お化けかぼちゃ収穫大会
南地区アルスバニアのフェトル森林手前の土地は、広範囲がまん丸羊の放牧地や、お野菜やお米などが育てられている農地になっている。
そのほかにも林檎の木々や葡萄の木々、オレンジやベリーの木なども植えられていて、冬の前の今の時期はたわわに実が実っている。
実のはじけたザクロの木の下を通って、お化けかぼちゃ収穫大会の会場に向かう。
参加表にシエル様と一緒に名前を書くと「二人で、お化けかぼちゃを?」と、受付のおじさまに心配そうな顔をされた。
「キノコ狩り大会は、フェトル森林の中でキノコを探すのですけれど、お化けかぼちゃ収穫大会は、お化けかぼちゃの畑から、お化けかぼちゃを採って、運んでくるだけみたいです。でも、……なんだか体格の良い方が多いですね……」
私はシエル様の隣できょろきょろと選手の方々の観察をした。
女性も男性も、腕の筋肉や胸の筋肉がぱつんぱつんに張っている方々が多い。
女性では私が一番小さくて、男性ではシエル様が一番細身だ。
「リディアお姉さんとシエル様!」
収穫大会の見物のお客様には、かぼちゃスープが配られている。
スープは無料なので、見物のお客様たちは結構多い。
その中から、ぱたぱたと私たちの元へ走ってくる少女の姿がある。
「オリビアちゃん!」
白月病だったオリビアちゃんはすっかり元気になっているようで、二つに編んだ白い髪を揺らしながら私たちの元へやってくると、私の手をぎゅっと握りしめた。
「お姉さん、久しぶりね。お姉さんのおかげで、こんなに走れるようになったのよ」
「オリビア、まだ病み上がりなのだから、あまり走ってはいけないと何度言ったら……あぁ、シエル君、リディアさん、こんにちは」
オリビアちゃんに少し遅れて、ミハエル先生もやってくる。
診療所のお医者様で、オリビアちゃんのお父さんでもあるミハエル先生は、以前お会いしたときは白衣を着ていらっしゃったけれど、今日は黒いコートを着て、体のあちこちを包帯でぐるぐるに巻いている。
オリビアちゃんは子供用の白衣を着ていて、白衣のところどころに血が飛び散っている。
何かの染色剤で染めたのだろうけれど、かなり本格的な仮装をしている。
可愛いけれど、夜道で出会ったら悲鳴をあげる自信があるわね。
「オリビアちゃん、素敵な格好ですね」
「うん。血まみれ看護人よ。お父さんは、ミイラ伯爵」
「ミイラ伯爵です。……このような格好をして街を歩くのははじめてなので、少々照れますね」
ミイラ伯爵が照れている。
「シエル様は、吸血伯爵ね! ミイラ伯爵のお友だち。お姉さんは、吸血伯爵の使い魔の猫さん。このもちもちちゃんは、何? ぬいぐるみ?」
「これはエーリスちゃんです。生きていますよ、小鳥です」
「鳥には見えないけれど……もちの魔物……?」
「し、新種の小鳥です……」
「そうなの」
オリビアちゃんはエーリスちゃんについてそれ以上深く聞かなかった。
オリビアちゃんは若いけれど大人だ。大人の対応をしてくれた。
「お姉さん、シエル様とデートなのね。とってもお似合いね。シエル様はお父さんの次に素敵な男性だから、きっと、お姉さんを幸せにしてくれるのよ」
「オリビア、照れるな……」
「お父さんは聖都で一番素敵な男性だから、お姉さん、シエル様と上手くいかなかったら、お父さんと結婚しても……やっぱり駄目。お父さんは、オリビアのお父さんだから……お姉さんがお母さんになってくれると嬉しいけれど、ちょっと、困ってしまうかもしれない」
オリビアちゃんにぎゅっとしがみつかれて、ミハエル先生が照れている。
「それは、僕も困るので、リディアさんと上手くいくように頑張りますね」
シエル様がどことなく真剣な様子で言う。
オリビアちゃんは両手を握りしめると、うんうんと、力強く頷いた。
「うん。シエル様、頑張って。シエル様、お化けかぼちゃ収穫大会で優勝して、お姉さんに男らしいところを見せないと」
「シエル君たちも参加するのだね。君はこういった催しには興味のない人なのかと思っていたが、人生は短い。楽しんだ方が良い。しかし、シエル君もリディアさんも、あまり力持ちには見えないから、心配だな」
「力持ち?」
私が尋ねると、ミハエル先生が生真面目な表情で頷く。
「そうか、リディアさんたちは死者の祭りははじめてなんだね。お化けかぼちゃ収穫大会は、より大きなお化けかぼちゃを、お化けかぼちゃ畑からここまで運んできた者が勝ちだ。お化けかぼちゃは重いからな、これは別名、力自慢大会とも言われているんだよ」
「そうなんですか……どうりで、体格の良い参加者の方が沢山いると思いました」
「まぁでも、運ぶことができればどんなことをしても構わないからね。持ち上げることは不可能だから、大抵の参加者はお化けかぼちゃを転がして、ここまで運んでくる。頑張ってくれ、二人とも。応援している」
「お姉さん、シエル様、頑張ってね。この大会で優勝したら、お化けかぼちゃと、それから、観光都市エルビアナの旅行券が貰えるのよ。新婚旅行ね」
「エルビアナといえば、温泉が有名な火山地帯だ。良いところだぞ」
オリビアちゃんとミハエル先生に言われて、私はシエル様の顔を思わず見上げる。
「し、シエル様、私、優勝賞品が何かまでちゃんと確認していなくて……旅行券、シエル様に差し上げますね」
「優勝したら、二人で行くというのは、駄目ですか?」
「駄目じゃないですけれど……二人で、旅行は、その、シエル様はお友だちですけれど、ちょっといけないような、気がして」
「僕一人ではきっと、旅行券を使わずに終わりますね。旅行券はリディアさんにさしあげます。誰かと二人で、使ってください」
「そ、それは、駄目です……シエル様と優勝して、旅行券が貰えるのだとしたら、シエル様と一緒に使います……」
「頑張りましょうね、リディアさん」
「は、はい……!」
まだ優勝もしていないけれど、旅行の約束をしてしまった。
シエル様はお友だちだけれど、二人で旅行に行くというのは、どうなのかしら。
それってつまり、一緒のお部屋に泊まったり、するということよね。二人きりで。
「お姉さん、頑張ってね! 新婚旅行のために」
「シエル君、頑張ってくれ。なんだか……昔を思い出すな。私も、妻のために必死だった時代が……」
オリビアちゃんたちとお話をしていたら、大会の開始の合図が会場に流れる。
私たちはオリビアちゃんたちにお別れを告げて、お化けかぼちゃ畑に向かった。
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