表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/296

雪だるまと、シエル様の来訪




 エーリスちゃんとファミーヌさん、そしてお父さん、ぽかぽかの動物のようなものたちに囲まれて、ぬくぬくしながら昼過ぎに目を覚まして、もう一度寝てみたりして。

 ふかふかのベッドの誘惑と、すやすや眠るエーリスちゃんやファミーヌさんの温もりに抗えずに、ベッドの中でごろごろしたりして。

 すごく怠惰だけれど、久々の怠惰を、私はまったり味わっている。


 お父さんについては、実は美形の成人男性ということについて考えるのはやめた。

 お父さんはお父さんだし、犬なので、まぁいいかと、一緒にベッドで寝ている。

 エーリスちゃんとファミーヌさんは一緒に寝るのに、お父さんだけ一緒に寝ないとか、可哀想だし。


 正午を告げる東西南北のそれぞれに建てられている、聖堂の鐘が響く。


「お昼……もうお昼、おふとん……」


「かぼちゃぷりん」


「タルトタタン」


 抗えないベッドの温もりに、掛け物にまるまって蓑虫みたいになっている私の顔を、エーリスちゃんとファミーヌさんがぺちぺちと叩いた。


「いい加減に起きろ、リディア。もう昼だ」


「んん……もう少し。今日は寒いです、寒い、さむさむ……」


「それは寒いだろう、雪が降っている」


「ゆき……!」


 雪が降りそうだなぁとは、思ってきた。

 昨日の夜はとっても冷えていたし、星も月も見えない空には、分厚い雪雲が立ち込めていた。

 掛け物の中からのそのそ顔を出して窓の外を見ると、確かに白い。

 ちらちらと、空から降る雪が、窓の縁に少しだけ溜まっている。


「雪だ」


「かぼちゃ、ぷりん……」


「タルトタタン……」


 エーリスちゃんが不思議そうに、目をぱちくりさせている。

 ファミーヌさんはすごく嫌そうに、掛け物の中に潜り込んでくる。

 ふわふわの体で、私のお洋服の中に入り込んだ。皮膚にふわふわがあたって、少しくすぐったい。


「エーリスちゃんは、雪を知りませんか? ファミーヌさんは、寒いのが苦手そうですね」


「タルトタタン……」


「かぼちゃ」


「私も寒いのは苦手だ」


「ふわふわなのに?」


「ふわふわでも、寒いものは寒い」


 私はエーリスちゃんとファミーヌさんを両手に抱いて、一階に降りる。

 お父さんが、私たちのあとをちょこちょこついていくる。肉球のある手からはえている小さな爪が、床にあたる、ちゃっちゃっという、愛らしい音が響いた。

 もこもこした薄桃色の可愛い厚手の寝衣を着ているのだけれど、雪の日特有の透明感のある寒さが、足元に溜まっているようだった。


 お湯を沸かして、ココアを飲む。

 最近のロベリアは、閉店休業を続けているせいかとても静か。

 時々、お客さんが私の体調を心配して、差し入れを持ってきてくれる。

 ココアを飲みながら、差し入れの紅茶クッキーをサクサクと齧る。

 エーリスちゃんとファミーヌさん、お父さんには、ミルクを温めてたものをお皿に入れてあげた。

 エーリスちゃんはがぶがぶ飲んでいたけれど、ファミーヌさんは、ちろちろ舌先でミルクを舐めて、「タルトタタン」と、不満そうにお皿をペシペシした。


「ファミーヌさんは、食器が気に入らないのでしょうか。猫ちゃん用の可愛い食器を買おうかな……」


「私も悩んでいるぞ、リディア。食事の時は、人間体に戻ろうかどうしようか」


「お父さん、人間になると、全裸になるからそれはちょっと……」


「服を着た状態で人間体になることも可能だ」


「そうなんですか? てっきり常に全裸なのかと」


「それは風呂だったからだ」


「でも、可愛い方が良いです。犬は、可愛い。男の人は、可愛くない……」


「成人男性の姿になっても、私は可愛い」


「可愛いかな……」


 わからない、可愛いのかしら。

 顔を洗っただけで、着替えもしないでぼんやりしながらとる朝食というか、昼食は、幸せだ。

 早起きして市場にいく生活が嫌いというわけじゃないし、お客様のためにご飯を作ることだって、もちろん楽しいのだけれど。


「ぼんやりしすぎて、体がどろどろに溶けて、ふにゃふにゃになっちゃいそうですね、蛸みたいに」


「たこ」


「かぼちゃ」


「たると……」


 ココア、甘くて美味しい。紅茶クッキーは、良い香りがする。

 雪が降っているけれど、ツクヨミさんのクジラ一号とヒョウモンくんは大丈夫かしら。海、寒そう。


「雪、見に行ってみましょうか」


 ココアを飲み終えて、みんながミルクを飲み終えて、エーリスちゃんが口に詰め込んだ紅茶クッキーを食べ終えてから、私はお皿を洗った。

 それから、軽く髪を整えると、ロベリアの入り口から外に出た。

 狭い路地の通りにはすっかり白く染まっていて、ふかふかの新雪が溜まっている。


「ふふ、白い、冷たい」


 私は手のひらを、雪に埋めてみる。

 指先が痛くなるぐらいに、冷たい。


「かぼちゃぷりん!」


 エーリスちゃんが私の頭の上からぴょんと、雪の中に降りた。

 体を雪まみれにしながら転げ回って、真っ白な雪をあぐあぐと食べた。

 ファミーヌさんがとても呆れたように「タルト……」と小さく言って、私の服の中に潜り込んだまま動かなくなった。


「私も、寒いのは苦手だ。ほどほどにな、リディア」


「雪うさぎ、雪だるま……雪エーリスちゃん」


 お父さんは身震いしながらお店の奥に帰っていった。

 私は雪を丸めて、お店の前に雪だるまを作り始める。

 途中から、通りで遊んでいた子供たちがやってきて「悪のお姉さん、手伝ってあげる」「悪役のお姉さん、雪だるま作りたいの?」と、私に協力してくれた。

 子供たちと一緒に雪を転がして、丸い雪玉を二個作って、重ねる。

 エーリスちゃんもコロコロと転がって、雪玉になっている。雪玉になってから「ぷりん」とすごく悲しい顔をするので、助けてあげた。寒かったのだろう。

 小さな雪だるまが出来上がって、目と口の部分に、お店から持ってきた赤スグリの実をはめ込んだ。


「エーリスちゃんににてる」


「丸餅だ」


「もちだ」


 目が赤いところが、エーリスちゃんに似ている。

 頭に葉っぱを二枚刺すと、ますますエーリスちゃんにそっくりになった。

 子供たちが面白がって、小さなエーリスちゃん雪だるまを、私のお店の前に並べていく。


「わ、可愛い」


「可愛いね、悪のお姉さん。これなら、悪い食堂って言われないよ」


「お姉さんも悪のお姉さんじゃなくなるかもしれない」


 子供たちは私をいまだに、悪役のお姉さんだと認識している。

 悲しいけれど、ちょっと慣れてきた。


「……リディアさん、何をしているですか?」


「シエル様! こんにちは」


「ええ、こんにちは」


 雪の中、こちらに歩いてくる人影に、私は顔を上げる。

 雪がちらついているせいか、今日のシエル様はローブのフードをかぶっている。

 雪だるまづくりのためにしゃがんでいる私の前で足を止めると、シエル様は心配そうに、私の顔を覗き込んだ。


「寒いでしょう。体が、冷えている。長い間、外にいたのですか?」


「ふふ、つい、楽しくなってしまって。雪で遊ぶの、はじめてなので」


「お姉さん、彼氏」


「彼氏がきた」


「彼氏じゃなくてお友達ですよ」


 子供たちのお母さんが「そろそろ帰るわよ、リディアちゃん、遊んでくれてありがとう」と言って、子供たちを迎えにきた。

 子供たちは「遊んであげていたんだ、お姉さんと」と言いながら、帰っていった。

 シエル様の長い指先が、私の頬に触れる。


「ほら、冷えている。中に入りましょう。手も、赤くなっています。手袋もしないで、雪で遊ぶのはいけませんよ」


 私の手を、シエル様の手が包み込むようにして握った。

 いつもシエル様の方が体温が低いように感じられるのだけれど、今日は、私がすっかり冷えてしまっているせいか、とても暖かい。


「でも、可愛らしいですね。丸くて、良い。エーリスさんですね、この形は」


 私のお店の前に並んだ、エーリスちゃんの形をした雪だるまを、シエル様は褒めてくれた。

 エーリスちゃんが嬉しそうに、「かぼちゃぷりん!」と言いながら、雪だるまの頭の上に乗っている。

 ファミーヌさんが私のお洋服の中から「たたん」と、小さな声をあげた。「寒いのよ」という文句を言っているように聞こえた。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかファミーヌさん後の今が一番リディア幸せなんじゃないかな?って。 これで魔力戻ってきて食堂をちょくちょく営業できたら、 幸せ完成形じゃない?! [一言] ついに、たるとって略しやがっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ