しゃっきりとろとろタルトタタン
私と、フランソワ、ステファン様とエーリスちゃんと、アルジュナお父さんは、ファミーヌを連れてシエル様の転移魔法で大衆食堂ロベリアに戻った。
フェルドゥールお父様やシエル様たちは、大神殿での後片付けと、娼館街の混乱の鎮圧のために大神殿に残ってくれた。
ファミーヌの体は、更に小さくなっているように見える。
先程まではおばあちゃんのような姿だったのだけれど、とうとう人のような姿を保つことができなくなっているのか、顔にはふわふわした黒い毛がはえてきているし、背中もまるまっている。
頭からは三角形の耳が飛び出している。
ロクサス様に時間を奪われて、エーリスちゃんみたいに元々の形に戻ってきているみたいだ。
調理場に持ってきた椅子に座らせると、その体は更に縮んだ。
金色の毛並みに黒いシマシマのある毛並みに覆われた腕や足、肉球と、爪。
つんと尖った鼻と、赤い瞳。
人と獣の中間のような姿になったファミーヌは、魂が抜けたようにぼんやりと虚ろな視線でどこかを見ている。
「お姉様、この魔物は、私のお母様を食べた。……どうして助けるの」
フランソワがファミーヌを睨み付けて、ステファン様が軽く首を振った。
「今は、害がないように見えるが、いつまた人に危害を及ぼすか、分からない」
「かぼちゃ」
エーリスちゃんがファミーヌの前で、体を小さくしている。黒い耳を、垂れている。
心配しているのか、それとも、他の感情なのか、よくわからない。
けれど、エーリスちゃんはファミーヌを助けて欲しいと願っていて――私も。
そうしなければ、いけない気がする。
「……必要なことだって、思うんです。ソワレ様も、ティアンサお母様も、ファミーヌの中にいるのだとしたら、……ファミーヌが消えてしまえば、お母様たちも消えてしまうということだから……」
「聖獣よ。良いのか」
「それがリディアの選択だとしたら、私は何も言わない。私はただ、傍に寄り添う者。私は人の世界には干渉しない。……ティアンサに請われ、リディアの力を封じたことは、特別、だった」
ステファン様に問われて、アルジュナはそう言うと、丸椅子の上で丸くなる。
「つまり、役立たず」
「口を慎め、フランソワ。長きにわたり私に行った非道、忘れたわけではないからな」
「どうでも良い。あれは、私じゃない。お姉様だけが、私を助けてくれた。お母様とお姉様だけが、私の味方」
「フランソワ、皆と仲良くしてほしいんですけれど……」
「お姉様、私もその、丸餅みたいなものと、同じように呼んで。もっと妹、みたいに。フランソワちゃんって呼んで」
「フランソワちゃん」
「はい!」
フランソワ改め、フランソワちゃんが、凄く嬉しそうににこにこしている。
妹、可愛い。
妹を可愛がっている場合じゃないわね。
「おばあちゃんが元気になるようなごはん……って思ったのですけれど、おばあちゃんじゃないですね。ファミーヌは、虎猫……? 虎だとしたらお肉、猫だとしたらお魚……でも、女性だとしたら、甘いもの……」
私はぶつぶつ言いながら、調理場の中をぐるりと見渡した。
魔力で召還されたロベリアではなく、本物のロベリアの調理場。
やっぱり、本物は良い。ごはんだって、てんむすの概念を食べるよりは、本物のてんむすを食べたいって思うものね。
「リディア、先程の鮭おにぎりとてんむす、美味しかった」
「私の為に作ってくれた、桃のシャーベットの方が美味しい」
「かぼちゃぷりん!」
鮭おにぎり、てんむす、桃のシャーベット、かぼちゃぷりん。
「海老フライも、素晴らしかった。……次はもっと、落ち着いた場で、君の料理を味わいたい」
「お姉様、私ももっと食べたい。桃が良い、お姉様」
「かぼちゃぷりん!」
海老フライ、桃、かぼちゃぷりん。
「ごめんなさい、ちょっとだけ静かにしていてくださいね」
私はステファン様の手を握り、フランソワの頭を撫でて、エーリスちゃんをつついた。
このままでは、鮭と海老と桃とかぼちゃのぷりんができあがってしまう。美味しくなさそう。
「あ、あぁ、リディア……わかった」
「はい、お姉様」
「かぼちゃ」
静かになったところであらためて調理場にストックしている材料を確認する。
今はロクサス様がいないから、煮込み時間を短くするとか、そういうことはできないし。
シエル様もいないから、絶妙な硬さで食材を凍らせて貰うとかもできないし。
ちゃんと時間をかけて料理を作りたいのは山々だけれど、娼館街で暴動を起こしている人たちが、ファミーヌの魔力の影響を受けているのだとしたら、あんまりのんびりとはしていられない。
「あった。林檎」
そういえばこの間、お客様から林檎を沢山貰ったんだった。
この時期になると山で林檎が沢山採れるからと、みんなにお裾分けしているらしい。
私は林檎の皮を剥いて、火が通りやすいように薄めに切っていく。
フライパンにお砂糖をたっぷりといれて、弱火にかける。
ふつふつして、飴色になってきたところで、バターをごろごろいれた。
「やっぱり甘いもの。女性には甘いもの。ちょうどパイ生地もありますし」
林檎を貰ったから、デザートにしようって思っていた。
お肉とお魚のストックがなかったから、とかじゃないのよ。
お砂糖で作ったカラメルのソースに、林檎を入れて弱火で煮込む。
その間に、作り置きしておいたパイ生地を氷魔石保管庫から取り出して、オーブンをあたためる。
深めのケーキ型にバターを塗って、とろっと煮えた林檎を綺麗に並べていく。
甘い香りが調理場に漂いはじめる。フランソワが私の隣で料理を作る様子をじっと眺めている。
ステファン様はファミーヌを見張ってくれているようだけれど、ファミーヌは抜け殻のようにぼんやりしたままだった。
「お姉様、林檎」
「林檎です」
「林檎、好き」
「フランソワちゃんは果物が好きなんですね」
「うん」
フランソワの時間はどれほど前から失われていたのだろう。
まるで、幼い子供みたいな話し方だ。
綺麗に並べた林檎の上にパイ生地をのせて、あたためたオーブンの中に入れる。
あとは、焼き上がりを待つだけ。
焼き上がりを待つ間に、私はお鍋にミルクを入れて、沸騰させる。
そこに紅茶の茶葉とシナモンスティックを入れて煮出して、シナモンミルクティーを作った。
ミルクティーをカップに注いでいると、林檎とパイ生地とバターの焼ける香ばしい香りが食堂に漂いはじめる。
(……私に、できることを、しなきゃ)
大神殿や娼館街は大丈夫なのかとか、お父様やシエル様たちは無事なのかとか。
気になることは沢山あるけれど――。
これはたぶん、必要なことなのだ。
心のどこかで、そうしなければいけないと、誰かが訴えているような気がする。
カップに入れたお茶を並べる頃には、オーブンの中でパイ生地がさくっと膨らんでいた。
私はケーキ型を慎重にオーブンから取り出した。
それから、大きめのお皿をあてて、ケーキ型を逆さにする。
すぽんとケーキ型から抜けた円形のケーキには、綺麗に敷き詰められた林檎が並んでいる。
「できました、甘くて酸っぱいタルトタタンです!」
「かぼちゃぷりん」
「たると、たたん……?」
フランソワが不思議そうにお料理名を繰り返した。
「はい。その昔、タタンさんという女性が、アップルパイを作ろうとして、林檎を煮詰めすぎてしまったんですね。なんとかしようと仕方なく上からパイ生地を被せて焼いてできあがった、うっかりアップルパイのことを、タルトタタンというんです」
「うっかりアップルパイ……その方が好き」
「うっかりアップルパイだと、あんまり美味しそうじゃないので、タルトタタンです」
私はできあがったタルトタタンを、ファミーヌの元へ持って行く。
それから一切れずつに切り分けて、お皿にわけると、フランソワやエーリスちゃん、ステファン様にも渡した。
私はフォークを手にして、すっかり虎人間のような姿になったファミーヌの口に、タルトタタンを一口押し込んだ。
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