かぼちゃ畑で捕まえて
毎年恒例のことらしいのだけれど、お化けかぼちゃ大会用のお化けかぼちゃ畑は、広くて開けた場所にある他の農地とは違う場所にある。
大会の会場から、木々に囲まれた小道を抜けたその先。
かぼちゃというのは蔓性の植物で、普通のかぼちゃの蔓でさえ太くて、その葉っぱも私の顔ぐらい大きい。
お化けかぼちゃは一つ一つが私の体と同じぐらいの大きさがあるので、当然だけれど、蔓も葉っぱも普通のかぼちゃ以上に大きい。
「すごい、お化けかぼちゃの森みたいですね……」
蔓や葉っぱがみっしりとはえていて、その中に大きな橙色のお化けかぼちゃがごろごろ転がっている。
お化けかぼちゃの元に辿り着くにも、蔓や葉っぱを乗り越えていかなければいけないから、一苦労だ。
「かぼちゃ……」
静かにしていたエーリスちゃんが、なんだかちょっと嫌そうな声を出した。
「エーリスちゃん、お化けかぼちゃは大きいですけれど、ちゃんと煮れば硬くないですし、味も普通のかぼちゃと同じなんですよ。ただ、料理が大変なので、食用よりも飾り付けに使われることが多いんですけど」
お化けかぼちゃが出回るのは、死者の祭りのこの時期ぐらい。
レスト神官家でもこの時期になると、お化けかぼちゃがお庭に転がっていた。
目と口がくり抜かれていて、私が小さな頃は誰もそれが何かを教えてくれなかったので、唐突に庭に怪物が現れたみたいで、なんだかちょっと不気味だった。
「この中の一つを、運べば良いのですね。転がしても良いし、どんな方法でも構わない」
「そうみたいですね。私、結構力があるのですよ。大きな蛸も背負って市場から持って帰ることができるぐらいですし、お化けかぼちゃも運べます」
私は片手をあげて、力こぶをつくった。
ちょっとだけできた気がする。ちょっとだけ。
「頼りにしていますよ。少し、奥まで行ってみましょうか。手前にある大きなものは、すでに他の参加者の方々が運んでいるようですから」
「はい!」
確かにシエル様の言うとおり、手前のめぼしいお化けかぼちゃは、屈強な参加者の方々が、蔓から外してごろごろと転がしていっている。
奥の方のお化けかぼちゃはあまり人気がないみたいだ。
転がして運ぶには、途中にある蔓や葉っぱが邪魔になって大変だから、畑の手前のものの方が運びやすいのだろう。
シエル様に手を引かれて、蔓や葉っぱを乗り越えて奥にすすむ。
奥に進むにつれて、蔓や葉っぱが絡まって、空を覆って、まるで洞窟みたいになっている。
蔓や葉っぱの隙間から光が差し込んで、橙色のお化けかぼちゃを艶々輝かせている。
「あんまり皆、畑の奥までは来ないみたいですね。誰もいなくなっちゃいましたね……」
かなり奥まで来たせいか、他の参加者の方々の姿が見えない。
そのかわり、まだ手つかずの大きなお化けかぼちゃが、ごろごろと沢山転がっている。
エーリスちゃんが嬉しそうに私の胸元から顔を出して、ぱたぱたと飛んで、お化けかぼちゃの上に乗った。
かぼちゃの上に乗って、ぴょんぴょん跳ねている。楽しそう。
「エーリスちゃん、はぐれないように、あんまり遠くに行かないでね……!」
跳ねながら更に奥に進んでいくエーリスちゃんを追いかけようとして、少し慌てたせいか、私は足下の蔓につまずいた。
べしゃりと転びそうになる私の手を、シエル様が引いた。
「リディアさん、気をつけて」
「あ、……わ、わ、……っ」
ずるりと、足下が滑る。
私はシエル様の手を掴みながら、そのまま地面に転がって――転がったと、思ったのだけれど、くるりと世界が反転したような気がした。
「シエル様、……ご、ごめんなさい、……私、これで、二度目です」
転びそうになって、シエル様が庇ってくれて。
シエル様を下敷きにしてしまったのは、これで二度目だ。
一度目は、シエル様の家で魔力診断を行ったときのこと。
あのときと同じようにあわててシエル様の体の上から退こうとすると、蔓と、葉っぱの上に寝転んでいるシエル様が、私の体をぎゅっと抱きしめた。
私は起き上がることができないまま、シエル様の体の上に倒れ込む。
胸や、腕や、体が、シエル様の体に触れている。
息が詰まる。重なる皮膚に、心音が響いているみたいだ。草の香りに混じって、少し甘い、良い香りがする。
シエル様がさっき飲んでいた、ホットワインの香り。
シナモンや、スパイスや、蜂蜜が混じり合っている、独特な甘い香りだ。
「シエル様……?」
「……ふふ」
どうしたのかしら。
どこか体を痛めたのかと思って心配になって名前を呼ぶと、シエル様が私の体の下で、体を揺らして笑った。
シエル様の体が揺れると、私の体も揺れる。
腰や背中に回された手が、優しく私の体を拘束している。
逃げようと思えば逃げられるのに――どうしてなのか、動けない。
「あなたといると、……僕にも感情があるのだと、思い出すことができる。こうしてあなたを抱きしめていると、……色々なことが、遠くにあるように感じます。あなたの傍では、呼吸が、楽にできる」
「シエル様……」
私はシエル様の胸に、頬をくっつけてみた。
心臓の音が、聞こえる。
宝石人の方々は、心臓の代わりに核というものがあるらしいのだけれど、シエル様はどうなのかしら。
半分宝石人だから、胸の奥には脈打つ宝石が入っているのかしら。
それはきっと、とても綺麗なのだろう。
「シエル様はいつも沢山我慢しているから、お休みの日ぐらいは……好きなことを、好きなようにしたら良いんじゃないかなって……」
「それが、あなたを抱きしめることだとしたら。こうして、一緒に転んだふりをして、あなたを抱きしめる役得を、味わっている。僕はあなたよりも大人ですから……あなたが思うほどに優しくない」
「私は、優しいと思いますけれど……転んだふりをしなくても、抱きしめて良いですよ。私も、エーリスちゃんをぎゅってすると、安心します。私はあんまり丸くないですけれど、シエル様が良ければ……」
シエル様の感じていることや、抱えているものが全てわかるわけじゃないけれど。
でも、少しは分かる気がする。
シエル様にも私にも、手を繋いで死者の祭りに参加してくれるような家族は、いなかったから。
だから――なんとなく。
なんとなくだけれど――死者の祭りは楽しくて、けれど、少し寂しい。
「リディアさん、……ここがかぼちゃ畑で良かった。そうじゃなければ、僕は、あなたを」
「私を……?」
「トリックオアトリート、というのですよね。今日は。……菓子がなければ、悪戯をしても、許される」
シエル様は私の髪を、弄ぶようにして指先に絡めた。
「シエル様……あ、あの……」
何だか、恥ずかしい。
シエル様は――男性。
男性と二人きり。私は、シエル様に抱きしめられていて。
嫌だとは、思わない。
それは、お友だちだから。
――本当に?
胸がドキドキする。お友だちでも、こんなに胸が苦しくなるものなのかしら。妙な緊張で、体が強ばった。
「かぼちゃぷりん!」
畑の更に奥から、エーリスちゃんの声がする。
シエル様と私は顔を見合わせた。
なんだかかぼちゃ畑で抱きしめられているのが面白くなってしまって、私はくすくす笑った。
体の拘束がぱっととかれて、私はシエル様の上から立ち上がる。
乱れた服を直して、起き上がったシエル様を見上げた。
「……エーリスさんが呼んでいますね、行きましょう」
シエル様はいつものシエル様で、艶のある雰囲気はどこかに消えてしまって、まるで夢でも見たように感じられる。
差し伸べられた手を繋いで、私はエーリスちゃんの声のする方向に向かった。
かぼちゃ畑の一番奥では、エーリスちゃんが小屋ぐらいの大きさの巨大なお化けかぼちゃの前で、ぴょんぴょん跳ねていた。
「すごい。大きいです。大きいです、シエル様……」
「そうですね、これにしましょうか」
「で、でも、大きすぎて、とても運べない気がします」
せめて私ぐらいの大きさなら、なんとか転がしていけると思うのだけれど。
さすがに、小屋ぐらいの大きさになると、転がすことも不可能だろう。
エーリスちゃんが私の頭の上に戻ってくる。
シエル様は、巨大なかぼちゃの前に両手をかざした。
「僕も、腕力が全くないというわけではないのですけれど、得意分野というものはありますから。魔力を使わせて貰います」
シエル様がそういうと、巨大お化けかぼちゃの真下に、お化けかぼちゃを包むようにして、輝く魔方陣が現れる。
魔方陣の光の中で、お化けかぼちゃには四つの輝く車輪がついて、それから、お化けかぼちゃを引く輝く馬が二頭、光が形を成すようにして姿を現した。
かぼちゃの中身がくり抜かれて、椅子や、窓や入り口ができあがっていく。
「かぼちゃの馬車……」
「かぼちゃぷりん……!」
シエル様に手を引かれて、かぼちゃの馬車に乗り込んで、私たちは空飛ぶ巨大かぼちゃで会場に戻った。
大騒ぎになる会場と、かぼちゃの馬車に駆け寄ってくる子供たちの姿が、眼下に見える。
シエル様は苦笑交じりに、「あまり目立つことは、普段はしないようにしているのですけれどね」と言った。
「今日は、特別です。優勝して、リディアさんと二人で、旅行に行きたいですから」
「シエル様。吸血伯爵かなって思ったのですけれど、お化けかぼちゃの王子様みたいです」
「かぼちゃ」
エーリスちゃんが、かぼちゃの馬車の壁にかじりついて、悲しげな声をあげた。
あんまり美味しくないわよね。生のかぼちゃは、食べない。硬いし。
そうして――私たちは無事に、優勝をした。
優勝賞品として、旅行券をもらって、それから、お土産に持って帰りやすいようにと、普通のかぼちゃを貰った。
大衆食堂ロベリアに戻って、私はお土産のかぼちゃをかぼちゃスープと、まるごとかぼちゃグラタン、かぼちゃプリンにして、エーリスちゃんとシエル様に振る舞った。
今日一日、かぼちゃは沢山見たけれどあんまりかぼちゃを食べられなかったエーリスちゃんは、凄い勢いでかぼちゃぷりんを食べて、もちもちの体をさらにもちもちさせている。
シエル様はそのもちもちの体を、どこか嬉しそうに指で突いていた。
「シエル様、……そういえば、シエル様、丸い動物が好きなんですよね。どうしてですか?」
「あぁ……昔。辺境伯家の庭に、太った猫がいまして」
「太った猫」
「ええ。料理人たちがあまり物をあげるので、丸いんです。猫が。その猫が、僕が一人でいると、よく、傍に寄ってきてくれたので……丸いものを見ると、太った猫を思い出すんですよね。可愛かったな」
シエル様に突かれて、エーリスちゃんがぽよぽよと揺れている。
私は自分の体を見下ろした。丸くはない。それなりに大きい胸は丸い。
シエル様が私を見て、太った猫を思いだしていたらどうしよう。嬉しいような、嬉しくないような。微妙なところだ。
シエル様のつくりあげたかぼちゃの馬車は大人気で、広場には巨大かぼちゃ公園ができあがり、子供たちの遊び場になっていたみたいだ。
幽玄の魔王様がお化けかぼちゃ収穫大会に現れて優勝したという噂が広まったらしく、ロクサス様やルシアンさんも噂を耳にしたのか、優勝賞品の旅行券の使い道について尋ねられた。
シエル様と一緒に行くと言うと、二人とも勢いよく「絶対に駄目だ」と言う。
みんな、温泉旅行に行きたいのね。
温泉旅行。
そもそも旅行自体私は行ったことがないから、楽しみだけれど――シエル様と二人きりなのかと思うと、なんだか少し、緊張するような、変な感じがした。
私も時期ネタを書きたい!!!
ということで、ハロウィンは終わりましたが、遅ればせながらハロウィンデートの回でした。
番外編デートなので、いつもよりも糖度を増しています、増しているつもりです……!
楽しんでいただけたら嬉しいです。
シエル様をリクエストしてくださって、ありがとうございました!
順番なので次は多分、ルシアンさんとのクリスマスデートを、クリスマスの頃に番外編で書けたらなと思います。
次回から通常本編に戻ります、お付き合いくださってありがとうございました!