偽物うさぎのミートローフとアコーディオンポテト
ルシアンさんは馬鈴薯の皮をよく洗って、細かい切れ目を馬鈴薯に入れ始める。
切り落とさないように、切れ目を入れる感じ。
慎重に、たくさん切れ目を入れた馬鈴薯を天板に並べて、オリーブオイルをかけてローズマリーの葉を散らした。
それから、ソルトミルで、ガリガリお塩を削ってかけて、ペッパーミルで胡椒をガリガリ削ってかけた。
「お塩、岩塩……ピンク色だから、ウェールジス岩塩?」
「よく分かるな」
「岩塩、そんなに種類が多くないので。ルシアンさん、お塩にもこだわる派ですか?」
「そういうわけでもなかったんだが、君に美味しいものを食べさせたいと思って買い物に行ったら、この塩が良いと勧められた。塩や胡椒にもいろいろあるのだな。料理とは、奥が深い」
「ルシアンさんは、お料理、好きですか?」
「どうだろうな。今までは、あまり興味がなかった。騎士団で行う炊き出しや、野営時の食事の支度は仕事だったからな。それ以外は、一人でいると……自分のために料理を作るという気にはならなかった。だが、こうして……君のために何かを作るというのは、楽しいな」
「私は、美味しいものを食べるのが、好きです。誰かにご飯を作るのも、好きです」
「ずっと前から、君は、口では文句を言いながら、美味しい料理を作ってくれた。君の料理は、全て、優しい。だから今、君の周りには多くの人間がいるのだろうな、リディア」
ルシアンさんは炎魔石のオーブンを温めると、薄く切れ目がたくさん入った馬鈴薯が並んだ天板をオーブンの中に入れた。
それから、玉ねぎをみじん切りにして、豚と牛肉のミンチ肉とボウルで混ぜ合わせる。
卵と、牛乳、パン粉と、塩胡椒を入れて、ぐにぐにと捏ねていく。
「ルシアンさんは手が大きいから、混ぜるのも早いですね」
「確かに君の手よりはずっと、私の手の方が大きいな」
「はい。私だと、混ぜるときに、必死って感じなんですけど、ルシアンさんは簡単にお肉をこねることができるんですね」
「鍛えているからな」
私は感心しながら、ルシアンさんの手つきを見ている。
誰かがご飯を作っているところをじっくり眺めるのは、随分久しぶりだ。
昔は、レスト神官家の料理人の方々の様子を、調理場の片隅の椅子に座ってじっと見ていたものだけれど。
誰かが料理を作るところを見ているのは好き。
だけれど、あの頃は、やっぱり少し、寂しかった。
今は寂しくない。ルシアンさんの長くてごつごつした指が、よく捏ねたお肉を楕円形に綺麗に丸めていくのが、面白い。
何ができるのかわからなくて、なんだかわくわくする。
ハンバーグに見えるけれど、ハンバーグよりは随分大きいし、タネが少しゆるい。
ルシアンさんは楕円形のお肉の塊に、長くスライスしてある薄いベーコンを巻き付けていく。
それから、オリーブオイルを薄くひいたフライパンにお肉を置いて、ローズマリーの葉っぱも置いて、弱火でじっくり焼き始める。
フライパンに蓋をして、じっくり弱火。
お肉の塊は結構大きいから、中に火が通るまで少し時間がかかりそう。
「騎士団の方々の筋肉は、お肉をこねるのにも役に立つのですね……」
私はしみじみ言いながら、ルシアンさんの太い腕を見つめる。
コートを脱いだルシアンさんは、白いシャツを肘まで捲っていて、持参した黒いエプロンをつけている。
お肉と馬鈴薯、それからローズマリーの焼ける良い香りが、調理場に漂った。
じゅわじゅわ、じゅうじゅう。
蓋付きのフライパンの中でお肉が焼ける美味しそうな音がする。
お肉を焼きながら、ルシアンさんは調理道具を洗って、後片付けをしてくれた。
それから、ケトルにお湯を沸かして、紅茶を淹れてくれる。
紅茶には薄切りのレモンが浮かんでいて、可愛い瓶の中に入った、星の形のお砂糖をぽちゃんと数粒中に入れてくれる。
「お星様のお砂糖、可愛い……ルシアンさん、女子力……」
「いや、私は男だが」
「女子力……」
私の前に置かれた可愛い砂糖の入った紅茶に視線を落として、私は呟いた。
お星様の砂糖も可愛いし、お星様の砂糖が入ったガラス瓶も、お星様の形をしていて可愛い。
「……ルシアンさんの方が私よりも女子力が高いかもしれません、どうしましょう、ファミーヌさん」
「タルトタタン……」
私がファミーヌさんに助けを求めると、ファミーヌさんは呆れたように目を細めて、尻尾をぱしんぱしんと振った。
ファミーヌさんはいつの間にか私の膝の上に移動してきている。
エーリスちゃんが私の胸の間で、「かぼちゃ」と、星のお砂糖を食べたそうにしている。
流石にお砂糖をそのまま齧るのはよくない気がして、食べたらダメだと、私はお砂糖の瓶を少し離れたところに置いた。
「可愛いご飯、ご飯が可愛いことばかりを考えていましたが、小物とか、お砂糖とか、そういうのが可愛くても気分が明るくなりますね。とっても可愛いです、ルシアンさん」
「可愛いかどうかは私にはよくわからないのだが、君が喜びそうだと思って買ってきた。……喜んでくれたようで、よかった」
「ルシアンさんはおしゃれです。いつも、おしゃれ。お部屋もおしゃれなんですか?」
「今度、遊びに来るか?」
「良いんですか?」
「あぁ。誰にも教えたことがないが、リディア、君なら良い。泊まっていっても良いぞ」
「……お泊まり、お友達のお家に、お泊まり……」
憧れだった、お友達の家にお泊まりが実現しそうで、ちょっと嬉しい。
「……私もいるぞ」
「タルトタタン……!」
「かぼちゃぷりん」
お父さんやファミーヌさん、エーリスちゃんが、どうしてか抗議のような声をあげた。
「もちろん、皆一緒で構わない。……部屋は狭いが、それでよければ」
「嬉しいです。今度、遊びに行きますね。私が元気になったら、お返しに、ご飯を作りに行きます」
「君が……私の家に、料理を作りにきてくれるのか。……良いな、それは」
ルシアンさんが嬉しそう。
ルシアンさんのお家、どこにあるのかしら。窓辺には観葉植物とか置いてありそうだし、すごく綺麗にしていそう。
シエル様のお家は研究のための器材や本などでごちゃごちゃしていたけれど。
でも、やっぱり、お友達といえども恋人でもない男性の家に泊まるのはいけないわよね。
今度、マーガレットさんに相談してみよう。
「できたぞ、リディア。偽物うさぎのミートローフと、アコーディオンポテトだ」
こんがり焼けた薄く切れ目の入った馬鈴薯は、確かにアコーディオンに似ている。
じんわり焼けて、途中で火を強めて焼き目をつけたお肉の大きな塊を、ルシアンさんは食べやすい大きさに切ってくれた。
お皿に並べて、新鮮なお野菜と小さなトマトを彩に添えて、肉汁で作ったソースをかけてくれる。
「偽物うさぎ?」
「うさぎの形をしているからそう呼ぶのではないかな。うさぎの丸焼きを似せて作った、ミートローフという意味だ」
「ありがとうございます、ルシアンさん。美味しそうです……!」
私たちは、ゆっくり食事をした。
ルシアンさんがぽつぽつとお話をしてくれる、子供の頃の話──キルシュタインのお城に住んでいた頃の話が、楽しそうで、幸せそうで、私もその話を聞きながらほんの少しの悲しさと、それからお話をすることができるようになった幸せを感じていた。
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