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両親会議とエルガルド王国へのお手紙



 ティアンサ・レストが、ティアンサ・エルガルドだった時代。

 それは今から二十年以上前のこと。

 ティアンサは、ベルナール王国の王立学園に、留学に来ていた。


 エルガルド王国とベルナール王国の仲は概ね良好だった。

 それはゼーレの父親であるベルナール王ワイマールと、ティアンサの父親であるエルガルド王ゲイルが盟友とお互い呼ぶほどに、仲が良かったからである。


 国境を隣り合う隣国であるので、過去の歴史を遡れば小競り合いは大なり小なりあるのだが、ティアンサの生まれた時にはすでにエルガルドとベルナールは両国とも平和であった。


 ティアンサがベルナール王国への留学を望んだのは、誰かに命じられたからではなく、自分の意思だった。

 エルガルド王国の、一の姫であるティアンサは、昔から好奇心が旺盛だった。

 国に留まればおそらくは誰かと結婚をして、子供を産んで育てて、ごく普通の日々を送ることができるのだろう。

 そうなれば、国の外に出るということは難しい。

 そうなる前に、まだ多少の自由がある若いうちに、他国の文化に触れてみたかった。


 フェルドゥールと出会ったのは、留学先のベルナール王国の王立学園。

 王太子であるゼーレとその友人のフェルドゥールは、王立学園の中でもひときわ目立っていた。


 ティアンサはその時、上学年にいた二人のことについては、立場もよく目立つ、顔立ちの良い方たち。

 という、認識ぐらいしかなかった。


 それが──ただ、廊下で一度すれ違ってからというもの、フェルドゥールが熱心に話しかけてくるようになった。

 最初は自分が隣国の姫であるからだと、思っていた。

 ティアンサは身分を伏せていたが、ワイマール王と、王太子であるゼーレには伝わっているだろうし、ゼーレと仲の良い次期神官長フェルドゥールも知っているのだろうと思っていた。


 話しかけてくるものを無碍にはできないので、デートの誘いを了解して共に聖都を散策したり、図書室で勉強を教えてもらったり、フェルドゥールとの時間が次第に増えていった。

 フェルドゥールは女性たちから人気があるのだから、自分に構わなくても良いのにと思ったティアンサが「フェルドゥール様は、私がエルガルドの姫だから、気にしてくださるのですか?」と尋ねると、フェルドゥールは


「そうなのか……!?」


 と、大変驚いていたので、逆になぜ知らなかったのかと驚いてしまって。


「私は……君のことはよく知らない。ただ、愛らしい女性だと思って……身分のことなどは、気にしたことがなかった」


 そう、フェルドゥールが恥ずかしそうに言うものだから。

 ティアンサも、立場も何も関係がなく、ただ純粋に好意を抱いてくれていたフェルドゥールが、好きになっていった。


「……あなたと、思いが通じ合って、お父様やお兄様を説得して結婚して……可愛いリディアがうまれたのに、その後すぐにファミーヌ……魔女の娘に食べられてしまって、それからの記憶は、あまりないの」


 大神殿での出来事の後。

 ティアンサは他のファミーヌに食べられた女性たちと共に、娼館イブリースの最上階の部屋に倒れていたのを、セイントワイスやレオンズロアの者たちによって保護された。

 魔法による治療と体調の確認をされたが、特に異常はなく、フェルドゥールやリディアに会いたいと望んだティアンサは、すぐに治療院を出た。

 ティアンサがファミーヌに食べられてから、十八年の時が経っている。

 けれどフェルドゥールは精悍さを増したぐらいで、さほど大きく変わりはなかった。

 赤子だったリディアは、愛らしく、美しく育っていた。


「できれば、できることなら、リディアの成長を見守りたかった。あなたと二人で。子供だって、あと、二人は欲しかったわ」


 親子三人で、ゆっくりしたいとティアンサは思っていたけれど、リディアの居場所は大神殿奥の、レスト神官家にはないのだという。

 大神殿は破壊されて、その後瓦礫がロクサスやシエルの魔法で撤去され、生き埋めになっていた神官たちがルシアンを中心として、無事だった神官たちにも協力して、救助にあたった。

 その後、レイルによって、壊れた町の大部分が修復された。

 何事もなかったように戻したい。それは、ファミーヌを許した、リディアのためだと、レイルは言っていた。


 赤子だったリディアは成長し、そのそばには、頼もしい騎士たちがいる。

 フェルドゥールと共に無事だったレスト神官家に戻ってきたティアンサは、リビングルームのソファに座って、美味しい紅茶と、紅茶のシフォンケーキを食べている。

 どちらもティアンサの好物で、フェルドゥールが使用人に命じて用意してくれたものだ。


 紅茶のシフォンケーキを一口食べたら、紅茶の芳醇な香りが鼻を抜けて、ティアンサは涙ぐんだ。

 十八年前、ファミーヌに襲われた時はもう駄目だと最期を悟ったのに、こうして生きていられることが、嬉しい。


「私は……君がいない間、償いきれないほどの罪を犯した。大切なリディアを虐げて……傷つけた」


「それは私の責任でもあるのよ、フェル様。私は、マクベスの予言を、あなたに伝えなかった。全部、自分一人で……どうにかしなきゃって、思って。……誰が、リディアに酷いことをするのかわからなかったから、あの時、あなたや、ゼーレ様にも相談していれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」


「いや、君の判断は正しかった。私はリディアの力を知らなかった。知らなかった故に、結果的に、私の心が魔女の娘の支配を受けても、リディアの秘密を暴くことはできなかったのだから」


「フェル様……」


「君は若く、私もまだ、若い。若いつもりだ。……ゼーレは、もう年だなどと耄碌したことを言っているがな。ティアンサ、今から君と、リディアとの時間を取り戻そう。これからの時間の方が、失われた時間よりもずっと長いのだから」


「……はい、フェル様。……変わらないわね、私の旦那様。私の気持ちも、変わらない。十八年前と同じか、それ以上に、あなたが好き」


「……ありがとう、ティアンサ。罪深い私だが、君のその言葉だけで、救われる」


 ティアンサの隣には、フェルドゥールが座っている。

 そっと体を引き寄せられて、ティアンサは細身に見えるけれど自分よりもずっと広い背中に腕を回した。


「リディアの周りには、随分と素敵な男性がいたわ、フェル様。誰がリディアの、旦那様なの?」


 ティアンサは、リディアが開いたという店に帰っていくリディアの様子を思い出す。

 見目麗しい男性たちに囲まれていたけれど、誰が婚約者なのか、それとも旦那様なのか、さっぱりわからなかった。


「それが……! 大問題なんだ、ティアンサ……!」


 先ほどまで穏やかに話をしていたフェルドゥールの声に、力がこもった。


「元々、リディアは王太子殿下ステファン様の婚約者だったのだが、色々あって今は、もう、婚約者ではなくなってしまってな」


「まぁ……」


「今は、シエル君……ウィスティリア辺境伯家の血筋で、セイントワイスの筆頭魔導士を務める優秀な男なのだが、……それからルシアン君……レオンズロアの騎士団長で、女性に人気がある、優しいからだろうな……そして、ジラール公爵家の兄弟が、そばにいる」


「あら……ジラール公爵といえば、あなたとはあまり仲が良くなかったわね」


「ジラール公爵、マルクスは、ゼーレに心酔していたからな。嫉妬だ」


「男同士でも嫉妬をするのね」


「女同士でも、友人の取り合いなどで嫉妬をするだろう?」


「それは確かに、そうかもしれないわね」


 ティアンサは、フェルドゥールの説明に、男性たちの顔を思い浮かべた。


「リディアは誰が好きなのかしら……」


「わからないが、リディアとお付き合いをしたいというのなら、私の許可を得てからだ」


「そういう、父というのは、娘に嫌われるものよ。私もあなたと結婚をしたいと言ったら、お父様が散々、駄々をこねたもの」


 どの男性も、リディアのことを大切にしてくれそうだなと、ティアンサは思う。

 リディアの成長は見ることができなかったけれど、リディアが子供を産んだら、孫の成長はじっくり、それはもうじっくり、見ることができる。


「……そういえば、私のことは、エルガルドのお兄様やお父様には、どのように伝わっているのかしら」


「病死と。……魔女の娘に支配されていた時に、私が連絡をしているはずだ」


「それは大変だわ。きっと悲しんだでしょう。皆、私に優しかったから。……無事だったこと、私が生きていること、伝えてさしあげないと」


「あぁ。エルガルドには、謝罪に行かないといけない。君を必ず守ると約束をして、エルガルドから君を貰ったのだから」


「それじゃあ、お手紙を書きましょう。リディアも一度、エルガルドに連れていってあげたいわ。私の生まれた国だもの」


「そうだな……」


「リディアの旦那様になる方も一緒に」


「それは駄目だ。まだ誰がリディアの夫になるかなど、決まっていないのだから……! 優しくて、リディアのことを第一に考えて、強くて、財力もあって、リディアを一生困らせないような、男が良い。それは誰だ……? 誰が良いと思う、ティアンサ」


 リディアのことになると、フェルドゥールは必死だ。

 ティアンサは、フェルドゥールの腕の中で、くすくす笑った。


「それは、私にはわからないけれど……皆、素敵な方たちに見えたもの」


「だが、レスト神官家を継いでもらわなくてはいけないのだしな、これは重要なことだ」


「……ねぇ、フェルドゥール、私はまだ若いのよ」


「そうだな」


「後二人ぐらいは、子供が作れるのではないかしら」


 三人ぐらい、子供が欲しい。

 可愛い子供たちに囲まれて、素敵な家族を築きたい。

 それはティアンサの、ささやかな夢だった。

 そういえばと思って提案すると、明らかにフェルドゥールは「そ、それは、そうだが……!」と、狼狽えた。

 美しい顔が崩れるのが面白くて、ティアンサは「冗談よ」と言って笑いながら、夫をぎゅっと抱きしめて、十八年ぶりの平穏と幸せを全身で味わった。




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