可愛いメニューとお見舞いに来たルシアンさん
なんとなく気怠い日が続いている気がしたけれど、ロベリアをお休みして怠惰な休日を数日間続けていると、その怠さもスッキリとはいかないまでも、薄らいでくる気がした。
明日は市場に行って、新しいメニューについて考えて、ついでに新しい食器も買って、ファミーヌさんが喜ぶような可愛い猫ちゃん用のお皿も買ってこよう。
そんなことを考えながら、ノートと万年筆を持ってきて、私は一階にある調理台にノートを広げてぐるぐるとお絵描きをしていた。
「可愛いメニュー、難しい」
「かぼちゃぷりん」
「タルトタタン」
私のノートをエーリスちゃんが体を揺らしながら、ファミーヌさんがちょこんと座りながら、覗きこんでいる。
時々ファミーヌさんがエーリスちゃんをパシパシ叩いて、エーリスちゃんがパシパシやり返している。
喧嘩なのかと思ったけれど、どうも戯れ合っているだけみたいだ。
私のノートには、冬、可愛い、お魚、あったかい。
などの単語が、呪文のように描かれている。
あと、かぼちゃぷりんと、タルトタタン、という単語も。
「デザートは、かぼちゃプリンとタルトタタンにしようかなと思っているんですけど」
「かぼちゃ!」
「タルト」
エーリスちゃんが羽をぱたぱたさせて、ファミーヌさんが尻尾をぱたぱた振った。
嬉しそう。私も嬉しい。
冬の間はりんごもかぼちゃも美味しいから、デザートには最適。
普通のアップルパイでも良いんだけれど、ファミーヌさんは多分、タルトタタンの方が嬉しいだろうし。
「リディア、いるか?」
今まで、可愛いよりも、しっかりがっつりお腹いっぱいを心がけてきたから、発想力に乏しいのかもしれないわね。
そもそも私の食堂に来てくれる人たちって、筋肉ムキムキの男性がほとんどだし。
そんなことを考えていると、食堂の入り口を叩く音とともに、声がした。
「ルシアンさん、こんにちは!」
扉を開くと、そこには紙袋を抱えたルシアンさんが立っていた。
ルシアンさんは今日は騎士団の団服じゃなくて、普通のお洋服を着ている。
金のボタンの黒いコートに、鮮やかな赤いマフラー。金色の髪を緩く縛っている。ルシアンさんはいつもおしゃれだ。
ドアの外の路地の道には、白い雪が積もっている。
扉が開かなくなるほどじゃないけれど、まだ、雪は溶けていない。
私が昨日作ったエーリスちゃんの雪だるまも、入り口の前にぽこぽこと並んでいる。
「どうしました、ルシアンさん。今日はお休みですか?」
「あぁ。君が心配で、様子を見に来た。ついでに、昼食を作ろうかと思って」
「ありがとうございます、もう結構元気なんですよ。シエル様には、日曜日まではお休みするように言われましたけれど」
「是非そうしてくれ。無理は良くない」
「はい。でも、だらだらしすぎて、体が溶けちゃいそうなんですよね」
「体が……」
「蛸みたいに」
「蛸……」
ルシアンさんは私の言葉を、ゆっくりと繰り返して、それから優しく笑った。
「君はいつも頑張っているから、たまには溶けるぐらいに休んでも良いのではないかな。他に誰か来る予定があれば、私は帰ろうと思うが、大丈夫だろうか」
「大丈夫です。特に予定はないですよ。ルシアンさん、来てくれてありがとうございます」
「料理、させてもらっても良いか?」
「はい、 ……良いんですか? ルシアンさん、せっかくのお休みなのに」
私はルシアンさんを食堂の中に案内した。
ルシアンさんは食堂に入ってくると、調理台の上に紙袋を置いた。
それから、丸椅子の上で寝ているお父さんを軽く撫でて、エーリスちゃんをぽんぽんして、ファミーヌさんを撫でようとして、手でぱしんと触れようとした手を払われた。
「ファミーヌさん、撫でられるの嫌いみたいです。私が撫でようとしても、逃げちゃうことがあるんですよ」
「そうなのか、すまなかった。つい、触りたくなるな」
「動物、好きですか、ルシアンさん」
「あぁ。犬も猫も好きだ。エーリスも、鳥なのか餅なのかわからないが、可愛いと思う」
「可愛い……うん、可愛いです。私、可愛いご飯のメニューをいま、考えていて」
調理台に置かれているノートを、私はルシアンさんに見せた。
そこには、エーリスちゃんの落書きと、ファミーヌさんの落書き、それから、お父さんの形をした落書きが、ごちゃごちゃと描かれている。
「動物の形にしたら、ご飯、可愛くなるかなって思って。でも、何をどうしたら良いのか、さっぱりなんです」
「可愛いに拘る必要はないとは思うがな。リディアの料理は、可愛くなくても美味しい」
「でも、可愛くないよりも可愛い方が、女の子や子供たちが喜んでくれるかもしれないですし」
「それはそうだな。……俺を含め、リディアの周りにいるのは男が多いから、可愛いに関して意見を言うのは、なかなか難しいな」
「私のお友達、男の方が多いです。そもそもルシアンさんが、騎士の方々をいっぱい連れてくるから、元々男性客が多くて、……でも最近は、ルシアンさんたちの名前をつけたメニューのおかげか、女性も増えたんですけれど」
「あれで増える女性というのは、どうなのだろうな」
「どういう意味ですか?」
「いや……」
私が首を傾げると、ルシアンさんは言葉を濁した。
それから、紙袋の中から馬鈴薯や、ミンチ肉、人参やベーコン、チーズなどを取り出した。
「リディア、昼食は食べられそうか?」
「はい、朝起きて、今はぼんやりしながら紅茶を飲んでいただけなので、食べられますよ。そろそろ朝ごはんと昼ごはん、同時のものを、用意しようかなって思っていたところでした」
「肉でも、大丈夫だろうか」
「なんでも好きです。ルシアンさん、お料理作ってくれるんですか? 嬉しいです」
「あぁ。……一人でいると、料理をする気にはなれないが、君のために作るとなると、妙に張り切ってしまって。色々買いすぎてしまうようだ」
「ありがとうございます。エーリスちゃんはいっぱい食べますし、お父さんもお肉が好きですよ」
「それでは、調理場を借りる」
「はい、どうぞ」
ご飯を作ってもらえるのが嬉しくて、私は背の高いルシアンさんを見上げてにっこり微笑んだ。
ルシアンさんは私の髪を、軽く撫でた。
相変わらず距離が近いけれど、ルシアンさんは元々こんな感じだったような気もする。
私は材料の下拵えを始めるルシアンさんの大きな手と長い指を、調理場に新しく持ってきた二個目の丸椅子に座って、眺めた。
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