上に、気遣いができて優しくて顔の良い男性は、女の敵である。
私の頭の中に、ピースサインを作って片目をつぶっているルシアンさんの顔が浮かんだ。
「……男って最低だわ……」
どうせシエル様だって、お城のメイドたちとかにきゃあきゃあ言われてるのよ、きっと。
私は大きなまな板の上に牛肉の塊肉を置くと、肉切り包丁で、だん! と音をたてて切った。
普段高級だからあんまり買わない牛肉をふんだんに使って、ハンバーグを作ろう。
普段使えない食材が使えるというだけで、わくわくするわね。
小分けにした牛肉を、ミートミンサーに入れていく。
「うぅ、お城にいるだけで、嫌な記憶が蘇ってくるのよ……ステファン様……じゃなくて、殿下、婚約者になったばかりの頃は、優しかったわよね……あの頃の私、結婚への夢と希望に満ちてた……かなしい」
ミートミンサーのハンドルをぐるぐる回すと、牛肉がぐにゅぐにゅとミンチになって、ミートミンサーの出口からでてくる。
ミンチ肉が、入り口に設置した白いトレイのなかに溜まっていく。
やっぱり、お肉をミンチにしてるときが、一番楽しいわね。
「リディアさん、……殿下のことを、慕っているのですか?」
私の様子を眺めながら、シエル様が聞いてくる。
「シエル様、……コンロにフライパン、用意してください。二つ。どれでも良いです」
「わかりました」
「それから……私、殿下のこと好きとかじゃないです。……私に優しかったの、フランソワと殿下が会う前まででしたし。私が十三歳のとき、婚約が決まって……それから、半年ぐらいは優しかったのです」
「半年、ですか」
コンロにフライパンをおきながら、シエル様が答える。
そうよね。半年ぐらいは、優しかったのよ。
あの時は私は十三歳で、ステファン様は十六歳。
三歳しか年が違わないのに、すごく大人びて見えたし、神官家ではいないものとして扱われていた私ははじめて誰かに優しくして貰ったのが嬉しくて、すぐにステファン様に懐いた。
ステファン様はとても誠実に見えたし、私も幸せな結婚ができるかもしれないって期待したのよ。
でも、そんなのは幻想だった。
気づいたら、私はいつの間にかフランソワのおまけみたいになっていたし、それも仕方ないかなって思いながら真面目に学園生活を続けて卒業したら、婚約破棄されたというわけである。
「フランソワが、お披露目会で殿下と会って。そうしたら、殿下はフランソワと仲良くなったみたいです。浮気です。男は、浮気をする動物……私は世界の真理に到達しました」
「僕が研究を十年以上続けても到達できない世界の真理に、リディアさんは到達したのですね」
細かくみじん切りにした玉ねぎと、牛肉のミンチとパン粉と卵、調味料と香辛料をボウルに入れて、私は怒りを込めてこね始める。
世界の真理に到達した結果が、誘拐されてお洋服を破られて、ハンバーグを作らされているとか、ひどすぎる。
この世界は私に優しくないのよ。
明日、元気を出すために可愛いお皿を買おうかしら。花柄か、動物柄が良いわね。
「そうなんです……! やっぱり、ほら、男性は華やかで可愛らしい女の子が好きなんですよ……私は、負け犬……無価値人間……王宮のどこかにステファン様がいると思うと、ふつふつと怒りと憎しみが……! なんか、こう、何もないところで転んだり……扉に指をはさんで痛がったり、したら良いのに……」
怒りにまかせてミンチをこねて、パンパンとミンチ肉の塊を両手でキャッチボールして成型していく。
あっという間に二十人分のハンバーグタネができあがった。
呪われたら良いとか、滅びたら良いだと、シエル様がまた怖いことを言いだしそうなので、呪いの言葉に具体性をもたせてみる。
うん。具体的な方が良いわね。私の呪いの力が本当になって、ステファン様に死の呪いがかかったら困るもの。
「あとはじっくり焼いて、それから、病人の皆さんに食べてもらうので、……そうだわ。大根おろしとお醤油で味付けしましょう。さっぱりしているほうが良いものね」
うんうんと私は頷きながら、シエル様が準備してくれたフライパンをあたためる。
塊肉からそぎ落とした余計な油をフライパンにいれて、油をフライパンに馴染ませていく。
「シエル様、……お願いがあるんですけど」
「なんなりとお申し付けください。僕にできることなら、なんでもしますよ」
「転移魔法、さっきの……シエル様一人なら、特に問題なく使えるんですよね?」
「はい。僕一人なら、問題なく」
「それじゃあ、食堂のキッチンから、お醤油をとってきて欲しいんです。……調味料の棚に置いてあります。黒い液体が入った瓶なんですけど……ラベルに、お醤油って書いてあります」
ざっと見渡したところ、お酒とお砂糖、それから蜂蜜もあったので、あとはお醤油があれば良い。
大根おろしとあわせると、甘辛いお醤油ソースができる。
子供たちには大根おろしは不人気だけど、冒険者や傭兵のおじさまたちにはさっぱりしていて結構人気だ。
どうして――私が冒険者や傭兵のおじさまたちの好みに合わせて料理を作らなければいけないのかしら……!
と、思わなくもないけれど、やっぱりお金を貰って料理を作っているのだから、美味しい物を提供したいし。
ちなみに、大根おろしソースは、お醤油を売ってくれるツクヨミさんに教えてもらったレシピである。
ツクヨミさんも美味しいって言ってくれたので、結構自信がある。
「……わかりました」
「あ、あの、私、ここまできたら逃げたりしませんので……焼き上がり前のハンバーグを置いて逃げたりなんて、絶対しませんので……! ご飯は大事なので……!」
「……リディアさん。あなたは優しいですね。疑ってなんていませんよ。……少し、待っていてくださいね」
シエル様はそう言うと、足元に出現させた輝く魔方陣とともに一瞬で姿を消した。
私はシエル様はお醤油がある場所、分かるかしらと、若干不安になりながら、ハンバーグを焼くことに集中した。
大きなフライパンを二つ使って、二十人分を二つに分けて焼き上げていく。
じゅうじゅうと強火で焼いて、焼き目がついたあとは、蓋をして弱火に。蒸し焼きにしていく。
しゅわしゅわと、お肉の焼ける音と、香ばしい良い香りが漂ってくる。
「リディアさん、これで良いですか? しょうゆ、と書いてあります」
「はい! ありがとうございます!」
ハンバーグを蒸し焼きにしている間に大根をおろし金ですりおろして、大量の大根おろしを擦っていると、シエル様が戻ってきた。
すりおろすのも良い。肉のミンチを作る次ぐらいに、大根をすりおろすのは楽しい。
大根おろしが出来上がったので、フライパンの蓋をあけてハンバーグを確認する。
ミンチ肉の赤色が、蒸し焼きにされて濃く色を変えている。
焼き目をつけるためにひっくり返して、火を強くして、じゅわじゅわと焼いていく。
「シエル様、お皿を準備してくださいな、二十人分です」
「はい。了解しました」
シエル様が指をはじくと、棚から二十人分のお皿がふわふわ宙を浮かんで、作業台の上に並んだ。
凄い、便利。魔法って良いわね。
お皿を準備するために魔法を使う必要なんてないといえばないのだけれど、やっぱりちょっとうらやましい。
シエル様のように器用なことをできる方は、滅多にいないと思うのだけれど。
私はとっても良い感じにこんがり焼けたハンバーグを、お皿にうつしていく。
ハンバーグの乗ったお皿をシエル様が受け取って作業台に並べてくれるので、すごく助かるわね。
優秀な筆頭魔導師様に、料理のお手伝いをさせてしまって申し訳ない気もするけれど。
私は空になったハンバーグを焼いたあとのフライパンに、お酒とお醤油とお水、蜂蜜とお砂糖を少しいれて煮詰めていく。
その間に、ハンバーグに大根おろしを絞ってのせた。
牛肉のハンバーグ、すごく美味しそう。もちろん豚肉のハンバーグだって美味しいのだけれど。
あふれでる高級感みたいなものが違う。
南地区に住んでいる方々は滅多に食べられない牛肉を使って、ハンバーグを作るとか、すごく贅沢。
なんだか腹が立ってきたわね。
私は、煮詰めたお醤油ソースを仕上げにハンバーグの上にかけた。
「できました! リディア怒りのハンバーグ、二十人前です!」
「……怒っているのですね、リディアさん」
「当り前です! 誘拐されて作らされたハンバーグなので、怒りのハンバーグです……!」
「すみませんでした。……しかし、……あなたは怒っていても、驚くほどに迫力がまるでなくて、可愛いですね」
「可愛いと言われて簡単に絆されるような女ではないのですよ、私は……!」
「――リディアさん、ありがとうございます。これできっと、部下たちも助かります」
警戒する私にシエル様は深々と頭を下げた。
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