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異世界恋愛

王子は魔女の〇〇になりたい

作者: めみあ


「そなたの素晴らしさは、言葉にできない」


「いま、褒めるところがないからと誤魔化しましたよね。感謝の気持ちを表したいならお礼の言葉だけで充分です」


「……やはりわかるか。そなたは平凡すぎるのだ」


「アグーロ様、殿下は美貌だけでなく包容力や品格があると城下では噂だそうですが、ご自分で流した噂ではないですか?」


「おい、北の魔女。殿下がお前の無礼を許しているからと言って調子にのるな。恩人だとしても(わきま)えろ」


「はいはい。失礼いたしました。だいぶ元気になられたようですし、そろそろお城に帰っては?」


 私は自分が食べる分だけの朝食をテーブルに並べながら声をかけると、テーブルに頬杖をついて私を眺めていたエド王子が、片眉だけあげた。


「だから、そなたも一緒に来ないかと言っている」

「なんの冗談ですか」

「冗談ではない。そなたを気に入ったから(きさき)候補にしたいと初めから言っているではないか」


「アグーロ様、わたしは何人目の候補となるのでしょう」

「12番目といったところだ」

「11だ。ミラは幼馴染と婚約すると言って去った」


 


「わたしは、出会ってすぐに好きだという男性は信用しません。どれだけ請われても無駄です」

(かたく)なだな。だがそこがいい。美しすぎないところもいい」

「さきほど平凡すぎると」

「細かいことは気にするな」


 エド王子が笑いながら、腰まで届きそうな金の髪をサラリと後ろに流した。女性も羨むほどの美しい髪だ。もちろん容貌も整っている。本気でせまられたら私なんてひとたまりもないだろう。今も戯れで口説いているという感じだから、私も安心して応戦できている。



 エド王子が側近兼護衛のアグーロとはぐれ、森に迷い足を(くじ)いて動けなくなっているところを、薬草を摘みに出ていた私が見つけた。

 衰弱していたし歩けないようなので、使い魔に私の住む小屋まで運ばせ、世話をしているうちに懐かれた。そして回復した今も帰ろうとしない。



 エド王子に冗談といえども(せま)られている理由は、王子と知っていながら優しく介抱しなかったところに惹かれたと説明されたが、全く理解できない。ただ感謝を表すのが下手なだけなのかもしれない。




 反対に護衛のアグーロには嫌われている。

「護衛対象とはぐれるって、護衛の意味ありませんよね」

 と、ようやくここを見つけたアグーロに嫌味を言ったからだろう。本当のことなのに。見た目は無骨で実直そうなのに結構女々しい。


「食事は本当に必要ないのですか?」

 私は食事にありつこうとして一応声をかける。


「魔女のつくったものなど、殿下に食べさせられるわけがないだろう」

 アグーロが鼻で笑う。


 ――助けた時に散々食べさせたけど……まぁいいか


「殿下、さきほど外に鹿がおりました。これから狩りなどどうですか」

 アグーロが弓を射る真似をする。

「いいな。身体が鈍っていたからちょうどいい」 

 王子も肩を回す。


「そのまま城におかえりになられては?」 


「そなたはいちいちトゲのある言い方をするが、それも嫌いではないぞ」


 私とエド王子が顔を見合わせ、お互いにニヤリと笑う。



「偏屈だからこんな森の奥で一人でいるのです。殿下もこの魔女にこれ以上関わるのはおやめください」


 アグーロの言葉に王子が笑みを消し、回していた手を止めた。冷たい視線をアグーロに向ける。


「言葉が過ぎるぞ」

「殿下への態度が目に余ります」

「恩人だ」

「迷ったのももしかしたらこやつの仕業かもしれないとお考えにはならないのですか」

「アグーロ!」


 王子が勢いよく立ち上がり、木の椅子が大きな音をたてて倒れた。


「……つまらない話をするなら外に出てくれない? 食事がまずくなるし静かに食べたいから」

 私は彼らのやり取りがわずらわしくなり口を挟む。


「すまない」

 エド王子がすぐさま謝罪をし、お前も謝れとアグーロの頭を押さえつけた。睨むように頭を下げられる。


「イヤなら頭を下げる必要はないわ。お目当ての西の魔女の家の場所も教えたのだし、ここにはもう用はないでしょ。これ以上いられると迷惑なの」


 私は拒絶の意思をハッキリと伝えた。


 エド王子は申し訳なさそうに私をみて、今は何を言っても無駄だと思ったのか、「世話になった。心から感謝する」ともう一度頭を下げた。


 

 ※※



 そもそも彼らが“魔女の森”と呼ばれる一帯で迷ったのは、西の魔女の住処を探していたからだそうだ。


 西の魔女は、国の権力者たちに頼まれて怪しい薬をつくっているのは魔女界隈では有名な話。主に媚薬や呪いといったもの。


 あの王子もそうなのだろうか。財にものを言わせて人を不幸にする薬を願うような人間には見えなかった。けれど、王子が護衛一人だけしか連れていないのは、答えのようなもの。人に知られたくないものを頼もうとしているに違いない。



 ――もしそうなら、少し残念だ。

 

 私はなんとなく西の魔女の住む方向を見上げてため息をつく。いつもの王よりはマトモかと思ったのに。



 私は王子と過ごした短い日々を思い出し、静けさを取り戻した森にどことなく寂しさを感じながら、王子が見えなくなるまで背中を見送った。


 

 

 ※※


 

 感傷にひたっていたのも束の間、お昼を過ぎた頃に二人がもどってきた。肩には狩ってきたと思われる鹿を担いでいる。

 

「わたしとて、さすがに気まずかったのだが、アグーロが先程の態度はおとなげなかったとしきりに言うものだから……」

「殿下の恩人に対しての態度ではなかった。申し訳ない」  


 言葉のとおり気まずげなエド王子と、頭を下げるアグーロ。


「なによ、急に」


「アグーロは、わたしを見失って消沈していたところに、そなたからの言葉が刺さったのだろう。許してやってくれ」


 王子もまた頭を下げる。


「わかったから頭を上げて」

 

 居た堪れず、許しの言葉を告げれば、王子が嬉しそうに「そなたはわたしに甘い」と言いながら笑みを浮かべた。特別な人だけに見せる笑顔のように思えて、一瞬ドキリと心臓が脈打つ。


 少し甘い空気が流れたものの、


「許してくれたなら、鹿をさばいてくれぬか」 


 と、笑顔そのままに言われ、空気は元に戻った。

 



 アグーロは護衛なのだし、それくらいできるのではないかと聞くと、必要ないのでしないと言う。


「か弱い女性にやらせるとか信じられない」

 私がブツブツ言いながら鹿をさばいていく。


「手慣れているのだな」

 王子が後ろから覗いて感心している。王子に解体作業を見せても平気なのか危惧していたが大丈夫そうだ。


「森に長く住んでいるのだから当たり前でしょ」


「森から出ようと考えたことはないのか?」 

 

「……エド様は知らないのですね。わたしたち魔女は森からでられないのです」



 

 魔女たちは好き好んで森に住んでいるわけではない。大昔に魔力を暴走させ天候を荒らし人々に多大な損害を与えた魔女がおり、他の魔女たちが力を合わせその魔女を封印した。


 それがあってから人々は魔女との共存を拒否したのだ。魔女は全て“魔女の森”に追い立てられ、争い事を好まない魔女たちは、甘んじて受け入れた。


 魔女は森から出ない。力を暴走させないために。

   

 

 私が森から出ない説明を終えると、エド王子はやはり知らなかったようで、神妙な顔で頷いていた。

 


「そんなことがあったのか。アグーロは知っていたか?」

「祖父から聞いた覚えがあります。ただの昔語りかと思っていました」

  

 

「知らぬこととはいえ、城へ来いなどと何度もそなたに迫りすまなかった」


 エドが私に向き直りまた頭を下げた。


「エド様は、頭を簡単に下げすぎですよ。未来の王がそれでは示しがつかないと言われませんか?」

「やはりわかるか。父や弟のナジレにいつも言われている」

「私は、エド様のようなかたが王になった方が良いと思いますけど」


「ようやくわたしに惚れたか」

「残念ですが違います」


 

 鹿をさばき終えると、アグーロがお詫びに夕食を用意すると申し出てきた。

 確かに私が調理したものを王子に食べさせられないならアグーロがやるしかない。申し訳ない気もしたがお願いすることにした。

 

 夕食までは王子から街の話を聞いたり、私がここの暮らしの話をしたり、お互いに会話を楽しんだ。


 

 夕食は思ったより手の込んだもので驚いた。アグーロの母親が料理上手で、見ているうちに覚えたと言う。

「私の料理なんてエド様には食べさせられないと言う理由がわかったわ」

「アグーロは妃候補たちにも人気だ」


 珍しく照れた様子のアグーロをからかっているうちに、あっというまに夕食を食べ終えた。


 

  

 今晩はここに泊まり、翌日にまた西の魔女のもとへ向かうつもりだ――エド王子の言葉を聞いた時には、私はお腹がいっぱいで長椅子でうつらうつらしていた。


 エド王子も「そなたを眺めていたらわたしも眠くなってきた」と、その場に横になり、私よりも先に寝息を立て始める。


 王子が床に寝てはダメだと言おうとして、



 ようやく何かを盛られたかもしれないと思い至り、

 マズイ、と起きあがろうとしたが、すでに身体が思うように動かせなくなっていた。


 

 焦って視線だけでアグーロの姿を探す。

 彼もどこかで倒れているかもしれない。


 そこに、


 ギシッと床が鳴った。

 アグーロなのか、それとも別の――


 音の鳴る方へ顔を向けられず、血の気が引いていく。




「まだ起きているのですか」

 よく知る声が背後から。


 予想通り、アグーロが私の前に立つ。 

 少し楽しんでいるかのような表情。

 アグーロが食事になにか盛ったのは確実だ。


 なぜ、そんなことを。

 


「な…にをしたの」


「もうわかっているでしょう」


 アグーロが鞘から剣を抜き、エド王子の首に切っ先を当てた。


「殿下には死んでもらう」


「……どうして?」


「頭を下げるに値しない主だからだ」


「……他に…主がいるの?」


「はじめから王だけに忠誠を誓っている。その王がナジレ様を次の王にすると言った」


 ――ナジレ様……エド様の弟…?


「……なぜ、ナジレ様なのですか…」


「ナジレ様は王に逆らわない。王に逆らう存在はいらない」


 アグーロが剣のつかを持ちなおした。



「ねえ、アグーロ」


「なんだ、お前もすぐに殺してやるから安心しろ。魔女は王家に恨みがある。王子を殺した罪を被ってもらおう。昔話を思い出させてくれて感謝する」


 



「ベラベラよく喋る男ね。もう言い残すことはない?」


「なに?」


 私の豹変したような口調に、アグーロの眉間に皺が寄る。





「魔女の口を塞がないなんて愚かね。 

  

 主なら私がなるわ。アグーロ、あなたは


 “私の犬になりなさい”」





 声に魔力をのせる。


 アグーロは剣を手にしたまま動きを止めた。

   

 何百年ぶりの魔法だ。少し不安になる。


 

 私が「アグーロ」と名を呼ぶ。


 アグーロは姿勢を正し、


 剣を鞘に戻すと、


「仰せのままに」と膝をついた。


 

 

 ホッとしたところで、パチッとエド王子の目が開いた。


「エド様!? 眠っていたのでは……」


 王子はムクリと起き上がる。


「城のものになにか出されたら、解毒剤を飲むことにしているからな。それにしてもこの結末は許せん」

 

 王子がアグーロの背中を蹴飛ばした。


「私の犬を蹴らないでください」


「斬首でも足りないほどの罪を犯したのに、そなたの犬になるとは! これでは褒美を与えたようではないか!」


「……………褒美…………変態?」


「い、いや、そういう趣味ではなく……言葉のあやみたいなもので――」


 慌てて言い募る王子を見て


「ふふ」 

 と思わず私が笑えば、

「ふはっ」

 と王子も吹き出して、  


 自然と、笑い合っていた。


 それから何度か見つめ合い、

 

 ここは、唇を重ねるタイミングかなと思った瞬間は確かにあって、多分王子も同じことを考えたかもしれないけれど、なにもなかった。


 お互いに好き合っているかもしれないと感じていても、形にする必要はない気がした。



 王子から解毒剤をもらって、安静にしているあいだに私の昔話をした。


 

 私は、暴走した魔女を止めた魔女の一人だ。

 暴走した魔女は私の妹。


 王専属の星読みだった妹は、王と男女の関係だった。ある日ほかに妃を迎えいれるからと突然城から追い出され、怒りと悲しみから魔力を暴走させた。


 

  

「そなたは、その頃から生きているのか……魔女は不死なのか?」

 王子が驚いている。

「千年は生きられないくらい」

「魔女はみな?」

「そうね」

「森で、何年生きている?」


「300年くらい。数えてはいないけど」

「もう……森から出てもいいのでは?」

「妹の暴走は他人事ではなくて、魔女の誰にでも起こりうることだから、ここから出るつもりはないわ」


「今後も人と関わらないと?」

「西の魔女は少し人と関わり過ぎているわね。あの子はまだ若くて昔のことを知らないから仕方のない話だけれど。そろそろ人の世界からは身を引かせるわ」


 王子が気まずそうな顔をしたので、首を傾げる。


「……すまない。危うく西の魔女を害するところであった。国に仇なす存在だと思いこんでいた」

 

「ああ、だからあなた達は道に迷ったのかもしれないわね」

「害されることをわかっていたと?」

「魔女は、怖いわよ。人間が魔女を害するなど考えないことね」



 


 ※※


 翌朝、おもてに城からの迎えが待っていた。

 使い魔の鳥には王子の居場所を書いた手紙を持たせ、城に知らせていたから迷わずこれたようだ。


 アグーロは、命の恩人の魔女に恩を返すという理由で森に残ると本人に報告させた。


 食事係や、荷物運びとして働いてもらうつもりだ。



「さすがに城に戻らなければ」

 王子は何かを決意したような表情をしていた。

「はい」

 私は王子のシャツの襟が曲がっているのを直す。


「そなたを妃にする話は忘れてくれ」

「はい」


「言い訳をさせてもらえば、妃候補は好色の父から彼女らを守るために保護しているだけだ」

「そうなのですね」


「ナジレも父に言いなりのふりをして機を見ているだけだ」

「ナジレ様も?」


「わたしと弟は志を同じくしている。今は腐ったものを見定めているところだ。それが終わったらわたしはここで――」


「ここで?」


 王子が、表情を崩して私の手をとった。


 


「……犬になろうか?」


 言って、わたしの手の甲にくちづける。



「犬は間に合ってます」


「では、伴侶にしてくれ」


「あとが寂しくなるから伴侶も不要です」


「本当に手強い」


「使い魔なら考えるわ」


「じゃあ、予約しておく」


 ばか。


 声にださずに言う。


 王子が笑みを浮かべ「行ってくる」ともう一度手の甲にくちづけた。


「行ってらっしゃい」


 私は彼がくちづけた手の甲をギュッと握った。







魔女の名前をつけていませんでした

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