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滅せよ呪われよ(箪笥の角に小指とかぶつけたりするが良い)



 シエル様が、切実な眼差しを私に向けている。

 すごく、期待されている。

 そして、頼られている。

 でも私には何もできないし、期待されたって、こたえることができないし。

 でもでも、期待、されている。

 そしてそして、頼られている。

 レスト神官家にいた時は、私なんて、いてもいないのと同じだったのに。


「う、うぅ……」


「どうして、また泣くのですか、リディアさん」


「ご飯の味、わからないなんて、シエル様……かわいそうだなって、思って。すごく期待してくださっているのに、私、何もできなくて、かなしいなって、思って……」


「……あぁ、そうなのですね。……わかりました。それなら、とりあえず何か食事を作ってくれませんか? なんでも良いです。今あるもので、可能な限り、たくさん」


「ご飯、作れば良いんですか? それならできますけど……」


「はい。よろしくお願いします。……妙な期待をしてしまい、申し訳ありませんでした。僕は食事にきました。あなたの店に。これなら大丈夫ですか?」


 シエル様は優しく微笑んで言った。

 期待も熱意もその言葉にはこもっていなくて、少しだけ安堵する。

 だって、期待されて……それにこたえられなかったらと思うと。

 私の料理はただの料理で、シエル様の呪いをとくことができなくて。

 たとえばそれが本当に死の呪いだとしたら、シエル様はやがて死んでしまうかもしれなくて。

 そう思うと、悲しくて苦しくて。私、どうして良いのかわからないもの。


「は、はい、食堂なので……」


 私は頷いた。

 食堂にご飯を食べにきてくれただけだとしたら、お客さんだ。

 それなら、なんの問題もないのよね。だってここは、食堂なのだから。


「大衆食堂悪役令嬢と言うのですよね」


「大衆食堂ロベリアです……!」


「花言葉は、悪意、敵意……」


「ち、違います……! もっと、可愛いんです、可愛いお花なんですよ……っ」


「あなたも、可愛らしいですから、ぴったりですね」


「だ、騙されませんよ……!? と、ともかく、料理、料理を作ります! できるだけたくさん、今ある材料で、ですね……!」


 とりあえず、注文にこたえましょう。

 私はキッチンを見渡した。お昼ご飯に提供しようとしていたのは、ルシアンさんの現実的なソーセージ。

 それから、豚肉のミンチがまだあるから、ハンバーグ。

 それと、塊肉から取り除いた余計な油。


「……シエル様、お肉、好きですか?」


「好き嫌いはありませんよ。そもそも、元々食事にはあまり興味がなくて。固形食料を基本的には食べていますので、好き嫌いがよくわかりません」


「な、なんでですか……! 美味しいもの食べたいって思わないんですか? 今は味覚がないから、思わないんでしょうけれど……固形食料が美味しいとかですか?」


「あれは、カサカサに乾いた硬いパンの味がします。ですが、栄養価は高いので」


「お肉、食べましょう、お肉……たくさんご飯、作りますから……! でもお金は頂きますけれど……」


 なんだかよくわからないけれど、かなしい。

 シエル様、固形食料ばかり食べていて食事に興味がないのに、やっぱり味覚がなくなるのはつらいのね。

 だってご飯は大切だもの。固形食料は美味しくなさそうだけど、それでもご飯はご飯だ。

 固形食料が悪いとは言わないけれど、美味しいものをたくさん食べてほしい。


「もちろん、対価はお支払いしますよ。当然です」


「じゃ、じゃあ、あの、席に戻って待っていてください……」


「邪魔はしませんから、ここにいても良いですか? あなたを、近くで見ていたいのです」


「騙されませんからね……!?」


 団長というのは女誑しの性質があるのかしら。

 私は涙目でシエル様を睨みつけた。初対面の私に可愛いとか、近くで見たいとか、やっぱり信用できないのよ。

 そんなことより今は料理だ。

 シエル様にはご飯をたくさん食べていただいて、私には不思議な力なんてないってご理解をいただいて。

 それから、帰ってもらいましょう。

 シエル様がご理解くださったら、ルシアンさんの誤解もきっととけるわよね。

 私の料理がただの料理だとわかれば、ルシアンさんも毎日私を騎士団に勧誘しにきたりしないはず。

 私のお店の筋肉量が減って、可愛い女の子や子供を連れたお母さんたちがきてくれるはず。

 それって、すごく良い。

 もちろんシエル様の呪いは解いて差し上げたいと思うけれど、そんなこと、私にはできないのよ。

 レスト神官家の力を受け継いでいるフランソワなら、もしかしたらできるかもしれないけれど。


(……シエル様、魔法に詳しいのよね? それなら、当然レスト神官家のことも知っているわよね。……フランソワを頼ればよかったんじゃないかしら)


 もしかして、不思議な力があるとか言われて調子に乗っていると思われているのかしら、私。

 シエル様、私に料理を作らせてその真偽を確かめにきたのかしら。

 それで、力のないことを確かめて、無力な私の無力さを嘲笑いにきたのかしら。

 わざわざ。

 嘘までついて?


(それはちょっと、疑いすぎなのではないかしら……相手が男性だからって、疑ってばかりは、よくないわよね……)


 私は涙に潤んでいた両目を閉じると、エプロンのポケットにあるハンカチでごしごしふいて、気持ちを切り替えた。

 うん。いつも通り料理をしましょう。


「ええと……とりあえず、ルシアンさんの現実的なソーセージを茹でて、それから、ハンバーグ、豚肉の油があって……お野菜は保存したのがあるし、それだけだとお肉ばっかりだから、スープも……」


 私はぶつぶつ呟いた。

 一人分にしては量がかなり多くなってしまうけれど、できるだけたくさんと言われたし、良いわよね。

 大きなお鍋にお湯を沸かして、先ほど冷蔵保存庫に保管したルシアンさんの現実的なソーセージが乗ったお皿を取り出した。

 それから、朝洗って水につけておいたお米をかまどの上の羽釜に入れる。

 蓋を閉じて、炎魔石で火を灯した。

 お湯が沸き上がったら現実的なソーセージを、煮えたぎるお湯の中でぐつぐつ茹でて、茹でるのを待つ間に玉ねぎを切る。


「……そもそもルシアンさんが悪いのよ……変な噂を立てるから。ご飯作るの、好きなのに、私はここでひっそり生きていくと決めたのに、王家と近しい方ばかりがくるのだわ……」


 玉ねぎが、目に染みるわね。

 涙と共に悲しさと腹立たしさが込み上げてくる。


「一番悪いのはお父様よ。私、……どうしてレスト神官家に生まれちゃったのかしら。お父様なんて呪われたら良いのに。主に下半身が、重点的に呪われたら良いのに……」


「呪われろというのは、死ね、ということですか?」


 私がいつものようにぶつぶつ呟いていると、背後から興味深そうにシエル様が尋ねてくる。


「違います、違いますよ……!? そんなひどいことは考えません……死んだらかわいそうじゃないですか……」


「滅びろというのは、死ねという意味です。呪われたら良いも、同義かと思いまして」


「滅びろっていうのは、なんていうか、なんか痛い目にあってくれないかな……! っていう意味です……呪われたら良いも、なんか痛い目にあってくれないかな……っていう意味で、たとえば、甘いもの食べすぎて、すごく太っちゃうとか、年齢と共に髪の毛が抜け落ちてくれないかな、とか、下腹が出てきて、服が似合わなくならないかなとか、箪笥の角に小指ぶつけたり、お気に入りの高価な壺を落としたりしないかな……! とか……!」


「下半身が重点的に、とは」


「男性の欲望とは下半身にあると、使用人たちが話していたのですよ……それがこう、なんだかよくわからないですけれど、色々我慢できなくなると、娼館に行くのだそうです……」


「僕は行ったことがありませんが、あなたの父上でもある神官長の奥方は、娼館の出身だそうですね」


「娼館の女性が悪いとは言いませんけれど、やっぱり浮気は駄目なので……!」


 私は玉ねぎをとんとんみじん切りにして……思わず感情がこもりすぎていることに気づいて、手を止めた。


「私の恨みつらみを吸い込んで、美味しくなってね、玉ねぎさん……」


 恨みをぶつけすぎてしまったわ。ごめんね、という気持ちを込めて、私は呟いた。



 




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[良い点] 陰キャっぽい登場をしたシエルさん、意外に良識ある人だった…! 手首掴んで行動を封じてから話に付き合わせるルシアンより良い人かも ・恨んでる恨んでると言いながらリディアの言うことにいちいち…
[一言] リディアちゃん、可愛い!一生懸命なひたすら猪突猛進する感じは、クロエちゃんの妹みたいな感じの可愛さですね! ソーセージと目玉焼きとミルクティー。王道なのになぜ不穏になるのか(笑) まわりもイ…
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