黒猫と吸血鬼
黒いドレスに、頭に猫の耳。
猫の耳には赤いリボンがついている。
私はくるりと鏡の前で一回転して、今日のお洋服に変なところがないか確かめた。
「どうかな、可愛いかな、エーリスちゃん」
「かぼちゃぷりん!」
エーリスちゃんがそわそわしながら、もちもちの体をベッドの上で左右にふっている。
クッキーの良い香りが調理場から漂ってくるのが気になるらしい。
今日は死者の祭りの日なので、子供たちに配るために朝からクッキーを焼いていた。
かぼちゃお化けの形のクッキーと、コウモリ型のクッキーの二種類で、コウモリ型のクッキーにはココアパウダー練り込んである。
一階に降りて、冷ましておいたクッキーを袋に小分けにして、リボンを結ぶ。
可愛い子供たちのためなら私は努力を惜しまない。クッキーのラッピングも、可愛い方が良い。
エーリスちゃんの分をお皿に入れて、エーリスちゃんの前に置く。
エーリスちゃんはお皿に顔を突っ込んで、がぶがぶクッキーを食べた。
すぐに食べ終えると、エーリスちゃんは私を見上げて「かぼちゃ……?」と、不思議そうに首を傾げる。
「エーリスちゃん、かぼちゃの形をしているけれど、かぼちゃの味はしないの。今日のお化けかぼちゃ収穫大会では優勝して、お化けかぼちゃを貰ってくるからね。そうしたら、かぼちゃプリンと、かぼちゃのケーキ、それから、かぼちゃのスープと、かぼちゃのグラタンを作りましょう」
「かぼちゃぷりん……!」
エーリスちゃんはもちもちしながらぴょんぴょん跳ねた。
私はクッキーをバスケットに入れると、お店の外に出る。
すぐにマントをつけたり、可愛らしいドレスを着たりと色々な格好をしている子供たちがやってきて「悪のお姉さん!」「悪役令嬢のお姉さん!」と、不名誉な呼び名で私を呼んでくる。
かなしい。
かなしいけれど、子供たちに悪意はないので仕方ないのよ。
子供というのは覚えやすい呼び名を覚えるものなので、大衆食堂悪役令嬢の方が多分印象が強いだけだと思うし。
子供たちのお母様方が「リディアちゃん、ごめんなさいね」と謝ってくれる。
最近、大衆食堂ロベリアには、若いお母様方や可愛い女の子たちも結構来てくれる。
どうやら「ここにくると有名人に会えるから」というのが理由らしくて、その有名人は、シエル様だったり、ルシアンさんだったり、ロクサス様は──有名人かどうかわからないけれど、フォックス仮面の中の人だったりする。
フォックス仮面がレイル様だということは、最近は暗黙の了解らしい。
レイル様、あんまり隠れる気がないみたいだ。
となると、多分、仮面は趣味。
「リディア、トリックオアトリート!」
「とりっく、とりーと。鳥……」
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞっていう意味よ、リディア。死者の祭りでは、そう言うの。知らない?」
「お菓子、お菓子ならあります、たくさんあるから、持っていってくださいね」
私は子供たちの前にしゃがんで、クッキーを配った。
小さな子供たちが群がってきてくれる。嬉しい。
私が求めていた理想がここにある。私は小さな子供たちのためにお料理を作りたいと思っていたのよ。
つまり、大衆食堂ロベリアに足りなかったのは、やっぱりお菓子。スイーツ。デザート。
「吸血鬼がきた……! 猫のお姉さん、吸血鬼がきたよ、食べられちゃう……」
「え?」
「吸血鬼だ、吸血伯爵だ!」
「猫のお姉さんを食べにきた!」
クッキーを子供たちに渡していると、子供たちのうちの誰かが騒ぎ始めて、その騒ぎが水面の波紋が広がるようにして大きくなる。
顔をあげると、そこには確かに吸血鬼がいた。
「シエル様!」
「リディアさん。……猫ですね。……猫、か」
シエル様はいつもセイントワイスの制服を着ている。
お仕事じゃない日は飾り気の少ない楽な服装が多い。
それでもシエル様が綺麗だから、服に飾り気がなくても様になっているのだけれど。
でも今日は、貴族風の衣服の上から、裏地が鮮やかな赤の、黒いマントを身につけている。
シエル様は半分宝石人の血が混じっているからか、硝子細工を連想させるような美しい方なのだけれど、やっぱり似合う。想像以上に死者の祭りの衣装が似合う。
吸血鬼というのは都市伝説の一つだ。
血を吸う悪魔のこと。吸血鬼カイン。またの名を吸血伯爵と言う。
「シエル様、吸血伯爵ですね……」
「貴族の服に、マントを羽織っただけで良いのかと、少々心配でしたが、問題ないようで良かったです」
シエル様がにっこり微笑んだ。
衣装のせいか、にっこり微笑んでいるのに妙な迫力がある。今にも若い娘を攫いそう。
怖いけれど、すごく素敵。
シエル様は何かを思い出したように、シエル様の姿を見て警戒している子供たちの前にしゃがんで、子供たちと視線を合わせた。
「今日は子供たちに菓子を配る日だと聞いて、僕も持ってきてみました。セイントワイスの部下に、菓子を作るのが好きなものがいて……はい、どうぞ」
シエル様が持っている大きな袋の中には、小分けの袋がたくさん入っている。
セイントワイスの刻印が刻まれている袋には、チョコレートマフィンが入っていた。
シエル様はすぐに子供たちに群がられた。「良い吸血鬼だ!」などと言われながら。
お菓子がなくなると、お母様方が「ありがとうございます」とお礼を言いながら、子供たちを連れて人ごみの多い方へと消えていく。
私はシエル様の持っていた大きな袋を受け取って、バスケットと一緒にお店の中におくと、お店の外に出てクローズの看板をかけて、扉に鍵をかけた。
「リディアさん、今日は僕のために時間を作ってくださってありがとうございます。その猫の衣装、とてもよく似合っていますよ」
「シエル様も、素敵です。まさに、吸血伯爵という感じです……!」
「ありがとうございます。衣装を買いに行ったら、この服が良いと言われて。リディアさんは今日は、猫なのですね」
「はい! 吸血伯爵の使い魔は、猫ですから、ちょうどお揃いになりましたね」
「そうですね。使い魔の黒猫か……とても可愛いですよ、リディアさん」
「猫、可愛いですよね」
「ええ。猫は可愛いです。丸いので」
シエル様は猫が好き。
それと、丸いものも好き。
猫が丸いかどうかはちょっとよくわからないけれど、エーリスちゃんは丸い。
「エーリスさんにも、これを。リーヴィスが、帽子を作ってくれました」
シエル様が取り出したのは、かぼちゃお化けの帽子だった。
私の胸元に体を埋めているエーリスちゃんの頭に、シエル様はかぼちゃお化けの帽子を被せる。
エーリスちゃんは大人しくしていた。
大人しくかぼちゃお化けの帽子を被ると、目をきらきらさせながら「かぼちゃ……」と言った。
嬉しいみたいだ。そして可愛い。かぼちゃの帽子、エーリスちゃんの頭に乗るぐらいに小さいのだけれど、とても良くできている。
「それでは、いきましょうかリディアさん。ここまで来る間、かなり人が多かったので……もしよければ、はぐれないように手を繋いでくれますか?」
「は、はい……はぐれたら、大変です、から」
「ええ。今日のリディアさんはいつも以上に愛らしいので、攫われたら困りますからね」
「え、ええと、その……ありがとうございます」
シエル様が差し伸べてくれる手を、私は握った。
シエル様は優しいから私を褒めてくれるのだろうけれど、なんだか今日は、頭に猫の耳をはじめてつけたせいか、少し恥ずかしい気がした。
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