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ゆっくり快適バスタイム




 休日の午後、まだお日様が明るく世界を照らしている時間帯からバスタブにお湯をためてお風呂に入るとか、すごく贅沢だ。

 水魔石と炎魔石を良い感じに組み合わせてくれているお風呂の蛇口をひねると、すごく適温でお湯が出る。

 薄桃色のとろりとした液体の入った透明な瓶の蓋を開けて、じゃばじゃばと蛇口から溢れ出るお湯に向かって瓶の中身を注ぐ。


 透明な瓶からとろとろとこぼれ落ちる液体がバスタブに広がっていって、モコモコと泡が立ってくる。


「あわぶろ……!」


 私はもこもこの泡が立っているバスタブを見つめながら、にこにこした。

 泡が立つと同時に、良い香りも浴槽の中に広がる。

 入浴剤の瓶のラベルには、ブリリアントローズの香りと書かれていたので、これはブリリアントローズの香りなのだろう。


「ぶりりあんと」


「ブリリアントとは、なんだ、リディア」


「私にも良く分かりません」


「何故風呂が泡まみれなのだ。掃除か?」


「違いますよ、お父さん。これは泡風呂です。お風呂に入りながら、体も洗えちゃうという、魔法のお風呂なのです」


「泡風呂?」


「はい。だいぶ前に、マーガレットさんに、たまには良い香りのお風呂にでも入って、めそめそ泣いたりぐちぐち文句言ったりするのをやめなさいって言われて、プレゼントしてもらったのですね」


「めそめそ、ぐちぐち」


「かぼちゃぷりん……」


「タルトタタン……」


 私の横に並んでいるお父さんとエーリスちゃんとファミーヌさんが、私に同情してくれている。


「もう大丈夫なんですけど。でも、マーガレットさん、いつも心配してくれて。良い香りのするお風呂に入って、その、なんていったかな……女子力を、磨けって言われたんです」


「女子力?」


「かぼちゃ」


「タルトタタン」


 お父さんとエーリスちゃんは不思議そうに首を傾げたけれど、ファミーヌさんだけは深々と頷いている。

 ファミーヌさんは女子力が高そうだものね。美女だったときは、泡風呂にもよく入っていたのだろう。


「女子力、足りないですか、私……」


「タルト」


 ファミーヌさんは、バスタブの白い側面を、小さな前足でペシペシ叩いた。

 泡風呂に入れば女子力が磨かれるのだと、教えてくれてるみたいだ。


「今日は特別な泡風呂の日なので、みんなで入りましょう」


「リディア、私は良い」


「お父さん、毛並みが汚れています。ちゃんと入らないとダメですよ」


「生物学的には雄だ。君のお父さんではあるが、十八歳の娘と一緒に入浴するのは問題がある」


「犬なのに?」


「犬ではない。君たちの入浴が終わり次第、一人で入るので心配せずとも良い」


 お父さんはそう言うと、浴室から出ていった。

 後で入ってくれるのなら良いかと思い、私はエーリスちゃんとファミーヌさんを掴もうとして、逃げられた。


「二人とも、お風呂……!」


 脱兎の如く浴室から逃げ出した二人は、脱衣所の扉の影から顔を出して、私の方を伺っている。


「エーリスちゃん、昨日気持ちよさそうだったじゃないですか」


「ぷりん」


「ファミーヌさん、女子力高いんですから、お風呂、慣れてますよね、お風呂」


「タタン……」


 エーリスちゃんがしょっぱい顔で、ファミーヌさんが前足で顔を毛繕いしながら、それぞれ否定してくる。


「お風呂、気持ち良いのに、どうしてみんなお風呂嫌いなんですか……もしかしてエーリスちゃん、昨日無理やりお風呂に入れたの、怒ってます?」


「かぼちゃ」


「怒ってる……ファミーヌさんも、猫だから、お湯が嫌いとかですか……?」


「タルト」


「せっかくの泡風呂なのに……」


 あわあわもこもこになるエーリスちゃんとファミーヌちゃんが見たかったのに。

 私は仕方なく、一人でお風呂に入った。

 もこもこの泡に体を沈めて、泡でシャボン玉などを作って飛ばしていると、脱衣所の扉の影から私をじいいっと見てるエーリスちゃんとファミーヌさんが、驚いたように耳や羽をぱたぱたさせた。

 しばらく遊んでいると、少しづつ二人が近づいてくる。


「……えい」


 ゆっくりとバスタブの縁までやってきた二人を私は鷲掴みにして、泡の中に入れた。

 大慌てで一生懸命私にしがみついてくるファミーヌさんと、泡の中でばしゃばしゃして、泡を更に泡立てているエーリスちゃんを、私は一度お風呂から出した。


「深いから怖いのかな……」


 今度は洗面器にお湯と泡をすくって、洗い場に置いてみる。

 エーリスちゃんは洗面器の中に入ると、ばしゃばしゃしはじめる。

 ファミーヌさんは何か言いたげに、洗面器の縁をペシペシと叩いた。


「もしかして、洗面器の形が気に入らないとか、そういう感じなのかしら……」


「タルトタタン」


 もう一度、ぴょんと、バスタブの縁に飛び乗ってくるファミーヌさんの無言の圧力のようなものを感じる。

 抱っこしろと、言われているような気がした。

 抱き上げてお風呂に入れると、今度はあわてた様子もなく、気持ちよさそうに目を細めながら、泡でもこもこ体を洗わせてくれる。

 エーリスちゃんよりもファミーヌさんはちょっと気難しいわね。

 でも、もしかして、ちゃんと両手で抱っこしろとか、そういう感じだったのかもしれない。

 洗面器の中でばしゃばしゃしているエーリスちゃんが、たくさんのシャボン玉を浴室内に飛ばした。


「かぼちゃぷりん!」


 すごく得意げに、羽をぱたぱたさせている。

 泡に包まれたエーリスちゃんは、生クリームまみれになったお餅に見えた。

 たっぷりお風呂場で遊んだ私たちは、すっきり爽やか爽快になって、お風呂から出た。

 エーリスちゃんの毛並みも、ファミーヌさんの毛並みも、艶々輝いている。

 やっぱりお風呂は大切よね。

 ふわふわ艶々になるのだもの。

 これでシエル様に乾かしてもらったら、もっとふわふわ艶々になるに違いない。

 今度、シエル様が休日の時に、お願いしてみよう。


「お父さん、お風呂出ましたよ。入ってきてくださいな」


「了解した」


「一人で大丈夫ですか?」


「問題ない」


 私たちがお風呂から出ると、お父さんがお風呂に入っていった。

 大丈夫なのかしら、犬なのに。

 心配だわ。


「とりあえず、日のあたるお部屋で体を乾かしましょうか」


 私はエーリスちゃんとファミーヌさんを連れて、二階にあるリビングルームに向かった。

 大衆食堂ロベリアの居住空間は、二階にある。

 いつもは寝るだけなので、ベッドルームぐらいしか使っていないのだけれど、一応リビングルームもある。

 リビングルームには、ソファが二つと、暖炉と、テーブルがあって、暖炉は火を入れたことがない。

 薪の暖炉よりも、炎魔石のストーブの方が安全だから、最近は薪の暖炉も少なくなっている。


 リビングルームには、昼過ぎの暖かい光が入り込んで、窓の形をした陽だまりができている。

 そこにふかふかのタオルを置いてあげると、エーリスちゃんとファミーヌさんはタオルの上で丸まってすやすや眠りはじめた。

 私はソファに座って、髪をタオルでふきながら、しばらくぼんやりしていた。


 いろいろなことがありすぎて、頭が追いついていかない。

 本当はもっとやらなきゃいけないことがある気がするのだけれど、今日ぐらいは何も考えなくて良いかと、目を伏せる。


「ん……?」


 お風呂場から、何かが倒れるような音が聞こえた気がした。

 お父さんが転んだのかもしれない。

 小さな犬だし、お風呂は深いし。

 溺れていたらどうしよう。

 私は慌てて、浴室へと向かった。


「お父さん、大丈夫ですか……!?」


 浴室の扉を開くと、中を覗き込む。

 そこにいたのは──癖のある長い黒髪と、神秘的な菫色の瞳をした、美しい成人男性だった。



お読みくださりありがとうございました!

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