第1話 最初から恋してるのでした
ある日、私にお兄ちゃんが出来た。
「よろしく」
私より二つ年上の、物静かで頭のいい人だった。
きっと、見知らぬ私にも優しく接してくれるであろう事は、何となく分かってしまうような雰囲気がある。なんだか、妙に大人っぽい人だ。
ただ、お母さん以外に家族が出来るだなんて。それも、幼いながらに殺したいほど父親を恨んでいた私にとって。
二人への感情は、穏やかなモノではなかった。
「……だいきらい」
お母さんが幸せになれたことは、確かに嬉しい。けど、それと私の感情とは、話が違う。
だから、努めて優しいお父さんとは正反対に、何故か突然冷たく当たようになったお兄ちゃんへ、複雑な気持ちをブツケてしまったのだ。
「俺のことは、兄貴だなんて呼ばなくていい」
そう言った数日後、お兄ちゃんは消えた。勝手に、一人暮らしを始めたからだ。
どうやら、お兄ちゃんは私からのヘイトを全て買って、私がお父さんと家族になれるように仕向けたらしい。
……本当に、バカな人だと思った。
自己犠牲なんて、美しくも何ともないのに。
「久しぶり、大きくなったな」
お兄ちゃんが家に帰ってきたのは、二年後の春。私が、中学生一年生になった時の事だった。
「当たり前でしょ、キモいんだけど」
……憎まれ口を叩いたのは、二年前の冷たい態度のせいじゃなかった。
私は、全て知っていた。
お母さんが、お兄ちゃんの優しさに耐えきれず、お父さんに泣きながら謝っているのを、私はいつかの夜に目撃してしまったからだ。
だから、私はお兄ちゃんの本当の姿に気が付いて、お父さんと仲良く出来るように頑張れた。
けど、やっぱり私は素直じゃなくて。本当は、再会したら『ありがとう』って伝えようと思ってたのに。
「つーか、近寄らないで。キモいから」
嘘をついて、冷たく突き放してしまったのだった。
きっと、その時のお兄ちゃんの悲しげな微笑を、私は一生忘れられないだろう。