はじめての夜更かし
サーモンシチューを食べ終わって、食器を洗ったり、片付けをしたりしてくれる皆の姿を、私は眺めていた。
皆といっても、お皿洗いに目覚めたらしいステファン様と、レイル様が二人で頑張っている。
レイル様とロクサス様はステファン様に気やすいのだけれど、これは年齢が近くて、ジラール家と王家は昔から交流があったので、幼い頃からの知り合いだかららしい。
といっても、レイル様のご病気や、ステファン様の変化、ロクサス様とフランソワの婚約などで、その関係も崩れてしまったみたいだけれど。
「つまり、幼馴染ということなんですね」
「あぁ、そうだ。わかりやすくいうと、幼馴染だな。リディア、そろそろ眠いのではないか?」
「まだ大丈夫です、ご飯を食べて、元気になりました」
「それなら良いが」
椅子に座って、膝掛けをかけてもらって、食器の片付けを眺めているとか。
すごく、贅沢。
料理禁止令のあと片付け禁止令も出されたロクサス様が、私の隣に座って、膝にアルジュナお父さんを抱えている。
エーリスちゃんはロクサス様が隣に来ると、しょっぱい顔をして、私の胸の間にもぞもぞと体を埋めて、それから存在感を無くした。
どこに行ったのかよくわからないのだけれど、私の中に入っているような感じがする。
違和感も痛みもないけれど、やっぱり少し不思議だ。
「エーリスちゃんは、ロクサス様が苦手みたいですね」
「何故だ」
「やっぱり第一印象が悪かったんじゃ……」
私はエーリスちゃんを確認するために、寝衣の胸元を引っ張って、胸の間を覗き込んだ。
エーリスちゃんはやっぱりいない。今はもう出てきたい気分じゃないのかもしれない。
エーリスちゃんも色々あったし、頑張っていたものね。
妹さんのファミーヌが消えてしまって、もしかしたらすごく、悲しいのかもしれない。
「リディア。お前はもう少し防御力の高い服を着た方が良い」
「防御力……?」
「無防備すぎるだろう。こう、首まで隠れる服にしろ」
「首まで隠れる服だと、エーリスちゃんが私の胸元に入り込めないので」
「胸元に入り込ませるな」
「おさまりが良いですし、エーリスちゃん、ここが好きなので。じゃあ今度、首までちゃんと隠れて、胸元だけ開いている服を探してみます」
そんな服あるのかしら。防御力と言われるとよくわからないけれど。
私の提案に、ロクサス様が口元を押さえて俯いて、肩を振るわせた。
「姫君、それはロクサスには殺傷能力が高すぎるのでは……」
食器を片付けてくれているレイル様が、通りすがりざまに悲しそうに言った。
防御力の高い服は、殺傷能力も高い。
お洋服とは奥深いわね。私、今まで黒い服ばっかり着ていたから、オシャレは初心者なのよね。
今度、マーガレットさんと一緒にお洋服屋さんに行ってみよう。マーガレットさん、オシャレだし。
「リディアさん、ハニーミルクラテですよ、飲みますか?」
お鍋でミルクを沸かしていたシエル様が、飲み物を持ってきてくれる。
料理はできないけれど、飲み物を淹れるのは割と得意だと、シエル様は言っていた。
茶葉を入れたり、お湯を沸かしたり、お湯で煮出したりする手順が、魔物などの研究をするときとちょっと似ているらしい。
「はい、ありがとうございます。……なんだか、不思議です。いつも、作る側だったから、こうして色々、おもてなししてもらうの、少し恥ずかしいですけれど、嬉しいですね」
「僕たちは、いつもリディアさんに甘えていましたね。……反省をしなければ」
「反省、しなくて良いです。しばらくはちょっとだけ、ロベリアはお休みですけれど、お店を開いたらまたご飯、食べにきてくださいね」
私の前の調理台に、シエル様がカップを置いてくれる。
シエル様を見上げると、さらりと頬を撫でられた。
頬を撫でたしなやかな指先が、首筋に触れる。
なんとなくそわそわしてしまって、私は目を伏せた。
「…………そうですね。底をついた魔力を回復させるには、多少の日数がかかります。せめて一週間はゆっくり休んでください。その間は、僕が毎日体の状態を確認しにきます」
「ありがとうございます、シエル様。忙しいのに、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
「いえ。あなたに無理をさせてしまった。せめてもの、償いです。ついでに夕食を何か、買ってきますね」
「ええと、はい……ありがとうございます。それなら、一緒に食べましょう、シエル様」
シエル様、優しい。
そっと私の首から手を離して微笑んでくれるシエル様を、私もにっこりと見上げた。
「シエル。……どういうことだ……」
いつの間にか、お皿洗いを終えたステファン様が、私たちの正面に立っている。
また怒っているわね、ステファン様。
昔も、優しかったけれど、結構怒っているような印象だった。今度は何に怒っているのかしら。
私の隣で、ロクサス様も腕を組んで、ステファン様に同調するように頷いている。
「どう考えてもおかしいだろう、シエル。今の可愛いリディアに、何故お前はときめかない……! ロクサスのように、激しく動揺しろ。リディアの可憐さにひれ伏せ……」
「ステファン様、落ち着いて」
「俺は落ち着いているぞ、リディア。もう少し危機感を持たないといけない。君は十八歳の魅力的な女性なのだから、こんな……治安の悪い街で、良い年をした独身男性に囲まれているなんて、俺が目を離した間に、なんてことだ……心配で、夜も眠れない……」
まだ目覚めたばかりで、ステファン様は混乱しているのかもしれない。
一体何を言っているのかしら。
「──ただいま、酒を買ってきた……って、もう酔っているんですか、殿下」
「俺は酔っていないぞ、ルシアン」
「ルシアン、買ってきた? 今夜を乗り越えることができるぐらいの量の酒を」
「買ってきましたよ。馴染みの酒場がまだ開いていて良かった。レイル様の飲みたがっていた、果実酒もありますよ」
良いタイミングでルシアンさんが帰ってきてくれたので、私はほっと胸を撫で下ろした。
早く休むようにってみんなに言われたけれど、丸一日眠っていたせいで、私はまだ眠くない。
それに、色々あったけれど、今日はいつもの日常に戻ることができたお祝いだから。
せっかくだから夜更かししようって提案すると、それならお酒が飲みたいってレイル様が言って、ルシアンさんが買いに行ってくれた。
「酒と、あと、色々買ってきた。タコの唐揚げなどだな」
「この時間に食べるタコの唐揚げは背徳的だね、とても良いよ」
レイル様がルシアンさんの持ってきた紙袋をごそごそ漁りながら言う。
「リディアは酒が飲めないだろう。そのかわりにブランデーケーキを買ってきたが、食べるか」
「食べます……! わぁ、嬉しい。ルシアンさん、好き」
「あぁ。私も好きだよ、リディア」
「ルシアン、その好きと、リディアの好きは違うからな……リディアの好きは、幼子がいうそれと同じだ」
「わかっていますよ、殿下。これからだと、心得ています」
「……リディアにお付き合いを申し込む場合、俺の屍を超えていく必要がある」
「殿下、酔ってる?」
「殿下、落ち着け。この二人はいつも、こんな感じだ。そのうち慣れる」
今にもルシアンさんに決闘を挑みそうなステファン様を、レイル様とロクサス様が嗜めてくれる。
私の前に、シエル様がお皿を準備してくれて、ブランデーケーキが置かれた。
なんともいえない良い香りに、夜ふかしをしてケーキを食べるはじめてのどきどきするような高揚感に、口元が綻ぶ。
「かぼちゃ……」
「エーリスちゃんは、小さいから、駄目ですよ。お酒が入っています」
「酒。あるのか。のむ」
「お父さんは犬だから、お酒は飲んではいけません」
「犬ではない」
私は私の胸の間から顔を出したエーリスちゃんを撫でて、アルジュナお父さんを嗜めた。
グラスに注がれたお酒をみんなで手にして、私はハニーミルクラテの入ったマグカップを持って、乾杯をする。
夜は、まだ、長そう。
明日はお休み。ゆっくりしよう。
しばらくほのぼの回が続きます。まったり読んでくださると嬉しいです。