第17話 ほら、分からされちゃった
……嘘です。今日は、まだ全然終わってないです。
「なんで、女に触られてニコニコしてたの?」
「ムスッとすると、印象悪いからな」
「断ればいいじゃん。おかしいじゃん。目の前でイチャついて、私にどうして欲しいワケ? あの女たちを殺せばいいの?」
「どうしてそうなる」
家に帰ってから、私はお酒の勢いに任せて鬱憤を晴らしていた。
どうにも、あのお酒という飲み物はよくない。せっかく抑えていた病が、まるで再発したかのように言葉が溢れてくる。
分かってるけど、止められない。
だから、家で二次会だ。時刻は、既に深夜の1時となっている。
「ねぇ、どうしてそんなに不安にさせるの? お兄ちゃん、私のこと大切なんでしょ? だから、今日も助けてくれたんでしょ?」
「そうだよ」
「だったら、最後まで一貫して愛してくれてもいいじゃん。ずっと女を取っ替え引っ替えして、綺麗事も本当は遊ぶための言い訳なんじゃないの?」
「違うし、遊んでないよ」
否定して欲しいハズなのに、否定された事に腹が立って、だからお兄ちゃんの胸ぐらを掴んで真下から見上げた。
「私がどれだけ頑張ったのか分かってるよね」
「分かってる」
「なら、それでも目の前で別の女とイチャつくっていうのは、もう絶対に許せないよね」
「そうかもな」
「どうすればいいの? ベッドに縛り付けて、ずっとくっついてないとダメなの? なんで、こんなに言ってるのに分かってくれないの?」
「ミコのこと、分かってるつもりなんだけどな」
「分かってないから、ちゃんと考えてよ」
お兄ちゃん相手に病んでも、呪詛を撒き散らしてる間に言葉の残弾が尽きてくる。
おまけに、引き寄せようと重心を変えたって、無理やり押し倒そうとしたって、頑張って踏ん張ったって、お兄ちゃんは少しフラつくだけでどうにもならない。
それどころか、逆に引き寄せられて、優しく包んで支えられて、背中をポンポンされてしまった。
もう少し力を込めて、ハグにしてくれればいいのに。
「うぅ」
傍から見れば、私がお兄ちゃんの胸に顔を埋めて、モゴモゴしてるだけにしか見えないだろう。それくらい、力押しじゃ叶わない。
「人間関係は、一筋縄じゃいかないんだ。ごめんよ」
……また、ズルい事言ってる。
お兄ちゃんは、結局のところ力で私を黙らせただけなのに。耳障りいい言葉で、正当化しないでよね。
「ばか」
まぁ、嬉しいけど。
「いいこいいこ」
背中をポンポンされ、段々と落ち着いてきた自分を自覚しながら。
弁論に勝つ為の方法と、女を落ち着かせる方法はよく似ているだなんて、下らない事を考えていた。
つまり、聞いて欲しい自分の主張だって、喋り尽くせば悪い点にも気付いちゃうってこと。弱音やわがままなら、尚更だ。
……あれ。
そういえば、私はお兄ちゃんが弱音を吐いているのを、一度も見たことがない。みんなが甘えていいと思う理由って、やっぱりそれなのかな。
でも、そんな事が本当に――。
「なぁ、ミコ」
考えようとすると、お兄ちゃんが呟いた。お酒のせいで、すぐそっちに意識が向いてしまう。
「なによ」
「俺は、どこにもいかないよ」
「きゅ、急になに?」
「言っておかないと、後悔する気がしてな」
その時、私はようやく気が付いた。
お兄ちゃんの一人称が、『俺』になってる事に。
……。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん」
「大好きよ」
呟いても、やっぱり返事は無かった。
そう、返事が無かった。
お兄ちゃんは初めて、私の好意を否定しなかったのだ。
このまま、永遠にお兄ちゃんの心臓の音を聞いていたいって、心から思った。