入学式5
入学式が開始されるまで、ミリアは学友と歓談をしていた。攻略対象の6人中の5人が登場し、ライバルの5人中の3人が出そろっていた。
残りの人物の登場はもう少し後だった。この段階で『私』は、アルト、ヒイロ、ロイ、アランがマリアと出会うイベントを全て潰していた。
アルトが新入生代表として挨拶する前に、マリアに悪印象を与え、ヒイロは本来ならミリアとアルトが仲良くしている光景を見たくなくて、平民の教室に顔を出しマリアに声をかけるイベントを阻止し、ロイがミリアに汚された服を洗濯するイベントを改変し、アルトと不仲になった事で、アランがミリアの警護をする必要が出たせいで、アランが自由行動できなくなり、同じ平民だという事で、親近感を覚えるイベントを潰していた。
結果、マリアと攻略対象との親密度は何も上がっていなかった。そのことを『私』は把握していた。ゆえに『私』は焦っていた。このままではマリアが最悪のバットエンドに向かってしまう。
その場合、攻略対象全てとライバル全てが殺される。その全員がミリアの知り合いだった。そんなエンディングは絶対ダメだとミリアは思っていた。マリアをイジメなければ大丈夫だと思うが『私』には気がかりがあった。
それは、マリアが服を汚した一件だった。『私』は服が汚れるイベントを回避しようとしてマリアに友好的に話しかけた。だが、結局マリアの服を汚してしまった。
改変出来たイベントもあった。だが、改変したが結果が変わらないイベントもあった。ゆえに『私』は最悪を想定する。
条件を満たせば、エンディングが実行される可能性があった。攻略対象との親密度を上げずにマリアの能力だけが高くなった場合、闇落ちエンドが待っている。攻略対象とライバルたちとの親密度が全て高い場合で数々のレアアイテムをゲットした場合はアルティメットエンドになるが、攻略対象との親密度が低いと闇落ちエンドになる事が確定していた。
マリアは才能がある上に勤勉な性格だった。だから、放っておいたら、攻略対象とライバル全てに勝てるだけの実力を簡単に手に入れてしまうのだ。
逆にライバルとたちとの親密度を上げるのは大変だった。まずは攻略対象との親密度を上げて、ライバルを紹介してもらう事から始まる。そこから、ライバルたちと親密度を上げられるようになるのだが、選択肢を間違えると親密度が下がるので難易度が高かった。それは初見殺しの難易度だった。
ゆえに、ゲームでは、攻略法を知らない多くのユーザーが闇落ちエンドを見る事になっていた。
そうならないために、マリアを倒せるように『私』は努力することを誓う。
「それでは皆さん。入学式を始めます。体育館へ移動をお願いしたします」
学園の教師が、新入生たちを先導して体育館へと案内した。ミリアはアランと共に体育館に入った。新入生たちは中央に集められ、その周りを在校生が囲む形だった。両親たちは後方に設けられた席に座っていた。
アルトだけが教師に案内されて壇上に移動した。理由をミリアは知っていた。アルトが新入生の中で最も優秀だったからだ。それは、王族というアドバンテージを加味せずに勝ち取った栄誉だと知っていた。それは『私』の知識だった。
学院長が新入生に挨拶をする。
「新入生諸君、入学おめでとう。高貴なる身分の方や実力を認められて入学した者も居る。高貴なる身分の方たちは、その身分に恥じぬ行いを。実力を認められた者たちは、それ相応の振舞をすることを望む、決して増長しないように、君たちは卵だ。驕るには、まだ早いと知って欲しい」
学院長は貴族と平民、どちらにも配慮して当たり障りのない挨拶をした。次に壇上に上がったのはアルトだった。
「新入生諸君、私はアルト・ゲシュタルト。この国の王子だ。私は王族として光の魔力を得て、この学院に入学を許された。私は王族であるが、この学院で運命の迷宮を攻略して卒業する事を誓う。
それは王族の義務だと言うつもりは無い。ただ、一人の男として、運命の伴侶を定める為に行うつもりだ。ミリア。私は君の為だけに運命の迷宮を攻略する」
これは、ミリアへのプロポーズだった。運命の迷宮の最深部で愛を誓った男女は生涯別れる事が無いという伝承を元にしたものだった。ゲーム内では発生していないイベントだった。
会場のみんなはアルトの宣言を好意的に受け止めていた。その言葉はミリアの心を揺さぶった。会場に居たみんなが、ミリアに視線を集めていた。ミリアがどう応えるのかを気にしていた。
「ミリア。何も言わないつもり?」
ミリアの隣に座っていたフレイアが小声で話しかける。
「王族に恥をかかせる訳にはいかないわね」
ミリアは、そう言って席を立ちあがり、壇上に登った。
「アルト様、ありがとう存じます。迷宮を攻略した時に、私を選んでくださるのなら、喜んでお受けいたします」
ミリアはアルトが恥をかかないように、そう答えた。
会場は歓声と拍手に包まれた。アルトは嬉しそうに笑った。ミリアは漆黒の扇子で顔を隠した。多くのものは照れ隠しで顔を隠していると思っていた。
だが、ミリアは悲しみで歪んでいる顔を隠していた。どんなにアルトが好きだと言って来ても信じる事が出来ないからだ。
ミリアは顔を隠したまま席に戻った。
「良かったじゃない。仲直り出来て」
フレイアの言葉に対してミリアは何も答えられなかった。ただ、涙が出ないように堪える事しかできなかった。
フレイアは異常を察して、それ以上声をかけなかった。その後、式は滞りなく終わり、午後からの新入生歓迎パーティーの時間まで自由行動になった。
顔を隠したまま、ミリアは足早に体育館から足早に逃げるように出ようとした。その後をフレイアは追った。体育館を出て、人気が無くなったのを見計らってフレイアはミリアの腕を掴んだ。
「どうしたのよ、一体?」
フレイアの言葉を聞いて、堪えていたものがミリアの瞳から溢れ出す。
「信じられないの、信じたいけど、信じる事が出来ないの」
それは『私』の記憶を知ってしまったミリアの本音だった。
「ああ、もう、ここじゃダメね。話を聞くからこっちへ来て!」
そう言ってフレイアは強引にミリアを校舎裏まで引っ張っていった。