雪の日の贈り物
雪遊びを終えた私は、シエル様に促されてロベリアの中に戻った。
いつもは食堂のテーブルか、調理場で、一緒にご飯を食べながらお話することが多いのだけれど、雪遊び後の私やエーリスちゃんは冷たくなっていたので、二階にあるリビングルームに向かった。
暖炉の中にある炎魔石に、シエル様が炎を灯すついでに魔力を補充してくれた。
すぐに暖かくなる炎魔石暖炉の前に敷いたふかふかのラグの上で、お父さんとファミーヌさんとエーリスちゃんが、ころころと横になっている。
ファミーヌさんとエーリスちゃんはくっついて、お父さんは少し離れた場所で。
私は寝起きのままだった寝衣を、シエル様に着替えると伝えて、自室で着替えることにした。
寝衣は雪遊びで少し湿ってしまっている。
脱いだ寝衣を窓際にある室内物干しへとひっかけた。
それからクローゼットをあさって、足元までを隠してくれる長袖の白いワンピースと、スカートの下にはあったかくて可愛いドロワーズに着替える。
髪の毛を両耳の下で、緩く赤いリボンで結った。
複雑な結い上げはできないけれど、簡単に髪を結ぶぐらいならできる。
鏡で自分の姿を確認して、私は一度頷いた。変なところは、たぶんないと思う。
寝起きの姿を見られてしまったのは恥ずかしいし、寝起きの姿のまま子供たちと雪遊びをしていた姿を見られてしまったのは恥ずかしいのだけれど。
シエル様はどんな時でもきちっとしていて、綺麗だ。
筆頭魔導師様、という感じで。
寝起きのシエル様は私のように、怠惰なのかしら。
怠惰なシエル様。ちょっと見てみたい。
私は髪を整えながら、寝起きのシエル様について想像してみた。
ベッドの上で丸まって「……寒い、眠い、仕事したくない」と、呟いているシエル様。
あり得なさそう。
シエル様、あんまり眠らなさそう。ベッドで寝ているところがあんまり想像できないもの。
夜遅くまで、何かしらの器具の前で何かしらの研究をしたり、私には理解できない難しい本を読んでいそう。
ちゃんと寝て欲しい。
私は私の頭の中のシエル様のことが心配になって、ちゃんと寝てください……と、想像の中で、ベッドに寝かせたりしてみた。
ベッドに寝かせて、その周りにシエル様が好きだと言う、まるいもの――エーリスちゃんの大きなぬいぐるみをいっぱい配置して、その中に埋めてみた。ちょっと可愛らしかった。
身支度を整えると、私はリビングルームに向かった。
リビングルームのテーブルに、シエル様が飲み物を用意してくれていた。
ミルクたっぷりの珈琲と、小さくて丸い形をした、エッグタルト。
黄色い表面が少し焦げていて、僅かにバニラの良い香りがする。
「珈琲をいれてきましたが、紅茶のほうが良かったですか?」
「珈琲好きです、ミルクが入っていないと飲めませんけれど、ありがとうございます、シエル様」
「いえ。こちらの菓子は、途中の店で買ってきました。僕はあまり、食べ物に詳しくないので、一番人気なものをと言ったら、これを」
「エッグタルトです。卵を沢山使った、カスタードパイみたいな感じのお菓子で、美味しいです。ありがとうございます、気を使ってくださって嬉しいです」
「いえ……喜んでくださって良かったです。エーリスさんたちも食べるかと思ったのですが、寝ていますね」
「さっき、雪の中で沢山遊んでいましたから……動物は良く寝るんですよ、多分。お父さんも、……長い間ファミーヌさんに捕まって、痛い思いをしてきたみたいだし、ファミーヌさんも、ずっと苦しかったみたいだし、……たくさん寝て、たくさん食べて、ゆっくりしてくれると良いかなって」
「リディアさん、あなたも」
「私も?」
「ずっと、……無理をさせてしまいましたから、あなたもゆっくり休んでくださいね」
「はい、ゆっくりしています。今日はお昼まで寝ていて、さっき、雪遊びして、それだけです。雪遊び、楽しかったです。ずっと昔は、雪は、嫌いでした、寒いから」
「そうですね。……僕も、そうだった気がします」
「一緒ですね。でも、今は雪をみると、嬉しいです。雪遊び、楽しかったです。暖かい家があることを知っているからですね、きっと」
シエル様は私の話を静かに聞いていてくれて、頷いてくれる。
私とシエル様は――育った環境が、たぶん、少し似ているのだと思う。
シエル様の方がずっと、痛い思いも、苦しい思いもしているんだろうけれど。
シエル様も私も、雪の日にもう凍えることなんてなくて。
こうして、温かいお部屋でお話をしていられるのは、幸せ。
リビングルームは炎魔石暖炉のおかげでぬくぬくと暖かくて、窓の外には雪がちらちらと舞い降りているけれど、まるで別の世界みたいだ。
温度差のせいか、窓が真っ白に曇っていて、この部屋だけ、どこか遠くの、知らない場所に浮かんでいるみたいに思える。
例えば、秘密基地、みたいに。
秘密基地に、動物たちと私とシエル様で、お菓子と飲み物を用意して、隠れているみたいで、なんだか楽しい。
「ふふ……」
「リディアさん、今日は楽しそうですね」
「マーガレットさんに、この間、言われて。たまには休んでも良いって。私……アレクサンドリア様の力があるってわかって、何かしなきゃって、落ち着かなかったんです。でも、私は私で今まで通りで大丈夫って言って貰って、なんだか楽になりました」
「それは……もちろん。あなたの価値は、あなたの立場や力とは、関係のないものです。……僕があなたと出会えたのは、あなたに女神の力があったから、ではありますが……今はそれを少し、苦しいと感じています」
「苦しい? どこか、痛いんですか?」
「いえ、……あなたの力に縋り、あなたの力を、調べたいと願ってしまった僕は、マーガレットさんのように、あなたの救いにはなり得ないのだろうなと……すみません、こんな話をするために来たわけではないのですが」
「シエル様に、私はとっても助けられています。私、……シエル様がいたから、頑張ろうって思えて、……今も、シエル様や、みんながいてくれるから、自分のこと、何をすればよいのかも、あんまり良く分からないけれど、怖くないんです。だから……」
「……僕は、あなたにいつも励まされています。本当は、逆ですよね。僕の方があなたよりも大人なのに」
「シエル様は大人で頼りになりますし、私もシエル様を頼っています。だから、お互い様です。お友達ですから、困ったときは、困ったことを半分こするのですよ。年齢なんて、関係ないです。私もシエル様の役に立てていたら嬉しいです、とっても」
「ええ、そうですね……ありがとうございます」
シエル様は微笑んで、それから思い出したように、持っていた大きな紙袋の中から、大き目の赤いショールを取り出した。
それから、私の肩にショールをかけてくれる。
腕の先まですっぽりと覆うぐらいのショールの前合わせの部分には、金具がついている。
ずり落ちないように、留めることができるつくりになっていた。
ふかふかで温かくて、可愛らしい。
「これは……寒くなりましたから、贈り物です。まんまる羊の毛で編んであるそうですよ。暖かいそうです」
「ええと……嬉しいです、けど、お誕生日でもないのに……」
「贈り物をするのに、理由は必要ないのだと、リーヴィスが言っていました。リーヴィスはよく、エーリスさんに帽子やマフラーを作っているでしょう? 今日も、渡して欲しいと言われました」
「ありがとうございます、いつも可愛いんですよ、リーヴィスさんの手作りの小さいお洋服。お人形も可愛いんです」
「僕はそういったことはできませんから、あなたに似合いそうなものを、探して、購入してきました」
「でも、あの、貰ってばかりいるの、申し訳ないです……」
「僕はあなたから数えきれないほどのものを貰っています。だから、これは、お返しです」
「私、シエル様になにもプレゼントしていないですけれど」
「僕は……あなたから、貰っているんですよ、とても、沢山」
シエル様はそう言うと、ショールに埋もれた私の髪を、そっと手にして、綺麗に直してくれた。
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