怒りの限界油葱ご飯と鬼ヶ島ハンバーグ
ソーセージが茹で上がったところで、お湯から救出してボウルにうつす。
大きめサイズの現実的なソーセージは、ボウルの中でぷるぷるつやつや輝いている。
ソーセージを茹でたお湯に、玉ねぎの皮と玉ねぎのみじん切り、ひとまとめにして紐でくくってある香草の束を入れて、弱めの火力で煮込んでいく。
その間にもう一つのコンロにフライパンを置いて、豚の油の切れ端を小さく切ったものと、細かく刻んだ葱と椎茸とにんじんを炒めていく。
豚のお肉からたくさん油が出て、フライパンからじゅわじゅわ音がする。
そこにお酒とお醤油と、お砂糖を加えて、弱火で甘辛く煮ていく。
「これで、三品ね。最後にハンバーグを作りましょう」
残っていた豚肉のミンチに、玉ねぎのみじん切りを入れる。
それから乾燥したパンを粉々に削って入れて、卵と、調味料、ナツメグなどの香辛料を入れて、手で捏ねていく。
「私がハンバーグを捏ねている間に、ステファン様とフランソワはきっと、いちゃいちゃしているのだわ……悲しい……」
ボウルの中でミンチを捏ねる。
私の手の中で、ミンチがぐにぐにと捏ねられまぜられて、粘り気を帯びてくる。
「呪われてしまえ……ステファン様なんか、ちょっと顔が良いだけだもの、それからちょっと優しかった気もするけれど、でも、私のこと、好きだって言ってくれた時もあったのに……女の敵だわ。滅びろ、滅せよ……」
「つまり、そのミンチ肉のように、八つ裂きにしてやりたい、と」
「違います、違いますよ、シエル様が私の爽やかなお昼を血生臭くしてくる…」
くすんくすんと泣きながら、私は丸めたハンバーグのタネをパンパンとキャッチボールみたいに片手にぶつけながら、空気を抜いていく。
整形したハンバーグのタネを、お皿に並べていく。
手がお肉の油でベタベタになったので、目尻ににじんだ涙を拭くに拭けない。
困ったわね。
じゃあ泣くなという感じなのだけれど、私の情緒はここ半年ずっと不安定なので、こればっかりはどうにもならない。
「うう〜……涙で前が見えない……シエル様が怖いこと言うから……!」
「僕はてっきり、この肉のように、殿下やフランソワ様の内臓を爆ぜさせたいのかと」
「ひぇ……っ、怖い、シエル様、怖いです……ハンバーグ作っているときに言っていいことじゃないですよ、それ……」
「すみません。それなら僕にも協力できるかと思ったのですが。食事の礼として」
「どんなお礼ですか……! 一宿一飯のお礼に世界を滅ぼしてあげるね、みたいなこと言わないでくださいよ……!」
両手をべとベとにしながら、えぐえぐ泣く私の目尻を、シエル様がハンカチで拭いてくれる。
目を閉じて甘んじてそれを受け入れていた私は、瞼を薄く開いたときに飛び込んできたシエル様の暴力的なほど綺麗な顔に、ハッとして大きく目を見開いた。
「シエル様、離れてください……その、私、その、駄目なので、もう男性には騙されませんので……!」
「僕はあなたを騙しているつもりはないのですけれど」
わたわたしながら私はシエル様から離れて、フライパンの中でジュワジュワ音を立てている豚の油と葱と椎茸を煮込んだものを新しいボウルに移す。
フライパンとついでに両手を綺麗に洗ってから、洗ったフライパンをもう一度火にかけて、油を入れたあと、ハンバーグを置いた。
焼くのは、ひとつだけで良いわよね。
残りは蓋付の深皿に移して、冷蔵保管庫に入れる。
じゅうじゅう音を立てながら焼き目がついたハンバーグをひっくり返して、蓋をして、蒸し焼きにしていく。
「リディアさん。手際が良いですね。僕は料理はできませんが、次々に食材の形を変えるあなたの手は、まるで魔法のようです。……レスト神官家のお嬢さんが、どうして料理を?」
炊き上げているお米の様子を見ている私に、シエル様が話しかけてくる。
私は一瞬言葉に詰まった。
あんまりしたい話じゃないのだけれど。
だって、自分の恥を晒しているみたいになるし。
でも、まぁ良いかしら。いまさら守るべき自尊心なんて、私にはないもの。
「……レスト神官家にいた時、私、ご飯を作って貰えなかったのです」
「……どういうことです?」
「私、魔法が使えない落ちこぼれですから、お父様からは早々に見限られていたのです。フランソワは神祖テオバルト様の妻の、女神アレクサンドリア様の祝福を受けていましたし、お父様にもお母様にも使用人たちからも大事にされていて……私は、あの場所では、いないものとして扱われていました」
そう。私の姿は誰にも見えなかったみたいだ。
神官家に巣食う妖精さんみたいな存在だった私は、毎日誰にも相手をされないまま、手持ち無沙汰で家の中をうろうろしていた。
相手にはされなかったけれど、暴力を振るわれることもないし、いじめられるようなこともない。
ただ、空気みたいに、いなくて、見えなくて。それだけだった。
「そんなに不自由はなかったのですけれど、ご飯を食べられないのは困ります。食べられないことはなかったのですけれど、冷えた残り物を食べるのは悲しいですし、にんじんを齧ったり、玉ねぎを齧るのは、悲しいです。ちなみに、生の玉ねぎは辛いんです。一度で懲りました」
「そうなのですね……」
「はい。玉ねぎは辛いので、シエル様も気をつけてください」
「そうですね、気をつけます」
「……それで、それなら自分で料理をしようと思って、暇さえあればキッチンの片隅に座って、料理人を眺めていました。それで、料理人たちがいなくなると、自分でご飯を作るようになったのですね。最初は目玉焼きを作りました。おいしかったです」
焼けたハンバーグをお皿に移す。
ハンバーグの上から、トマトを煮詰めて作ったソースをかける。すごく赤い。
ハンバーグの端に、現実的なソーセージを一本置いた。ハンバーグは丸くて、ソーセージは長い。
並べるとちょっと可愛い気がした。
それから、炊き上がったお米を先ほど作っておいた豚の油の煮込みと混ぜて、器に盛り付ける。
味付けしたスープもお皿に移した。
「できました! 怒りの限界油葱ご飯と、鬼ヶ島ハンバーグ、ルシアンさんの現実的なソーセージ添え、それから普通の野菜スープです」
うん。今日もすごく美味しそう。
一人で食べる量じゃないけど、すごく美味しそう。
シエル様は並んだ料理をしげしげと眺めて、嬉しそうに微笑んだ。
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