サーモンシチュー殺人事件再び
エーリスちゃんが、私の胸の上ですぴすぴ気持ちよさそうに眠っている。
枕の横ではアルジュナお父さんが、丸くなってすやすや眠っている。
なにかしらの動物たちに囲まれた私は、冬の寒さにも負けずに目を覚ました。
エーリスちゃんもお父さんも暖かい。
今年の冬は――はじめて迎えるロベリアでの冬は、ほかほかで乗り越えられそう。
「ん……」
私はすぴすぴ眠っているエーリスちゃんを両手で掴んで、頬ずりをした。
ぷにぷにぽよんぽよんで、気持ち良い。
エーリスちゃんに頬ずりをして至福の時間を味わっていると、不意に、ぺしっと、私の手からエーリスちゃんが弾かれた。
「……えーりすちゃん……っ」
ぺしっと弾かれたエーリスちゃんが、ぽよぽよとベッドの上を転がる。
一体誰が、酷いことを――と思って、ぼんやりしている頭を押さえながら視線を巡らせると、私の胸の上に、猫ちゃんがいた。
「ね、猫ちゃん……っ」
子猫ぐらいの大きさの猫ちゃんだけれど、エーリスちゃんよりは少し重い。ずっしりしている。
キラキラ輝く毛並みの、毛足の長い金色の猫ちゃんだ。ふわふわの足が、六本ある。
六本あるけど、可愛い猫ちゃんであることには変わりない。
猫ちゃんは大きな赤い瞳で、じっと私を見ている。
「…………タルト、タタン」
猫ちゃんは、どことなく艶のある気怠げな声でそう言うと、ふいっと顔を背けた。
「ファミーヌさん……!」
私は小さな猫ちゃんのファミーヌさんを抱き上げる。
ファミーヌさんはふいっと顔を背けたまま、尻尾をぱたぱたと揺らした。
「エーリスちゃん、ファミーヌさんですよ、エーリスちゃん!」
「かぼちゃ……!」
ぺしっとされたエーリスちゃんは、ぱたぱたと羽を羽ばたかせながら、ファミーヌさんの前にやってくる。
ファミーヌさんは尻尾で、エーリスちゃんをぱしっと叩いた。
「かぼちゃぷりん……!」
「……タルトタタン」
ファミーヌさんは流し目で叩かれて転がるエーリスちゃんを見て、それから私の手からぴょん、と降りると、ベッドの上で伸びをして、足下の方で丸くなった。
思わずあがめ奉りたくなるほど気品のある猫ちゃんの姿だ。
「懐かれたな、リディア。……全く、あれほどの非道を働いておきながら、素知らぬ顔でリディアの傍に侍ろうとするとはな」
騒ぎに気づいて目を覚ましたアルジュナお父さんが呆れたように、首を振る。
確かに、エーリスちゃんもファミーヌさんも、酷いことをしたけれど。
それは全部二人が悪いってわけじゃなくて。
「お父さん、エーリスちゃんは……人間から悪意を学んで、ファミーヌさんは、人間の悪意に晒されたのです。……元はといえば、私たち人間が悪い……ような気もします」
「だからといって、やって良いことと悪いことがある」
「……でも、もう、良い子なんですよ。エーリスちゃんは良い子。ファミーヌさんも可愛い猫ちゃんです」
「私も、可愛いぞ」
「お父さんも可愛いわんちゃんですけど」
ぺしっとされて涙目になっているエーリスちゃんを、私は両手で掴んで、胸元に押し込んだ。
エーリスちゃんは安堵したように「かぼちゃ」と呟いた。
それを横目で見ていたファミーヌさんが、ぱしりと尻尾でベッドを叩いた。
もしかして、ファミーヌさんも胸元に入りたいのかしら。
入れるかな、大きさ的に、ちょっと大変そう。
「ファミーヌさん、抱っこします?」
「タルトタタン」
ファミーヌさんは、ふいっと顔を背けたあとに、伸ばした私の手に軽く額を擦り付けた。
それから、軽やかに私の腕をのぼって、肩の上に乗っかる。
収まりが良い。
嬉しそうに体をゆらゆらさせるエーリスちゃんを、ついでみたいに、私の肩から手を伸ばして、ぺしぺしと叩いた。
「ファミーヌさん、エーリスちゃんと仲良くしてください、姉妹なんですから」
「かぼちゃ!」
「タルトタタン……」
「不満そうにしないんですよ、ファミーヌさん」
「リディア。……私が一番可愛いのでは?」
ファミーヌさんも不満そうだけれど、アルジュナお父さんも不満そうだ。
可愛さでいったら、皆可愛い。エーリスちゃんにはエーリスちゃんの、ファミーヌさんにはファミーヌさんの、お父さんにはお父さんの良さがある。
「お父さんは可愛いですけど、声が低いので……」
「私も可愛い声で、特徴的な鳴き声を出すようにすれば良いのか? 例えば、てばさき……すなぎも……ハツ、ボンジリ、カシラ……などと」
「焼き鳥食べたいんですか、お父さん」
「酒を飲もうとしたら、駄目だと言われたので、我慢していたが、焼き鳥と酒を所望する」
「お父さんは犬だから駄目です」
「犬ではない」
私はエーリスちゃんとファミーヌさんを体にへばりつかせて、ベッドから降りた。
昨日――私は、ブランデーケーキを食べて、アルコールに酔ってしまって、寝てしまったのよね。
皆、もう帰ってしまったのかしら。
途中で寝てしまうとか、申し訳ない。
一階に向かうと、良い香りがした。
「おはよう、リディア」
ルシアンさんが、昨日夜更かししたとは思えないぐらいに爽やかな笑顔で挨拶をしてくれる。
調理台の上の花瓶にはお花が飾られていて、可愛いクロスの上には、どっさりパンが置かれている。
コンロの上に、お鍋があって、野菜スープが煮込まれている。
もう一つのコンロの上にあるフライパンでは、ソーセージと目玉焼きがじゅわじゅわ焼かれている。
美味しそうな良い香りがする。
「ルシアンさん、お早うございます」
「良い朝だな、リディア。よく眠れたか?」
「はい。ルシアンさん、ファミーヌさんです」
私は肩の上の猫ちゃんを紹介した。
ルシアンさんは特に驚いた様子も無く「エーリスがリディアに懐いたのだから、ファミーヌも懐くのだろうな」と言った。
それから私の頭を軽く撫でる。
ルシアンさんには妹さんがいた。うまれることはできなかったけれど。
だから、私を妹みたいに思ってくれているのかもしれない。
「猫ですね」
私の背後から、涼しげな声がする。
肩に乗ったファミーヌさんをすっと持ち上げて、シエル様がファミーヌさんを確認するようにして、覗きこんだ。
「タルトタタン……」
ファミーヌさんがとても嫌そうに、目を細める。
シエル様の手から体をよじって逃げると、光の差し込んでいる出窓にぴょんと飛び乗って、丸くなって、ぱたりと尻尾を揺らした。
アルジュナお父さんはルシアンさんの足下まで行くと「肉の匂いがする」と言った。
ルシアンさんは片手で軽々と小さな犬を抱えて、ソーセージを見せてあげている。
「シエル様、おはようございます」
「おはようございます、リディアさん。ファミーヌもあなたの元に現れたのですね」
「かぼちゃぷりん」
「良かったですね、エーリスさん。ファミーヌが消えてしまって、寂しそうでしたからね」
「かぼちゃぷりん」
エーリスちゃんは二回ぐらいファミーヌさんにぺしぺしされているけれど、嬉しそうだ。
それにしても――朝まで、皆でお酒を飲んでいたのかしら。
お酒の瓶は綺麗に片付けられているけれど。
「ルシアンさんもシエル様も、寝ていないんですか?」
「少しは寝たよ」
「多少は寝ましたが、ちょうど市場が開く時間になったので、買い出しに行ってきました。あなたはしばらく料理を作ることができませんから、不自由しないように」
「ありがとうございます、気を遣わせてしまって……」
「好きでやっているのだから、気にしなくて良い」
「あなたの役に立てて、嬉しいです」
「ステファン様たちは……?」
私が首を傾げると、シエル様とルシアンさんは顔を見合わせた。
それから、そっと食堂のテーブル席に視線を向ける。
テーブル席とカウンター席が並んでいる間の床に、ロクサス様とステファン様が倒れている。
「……し、死んでる……?」
「そう。やはり、サーモンシチュー殺人事件が起こってしまったんだ。犯人は、ロクサス」
テーブル席の一つに優雅に足を組んで座って、珈琲を飲みながら、レイル様が厳かに言った。
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