雪だるまと、シエル様の来訪
エーリスちゃんとファミーヌさん、そしてお父さん、ぽかぽかの動物のようなものたちに囲まれて、ぬくぬくしながら昼過ぎに目を覚まして、もう一度寝てみたりして。
ふかふかのベッドの誘惑と、すやすや眠るエーリスちゃんやファミーヌさんの温もりに抗えずに、ベッドの中でごろごろしたりして。
すごく怠惰だけれど、久々の怠惰を、私はまったり味わっている。
お父さんについては、実は美形の成人男性ということについて考えるのはやめた。
お父さんはお父さんだし、犬なので、まぁいいかと、一緒にベッドで寝ている。
エーリスちゃんとファミーヌさんは一緒に寝るのに、お父さんだけ一緒に寝ないとか、可哀想だし。
正午を告げる東西南北のそれぞれに建てられている、聖堂の鐘が響く。
「お昼……もうお昼、おふとん……」
「かぼちゃぷりん」
「タルトタタン」
抗えないベッドの温もりに、掛け物にまるまって蓑虫みたいになっている私の顔を、エーリスちゃんとファミーヌさんがぺちぺちと叩いた。
「いい加減に起きろ、リディア。もう昼だ」
「んん……もう少し。今日は寒いです、寒い、さむさむ……」
「それは寒いだろう、雪が降っている」
「ゆき……!」
雪が降りそうだなぁとは、思ってきた。
昨日の夜はとっても冷えていたし、星も月も見えない空には、分厚い雪雲が立ち込めていた。
掛け物の中からのそのそ顔を出して窓の外を見ると、確かに白い。
ちらちらと、空から降る雪が、窓の縁に少しだけ溜まっている。
「雪だ」
「かぼちゃ、ぷりん……」
「タルトタタン……」
エーリスちゃんが不思議そうに、目をぱちくりさせている。
ファミーヌさんはすごく嫌そうに、掛け物の中に潜り込んでくる。
ふわふわの体で、私のお洋服の中に入り込んだ。皮膚にふわふわがあたって、少しくすぐったい。
「エーリスちゃんは、雪を知りませんか? ファミーヌさんは、寒いのが苦手そうですね」
「タルトタタン……」
「かぼちゃ」
「私も寒いのは苦手だ」
「ふわふわなのに?」
「ふわふわでも、寒いものは寒い」
私はエーリスちゃんとファミーヌさんを両手に抱いて、一階に降りる。
お父さんが、私たちのあとをちょこちょこついていくる。肉球のある手からはえている小さな爪が、床にあたる、ちゃっちゃっという、愛らしい音が響いた。
もこもこした薄桃色の可愛い厚手の寝衣を着ているのだけれど、雪の日特有の透明感のある寒さが、足元に溜まっているようだった。
お湯を沸かして、ココアを飲む。
最近のロベリアは、閉店休業を続けているせいかとても静か。
時々、お客さんが私の体調を心配して、差し入れを持ってきてくれる。
ココアを飲みながら、差し入れの紅茶クッキーをサクサクと齧る。
エーリスちゃんとファミーヌさん、お父さんには、ミルクを温めてたものをお皿に入れてあげた。
エーリスちゃんはがぶがぶ飲んでいたけれど、ファミーヌさんは、ちろちろ舌先でミルクを舐めて、「タルトタタン」と、不満そうにお皿をペシペシした。
「ファミーヌさんは、食器が気に入らないのでしょうか。猫ちゃん用の可愛い食器を買おうかな……」
「私も悩んでいるぞ、リディア。食事の時は、人間体に戻ろうかどうしようか」
「お父さん、人間になると、全裸になるからそれはちょっと……」
「服を着た状態で人間体になることも可能だ」
「そうなんですか? てっきり常に全裸なのかと」
「それは風呂だったからだ」
「でも、可愛い方が良いです。犬は、可愛い。男の人は、可愛くない……」
「成人男性の姿になっても、私は可愛い」
「可愛いかな……」
わからない、可愛いのかしら。
顔を洗っただけで、着替えもしないでぼんやりしながらとる朝食というか、昼食は、幸せだ。
早起きして市場にいく生活が嫌いというわけじゃないし、お客様のためにご飯を作ることだって、もちろん楽しいのだけれど。
「ぼんやりしすぎて、体がどろどろに溶けて、ふにゃふにゃになっちゃいそうですね、蛸みたいに」
「たこ」
「かぼちゃ」
「たると……」
ココア、甘くて美味しい。紅茶クッキーは、良い香りがする。
雪が降っているけれど、ツクヨミさんのクジラ一号とヒョウモンくんは大丈夫かしら。海、寒そう。
「雪、見に行ってみましょうか」
ココアを飲み終えて、みんながミルクを飲み終えて、エーリスちゃんが口に詰め込んだ紅茶クッキーを食べ終えてから、私はお皿を洗った。
それから、軽く髪を整えると、ロベリアの入り口から外に出た。
狭い路地の通りにはすっかり白く染まっていて、ふかふかの新雪が溜まっている。
「ふふ、白い、冷たい」
私は手のひらを、雪に埋めてみる。
指先が痛くなるぐらいに、冷たい。
「かぼちゃぷりん!」
エーリスちゃんが私の頭の上からぴょんと、雪の中に降りた。
体を雪まみれにしながら転げ回って、真っ白な雪をあぐあぐと食べた。
ファミーヌさんがとても呆れたように「タルト……」と小さく言って、私の服の中に潜り込んだまま動かなくなった。
「私も、寒いのは苦手だ。ほどほどにな、リディア」
「雪うさぎ、雪だるま……雪エーリスちゃん」
お父さんは身震いしながらお店の奥に帰っていった。
私は雪を丸めて、お店の前に雪だるまを作り始める。
途中から、通りで遊んでいた子供たちがやってきて「悪のお姉さん、手伝ってあげる」「悪役のお姉さん、雪だるま作りたいの?」と、私に協力してくれた。
子供たちと一緒に雪を転がして、丸い雪玉を二個作って、重ねる。
エーリスちゃんもコロコロと転がって、雪玉になっている。雪玉になってから「ぷりん」とすごく悲しい顔をするので、助けてあげた。寒かったのだろう。
小さな雪だるまが出来上がって、目と口の部分に、お店から持ってきた赤スグリの実をはめ込んだ。
「エーリスちゃんににてる」
「丸餅だ」
「もちだ」
目が赤いところが、エーリスちゃんに似ている。
頭に葉っぱを二枚刺すと、ますますエーリスちゃんにそっくりになった。
子供たちが面白がって、小さなエーリスちゃん雪だるまを、私のお店の前に並べていく。
「わ、可愛い」
「可愛いね、悪のお姉さん。これなら、悪い食堂って言われないよ」
「お姉さんも悪のお姉さんじゃなくなるかもしれない」
子供たちは私をいまだに、悪役のお姉さんだと認識している。
悲しいけれど、ちょっと慣れてきた。
「……リディアさん、何をしているですか?」
「シエル様! こんにちは」
「ええ、こんにちは」
雪の中、こちらに歩いてくる人影に、私は顔を上げる。
雪がちらついているせいか、今日のシエル様はローブのフードをかぶっている。
雪だるまづくりのためにしゃがんでいる私の前で足を止めると、シエル様は心配そうに、私の顔を覗き込んだ。
「寒いでしょう。体が、冷えている。長い間、外にいたのですか?」
「ふふ、つい、楽しくなってしまって。雪で遊ぶの、はじめてなので」
「お姉さん、彼氏」
「彼氏がきた」
「彼氏じゃなくてお友達ですよ」
子供たちのお母さんが「そろそろ帰るわよ、リディアちゃん、遊んでくれてありがとう」と言って、子供たちを迎えにきた。
子供たちは「遊んであげていたんだ、お姉さんと」と言いながら、帰っていった。
シエル様の長い指先が、私の頬に触れる。
「ほら、冷えている。中に入りましょう。手も、赤くなっています。手袋もしないで、雪で遊ぶのはいけませんよ」
私の手を、シエル様の手が包み込むようにして握った。
いつもシエル様の方が体温が低いように感じられるのだけれど、今日は、私がすっかり冷えてしまっているせいか、とても暖かい。
「でも、可愛らしいですね。丸くて、良い。エーリスさんですね、この形は」
私のお店の前に並んだ、エーリスちゃんの形をした雪だるまを、シエル様は褒めてくれた。
エーリスちゃんが嬉しそうに、「かぼちゃぷりん!」と言いながら、雪だるまの頭の上に乗っている。
ファミーヌさんが私のお洋服の中から「たたん」と、小さな声をあげた。「寒いのよ」という文句を言っているように聞こえた。
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