あったかサーモンシチューとステファン様の異議
白いワンピースを着て、その下にふわふわレースのドロワーズを履いた。
まんまる羊の毛で編んである靴下兼ルームシューズを履いて、肩には赤いショールをかける。
タオルで拭いたエーリスちゃんにも、小さなショールをかけてあげる。
私とおそろいの赤いショールを肩――丸いから肩はよくわからないけれど、首付近にくるりと巻いたエーリスちゃんは、嬉しそうに「かぼちゃ!」と言った。
エーリスちゃんの小物は、リーヴィスさんとセイントワイスの幾人かで結成されている『セイントワイス手芸部』の作品である。
ショールや帽子、マフラーなど、最近着々と増えていっている。
髪がまだ湿っているので、私は髪にタオルを巻いたまま一階に降りる。
エーリスちゃんは私の肩の上に乗っている。
一階から聞こえる声は、なんだか騒がしい。
とんとんと、階段を降りて一階に向かうと、調理場からは良い香りが漂っていた。
「姫君、おかえり。お風呂に入ってきた? 良い香りがするね、エーリスも」
レイル様が私の元にやってきて、ふにふに真っ白になったエーリスちゃんをつつく。
エーリスちゃんは得意気に体をふるふるさせながら「かぼちゃぷりん!」と言って、羽をぱたぱたさせた。
「リディア……っ、そ、その、その服は……」
調理場の椅子でアルジュナお父さんを膝に抱えて座っていたロクサス様が、がたがた音を立てながら立ち上がった。
アルジュナお父さんが床にべしゃりと落ちる。
完全に眠っていたらしいアルジュナお父さんは、床の上で嫌そうにふるふる体を震わせた。
「服……?」
「い、いや、なんでもない」
なんでもある。
なんでもない反応じゃないのよ。
服、どこかおかしかったかしら。
私は自分の格好を確認した。以前は黒い服ばかり着ていたけれど、最近は可愛いものや綺麗なものを身につけるようになった。
可愛いものや綺麗なものは好きだし、身につけると気持ちが華やかになることに気づいたからだ。
でも、似合わないかしら。
「ロクサス、風呂上がりの女性を前にテンションがおかしくなって許されるのは、十五歳までだと思うよ、お兄様は」
「違う、兄上、そういうわけでは」
ロクサス様はこほんこほんと咳払いしながら、床の上に落ちても尚眠っているアルジュナお父さんを拾い上げて、大人しく椅子に戻った。
「リディアさん、髪が濡れてますね。乾かしましょう」
「待て、シエル、話はまだ終わっていない」
「殿下、少し待っていて下さい」
ステファン様が厳しめの声でシエル様を咎める。
どうしたのかしらと思って私が近づいていくと、シエル様は私の頭に軽く触れた。
ふわりとした風が髪をくるむように包み、濡れた髪が一気に乾く。
たぶん魔法の力で乾いた髪は、しっとり艶やかさらさらになっている。
まだ少し湿っているエーリスちゃんも、シエル様の魔法によって乾かされて、体をぷるぷる艶々にしている。
「わぁ、ありがとうございます! 魔法、便利です。私にも魔力があるから、シエル様と同じことができると良いんですけど……」
しゃららんと輝く髪を撫でて、私はにこにこした。
女性の味方ね、シエル様。シエル様の髪がいつも艶やかで綺麗なのも、魔法で乾かしているからなのね、きっと。
「それは難しいんじゃないかな。シエルみたいに器用に威力調節して魔力を使える者は、滅多にいないよ。滅多にというか、シエルぐらいだろうね」
「そうなんですね……」
冒険者として活動していて、様々な魔導師の方を見ているだろうレイル様が言うからには、そうなのだろう。
「必要なら、いつでも呼んで下さい。僕の家はリディアさんの家から近いですから、毎日髪を乾かしに来ても良いですよ」
「シエル」
「はい」
「……若い女性の家に一人で訪れるというのはいかがなものか」
ステファン様が腕を組んで、シエル様に注意をした。
シエル様は「友人であれば問題ないかと」と言って、首を傾げる。
「シエル、ルシアン、ロクサス」
ステファン様は調理台の上を軽く叩く。
そこには大衆食堂ロベリアのメニュー表が置かれている。
どうしてメニュー表。
私はコンロの上におかれた大きなお鍋の前で、お鍋をかき混ぜているルシアンさんの隣に行った。
お鍋の中には、白いスープが入っている。
玉葱と、パセリときのこ。赤みがかった身は多分サーモン。
サーモンシチュー、美味しそう。
ルシアンさんを見上げると、ルシアンさんは優しく微笑んでくれる。顔が良いわね。
サーモンシチューを混ぜているだけで様になるルシアンさん。
私はルシアンさんを見上げて一瞬感心して、考え直した。
ルシアンさんがお料理をしているのは、聖騎士団の遠征や、仕事のひとつである炊き出しなどでお料理に慣れているから。
シエル様はお料理ができないと言っていたし、ロクサス様はアルジュナお父さんの寝床係になっているし、レイル様はエーリスちゃんを手のひらにのせてぽよぽよしたりして遊びはじめている。
ステファン様はお料理ができるとは思わないし。
だとしたらサーモンシチューをメインで作ったのはルシアンさん。
ルシアンさん、料理上手だ。
(それにしても、ステファン様はどうして怒っているのかしら)
そういえば、婚約者になったばかりの頃のステファン様も優しかったけれど結構怒っていたわよね。
「お前たち、これは一体どういうことだ。俺が傍にいることができない間に、リディアに一体何をしていたんだ、お前たちは」
「ステファン様、私、とくに何もされていませんよ……はじめましてのときは誘拐されましたけれど、それ以外は特に……」
「誘拐!?」
「落ち着いて下さい、ステファン様。その話はもう終わったのです」
「しかし、リディア。このメニュー表は一体……! 何故ソーセージにそれぞれの名前がついている」
「色々あって……」
メニュー表にあるのは、最近では結構定番になってきたルシアンさんとシエル様、ジラール家の名前がついたソーセージ。
レイル様だけは「私はあまり関係がないのだけれどね」と、エーリスちゃんをぽよぽよしている。
「皆さんの好みのサイズのソーセージに仕上げたら、そうなったのですけれど……」
どうして怒るのかしらと思いながらステファン様を見上げると、ステファン様は半眼でルシアンさんを睨めつけた。
「本当か、ルシアン」
「いや、それは、……なんというか、いつの間にかそうなっていたというか」
「シエル」
「自分という存在をかけてソーセージに代理して貰う戦いなのかと思いました」
「ロクサス」
「殿下……男には、負けられない戦いがある」
「お前たち、リディアが純粋で汚れを知らない天使だというのを良いことに、リディアになんてものを作らせるんだ」
ステファン様に皆さんが怒られている。
どうして。
ステファン様は精神操作がとけて、正気に戻ったはずで、正気のステファン様は優しいはずなのに、どうして怒るのかしら。
「駄目ですか、ソーセージ」
「ソーセージが駄目という訳ではない。……リディア、そう、泣きそうな顔をしないでくれ。可愛い、五年ぶりのリディアが可愛い……しかし、駄目だ。これからは普通のソーセージとして売るんだ」
「結構人気なんですけど……名前がついているとわかりやすいって」
「リディアは何も悪くない。お前たちは大人だろう、幼子をからかって遊ぶような真似はやめろ」
「ステファン様、ステファン様の中では私は十三歳ぐらいかもしれませんけれど、もう十八歳なのですよ……!」
私は幼子とかじゃない。
それにしても――。
「ソーセージはともかく、お腹がすきました、ルシアンさん。サーモンシチュー、美味しそうです」
「あぁ。できあがったよ。食べようか、リディア」
「はい!」
ルシアンさんが頭をよしよし撫でてくれるので、私は微笑んだ。
ステファン様も作って欲しいのかしら、ソーセージ。
私の親指ぐらいっていう悪口を覚えているのかしら。
そうだとしたら、申し訳ないわね。
ステファン様は納得いっていないようだったけれど、私たちは仲良くサーモンシチューを食べた。
エーリスちゃんがサーモンシチューのお皿に顔をつっこんで、せっかく綺麗にした体をシチュー塗れにしていた。
アルジュナお父さんはずっと丸くなって眠っていた。食べないのかしら。
犬だし。犬は何を食べるのかしら。ちゃんと考えてあげないといけないわね。
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