勇者たちのその後
床に崩れ落ちた、異様に小さく削り取られた幼馴染み。
どこを掴んだらいいのかわからないままに、衝動的に抱え上げると、確かに懐かしい目が意思を持って俺を見上げてきた。
「眞砂!まさ……っ…あぁ……嘘だろ、おい眞砂!」
記憶より僅かにシャープなラインになった頬は真っ白で、どう抱えても膝の上で完結してしまう程度に切り出された身体からは、今もどろどろと生暖かい何かが漏れだしている。
それはきっと、彼女の「命」で。
どうしていいかわからず、その切断面から漏れるものを押し留められないかと、掌を当てて塞き止めようとしてみるが、全く意味がなかった。
眞砂は唇を震わせ、ゆっくりと微笑む。
俺は、ハッとした。
「なんでこんな……眞砂っ……」
気がつくと、彼女の身体から漏れだしていたものが止まっている。眞砂の命が、眞砂の体温が、すべて彼女の身体から漏れ尽くしてしまったのだ。
呻きながら脱け殻のような彼女の欠片を抱き締める。……が、突然、ふわりとその質量が腕の中から消えた。
「ぇ」
空っぽの、両腕を見下ろす。
「……まさ、ご……?」
彼女から漏れたもので濡れている俺の制服が、一瞬光ってまっさらに戻った。
何が起きたのか。
(眞砂……?)
俺は濡れている頬を拭って、ようやく周囲を見回した。
恐慌状態のクラスメートと、床にうずくまっている担任教師。机も椅子もいつも通り並んでいるのに、壁や天井が教室のそれではなかった。
石造りのような薄暗いホールで、黒いローブ姿の人間たちが俺らを取り囲んでいる。
クラスメートもローブ姿の人間たちも、互いに無言で見つめ合った後、ローブ姿の人間たちは「成功しました!」と叫んだ。
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ローブ姿の人間たちの言ってることはさっぱり理解できなかったが、クラスメートの橋木が「これは異世界転移ですよ!僕たち異世界召喚されたんですよ!」と興奮し始めた。
彼等との会話は、何やら詳しいらしい橋木と、保護者として先生に通訳を任せることになった。
他のみんなはまだ呆然としているし、俺も……眞砂の死の光景が脳裏から離れず、酷く混乱していたのだ。
状況が飲み込めたのは、それから数日経ってから。
ここが地球ではないどこかで、魔法があり、モンスターがいる世界で、俺たちは勇者召喚の儀式で不思議な能力を身につけた状態でここへ呼ばれた。
王様にこの世界の状況を説明され、希望者は魔王討伐の後であれば元の世界に戻れると約束されれば、みんなの緊張はかなり緩んだ。
大きな水晶玉のようなものが運ばれて、ひとりひとりの能力値が測定されると、それぞれに目覚めていた魔法の才能や不思議な能力に、みんなのテンションは急上昇した。
……ただひとり、俺を除いて。
能力は、ひとりひとり違う。
俺の特殊能力は「全能」。身に付けようと自ら努力した才能は全て漏れなく開花する、というものだった。異世界に詳しいと自称する橋木には「完璧チート野郎じゃないですか!!」と騒がれたが、正直、俺はどうでも良かった。
それから2年間は、各自の能力を完全に我が物とするためのトレーニングや、実際にモンスターの倒し方や解体の仕方の練習に費やされた。
やがて、俺たちは本格的に旅立った。
魔王は北の果てに棲んでいるという。移動手段は馬だし、北の果てまではいろいろな街や村を経由する。
結局、片道だけでも想定以上に時間がかかった。
クラスメート何人かは道中のモンスターから重篤な呪いを得たり、もともとの喘息などの持病が悪化したりで、途中棄権している。
北の果ては険しく、魔王も確かに強かったが、圧倒的というほどの力量差ではなかった。
魔王を倒した瞬間の興奮ですら、俺にはどうでも良かった。
凱旋パレード状態で王都に戻った時、この世界に来てから既に6年が経過していた。
俺たちは、20才になっていた。
何故かこの世界に来てから、急に誰に対してもタメ口で女子を「おまえ」呼びする不遜キャラになりきっている橋木は、いつの間にか王女と婚約する事になったらしい。彼はこの世界へ残ると明言している。
他にも何人か、この世界に残ることを決めていた。
俺はまだ決めかねている。
いつだって俺の頭に過るのは、眞砂の、あの姿だ。
元の世界へ戻るメンバーが送還の魔法陣に乗るのを見送るため、俺たちは全員であの日と同じ石造りのホールへ集まっていた。
送還魔術は、転送魔術と対になるものらしく。戻る彼らは「あの日、転送されずに残った人々」としてあの日の教室に現れ、こちらの記憶も能力も、全てを失う。
俺自身は帰るか迷っていた。俺が戻ったとき、死んだ眞砂の記憶がどうなるかわからないからだ。
王宮魔術師から「あの日に戻すのでなければ、いつでも送還魔術は使えますよ」と聞いたので今回は見送る事にした。
あの日と同じローブ姿の魔術師たちが、魔法陣に魔力を流してゆく。床の魔法陣が白く浮かび上がってきた。
……その時。
周囲の人の気配が消え、俺の前にはぽつんと光の玉が浮いていた。




