入学式4
読み方
「」普通の会話
()心の声
『』キーワード
<>呪文
ヒイロがミリアとの約束を都合よく解釈して、浮かれている時に、ミリアの前に死んだ魚の様な眼をした黒目黒髪の少年が現れた。顔は平凡で目が死んでいる以外は普通の少年だった。髪型はショートボブだった。
年齢は15歳、身長は160センチと男にしては小さかった。服装は黒のスーツとズボンを着ていた。そして、シャツはネイビーでネクタイは白いネクタイをしていた。
服を選んだのは彼の教育係であるジェーン・ドウだった。アラン自身は自分の服装や容姿に全く興味が無かった。入学式の日に使用人としていつも着ている作業着で参加しようとしていた。だが、ミリアの使用人としてそれは許されなかった。
だから、無理やりジェーンが選んだ服を着ていた。
「ミリア様。おはようございます」
テンションの低い声で少年はミリアに挨拶した。
「おはよう。アラン」
ミリアはアランに笑顔で挨拶を返した。
アラン・スミシーはゼファール家の使用人だった。彼は、ゲーム『運命のラビリンス』でミリアの命を受けて、マリアを殺す暗殺者だった。ただし、マリアに瀕死の重傷を負わせることは出来るが、止めは刺せないへっぽこ暗殺者だった。
『私』がゲームをしている時にはマリアがアランを倒せるかどうかでエンディングが変わるので閾値とあだ名して呼んでいた。
アランは、ミリアの為に用意された暗殺者だった。幼い頃に両親を亡くし孤児となり、ゼファール家に引き取られ、暗殺者になる為に過酷な訓練を受けていた。それでも、アランは両親を亡くし頼れる親戚も無く死ぬ運命だった自分を救ってくれたミリアの父に感謝し、ミリアを守る事を己の使命としていた。
だから、ミリアが命じれば誰でも殺そうとするし、ミリアを害する者が居れば有無を言わさず排除する。それが、アランという暗殺者だった。
だが、彼もマリアの攻略対象であり、マリアが攻略した時にはミリアを裏切ってしまうのだ。
「なぜ、屋上に?」
「教室でフレイアのために占いをしたら大変なことになって、ヒイロが連れ出してくれたの」
「なるほど、それで、アルト様と何かあったんですか?」
アランはミリアがアルトと離れているのが理解できなかった。アランの知っているミリアは、どんな時でもアルトと一緒にいることを優先していたからだ。
「アルトとは絶縁しただけよ」
「意味が分かりません」
アランはミリアが何を言っているのか理解できなかった。昨日までのミリアはアルトが大好きだった。だからこそ、ミリアの言う『絶縁』が理解できなかった。
「アルトの父上と叔父上の浮気話、アランも知ってるでしょ?」
「え?それだけの理由でですか?」
アランはミリアがアルトの事をどれだけ好いているか知っていた。だから、父親と叔父が何をしようが、アルトの事を信じると思っていたのだ。
「それで十分でしょ」
「アルト様は違うと思うのですけどね~」
アランはアルトを信じていた。理由は単純だった。誰がどう見てもアルトとミリアは両思いだった。その関係が簡単に壊れるとは思わなかった。
「何に怒っているのか分かりませんが、早めに仲直りしてくださいね」
アランはミリアがアルトの行いの何かが気に障って怒っていると思っていた。だから、理由はどうあれ、どちらかが謝れば終わる話だと思っていた。
「仲直りはしないわ。それが、私にとって最善だから」
そう言ったミリアの悲しそうな顔を見て、アランは異常を感じ取った。
「何が、あったんですか?」
「さっきも言ったでしょう。彼は将来浮気するのよ」
「何か根拠があるようですね」
「ええ、だから、私はアルトを拒絶するの」
ミリアは無意識に漆黒の扇子で口元を隠してアランに告げた。
アランはミリアの性格をよく知っていた。5歳からミリアに仕えていた。だから、ミリアが嘘を吐く時、口元を隠すクセを知っていた。アルトを拒絶すると言った時、口元を扇子で隠した。つまり、本当は仲直りしたいと想っているのだ。
だが、それを指摘した時にミリアが意固地になる事も知っていた。だから、アランはこう言った。
「分かりました。ミリア様がそう決めたのなら、そのように対処いたします。アルト様が近づいて来た時は、どう対処いたしますか?」
「何もしなくていい」
「拒絶なさるのなら私がアルト様を追い払う事も出来ますが?」
「そこまでしなくていい」
「分かりました。では、アルト様の代わりに私がミリア様の警護を行います」
アランはミリアの気持ちを理解し、ミリアが自覚することを願った。そして、アランはアルトに任せるつもりだったミリアの警護をすることにした。
前日にアルトから、ミリアの護衛はアルトが責任をもって行うと連絡があった。ミリアの両親はそれを喜んだが、娘を心配した母親がアランに密命を下していた。もし、アルトが約束を守らない様なら、ミリアの警護はアランがするようにと言われていた。
『私』はアランの言動から、1つの懸念が浮かび上がった。
「ねぇ、アラン。平民の教室には顔を出したの?」
『私』にとってこれは重要な事だった。本来なら入学式でマリアは平民の教室でアランと出会うはずだった。そこで、親睦を深めるイベントが発生するはずだった。
「いいえ、ミリア様の様子を見に来たので、平民が集まっている教室には行っておりません」
『私』がアルトを拒絶したことにより、マリアとアランの親睦イベントは発生しなくなった。
『私』は何となく自覚した。このままだとマリアは最悪のバットエンドに向かって突き進んでいると……。
ミリアがアランと一緒に教室に戻った時、フレイアとヒイロは、それぞれクラスメイトと親睦を深めていた。ミリアも他の貴族令嬢たちに挨拶をしようと思った時に、5人目のマリアの攻略対象が挨拶してきた。
「ミリアお義姉さま。今日から、学院での勉強が始まりますね」
ミリアに話しかけてきたのは茶髪茶眼の眼鏡をかけた少年だった。年齢は15歳、髪は肩口まで伸ばしていた。知的な印象の少年だった。彼はミリアの妹クルルの婚約者エース・ミラージュだった。
身長は180センチと高く服は魔法使いが好んで着ている黒いローブを着ていた。
「そうね。魔法使いとして恥じないだけの実力を付けて欲しいわね。じゃないと妹との結婚には賛成できないわ」
これは完全に嘘だった。ミリアはエースと妹のクルルの婚約に反対するつもりは微塵も無かった。だが、ミリアはマリアに対抗する駒としてエースを利用しようとしていた。だが、それはミリアが、自身の本当の願いを達成するために、無意識に言った嘘だった。
アルティメットエンドを迎えるための最重要メンバーの一人、最強の魔法使いがエースだった。彼が強いほどに攻略は楽になる。強力な攻撃魔法を習得するのは当然だが、土の精霊に愛された彼は、死ににくい魔法使いとしてゲーム内で、無類の強さを誇っていた。
妹のクルルは彼を好いていた。エースはマリアの攻略対象の一人でもある。無論、クルルが好意を寄せているエースに近づくマリアを快く思わないミリアは、アランを差し向けてマリアを亡き者にしようとする。
その結果、マリアが重傷を負えば首謀者として処刑され、マリアが自力でアランを撃退すれば幽閉される。マリアとクルルが仲良くなれば、クルルだけが失恋するエンディングとなる。
『私』はアランを暗殺者として利用しないと誓っていた。ミリアが処刑される条件はマリアの暗殺だった。だから、暗殺の命令を出さなければ処刑と幽閉のエンディングは避けられると思っていた。
その上で、他のライバルたち、ミリアの知人と友人が傷つかないエンディングにマリアを誘導するつもりだった。だから、エースには強くなってもらわないと困るのだ。
「お義姉さまは、手厳しいですね」
「この程度で手厳しいだなんて、魔法師団長の息子とは思えない発言ね」
「父上と比べないでください。私は天才ではありませんよ」
エースは真面目だった。真面目ゆえに自分の実力を正しく評価し、父親と比べて劣っていると思い込んでいる。だが、ゲーム内では彼の父親のステータスには致命的な弱点があった。それは、魔法使いの宿命であるHPの低さだった。
魔物に全体攻撃魔法を打ち込まれた時、エースの父親は簡単に死ぬ。だが、エースは土の精霊に祝福されている為、HPが高い。敵の攻撃に耐え抜き敵を殲滅する魔法を唱える事が出来るのだ。
だが、その事は実践しなければ証明出来ない事だった。だからミリアはこう告げた。
「なら、あなたが強くなるために迷宮に行くときは必ず誘うわ。あ、拒否権は無いから、拒否したら全力でクルルとの婚約を邪魔するからね」
「お義姉様、意地悪すぎませんか?」
「何言ってるの?父を超える偉大な魔法使いになりますって言えない時点で、妹の夫に相応しくないわ。これでも大分譲歩してるんだけど?」
「本当に手厳しいですね。ですが、善処いたします。私はクルルを愛していますから」
そう言っているエースをミリアは信じていなかった。なぜなら、マリアがエースを攻略するとエースはクルルとの婚約を破棄するのだから。だが、そんな未来にしないためにミリアは自分の恋を諦めるつもりだった。