黒田流農殺法
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暗殺騒動がひと段落すると、アランはミリアの護衛に戻った。そして、マリアの護衛にヒイロが付いた。
(アランってあんなに強かったんだ。手合わせしたかったな~)
マリアは落胆していた。
「マリア。何をそんなに落ち込んでいるんだ?」
ヒイロはマリアが何に落胆しているのか興味を持った。
「私、強くなりたいんです。さっきまでアランと手合わせする約束があったのですが、アランはミリアの護衛に戻ってしまいました……」
「なるほど、そういう事か。君は冒険者になりたいんだったね」
「はい!」
「僕で良ければ手合わせするよ?」
「ヒイロ様は強いんですか?」
「まあ、アランに比べれば見劣りするだろうけど、そこら辺の生徒よりは強いと自負している。姉さんに認められたくて、12歳から訓練してるからね」
「なるほど、では、お願いいたします」
「じゃあ、武器を取ってくるよ」
「え?木剣と盾ならここにありますけど?」
「僕は二刀流が得意だから、もう一本、木剣が必要なんだ」
「剣と盾の組み合わせじゃなくても良いんですか?」
「授業では基本的に剣と盾を使ったゲシュタルト流剣術を教えているけど、本人が望めば他の流派も教えてくれるよ?」
「そうだったんですか、なら、私は黒田流農殺法で戦いたいです!」
「えっと、黒田流農殺法?初めて聞く流派だ。武器は何を使うんだい?」
「鎌と鍬です」
「それって、農具だよね?」
「ええ、農具です♪」
マリアは嬉しそうに笑った。
「さすがに、鎌と鍬の練習具は無いかもしれないな、教官に聞いてみるよ」
(というか、鎌と鍬で、どう戦うんだ?)
「教官、すみません。黒田流農殺法ってご存じですか?」
ヒイロはマリアを連れて、教官のカイエンに話しかけた。
「ずいぶんマニアックな流派をしっているんだな、どこでその名を?」
「ご存じなんですね。マリアが、その流派を使いたいと言ったんです。それで、練習具はありますか?」
「なに?君は黒田流農殺法の使い手だったのか?」
「あ、はい。父から教わりました」
「ふむ、父親の名前は?」
「マイケルです」
「そうか、マイケルか……。両親は元気にしているか?」
「はい」
「そうか、ならいい。練習具が必要だと言ったな、あっちに置いてある。好きに使いなさい」
「ありがとうございます」
(マニアックな流派の練習具、置いてあるんだ……)
ヒイロは鎌と鍬の練習具がある事に驚いた。
マリアは鎌の形をした木の棒を左手に持ち、鍬の形をした木の棒を右手に持った。そして、半身になり、左手を前に出し、右手の鍬を右肩に担いで中腰になって構えた。対するヒイロは二本の木剣を左右の手に持ち、だらりと手を降ろして自然体で構えていた。
(さて、あの構えから、どんな動きをするんだ?)
ヒイロはマリアの戦い方が想像出来なかった。だから、最初は様子を見るつもりだった。
(ヒイロ様の二刀流、どれぐらいの実力なんだろう?こっちから仕掛けてみるか……。それにしても隙だらけの様に見えるけど、なんか手ごわそう)
「いや~~~~~」
マリアは気合を入れて、ヒイロとの間合いを一気に詰めた。そして、左手の鎌でヒイロの首を刈に行った。
(いきなり急所狙いかよ!)
ヒイロは少し後ろに下がり鎌を避けた。マリアは間髪入れずに右肩に担いだ鍬を振り下ろした。
(連撃だと!)
ヒイロは二本の木剣を振り上げて交差させ鍬を受け止めた。
(ヒイロ様、思ったよりも防御がしっかりしてるな)
マリアは、いったん飛びのいて距離を空けた。
「なかなか、鋭い一撃だね」
「いいえ、受け止められました」
「僕は防御に剣を使わない主義なんだ。体さばきで避けれなかったのはアラン以来だよ」
「そうなんですか?じゃあ、喜んでおきます」
「攻撃は良かったけど、防御はどうかな?」
「試してみてください」
マリアは左手の鎌を前に出し、右肩で鍬を担ぐ構えに戻った。
(さて、お手並み拝見)
ヒイロは両手をだらりと下げたままマリアに接近し、右手の剣を下から振り上げた。マリアは、鎌の柄で剣を受け止め、鎌の刃を使って剣をからめとろうとした。だが、ヒイロはそれを察知し、左手の剣を振り上げてマリアの胴を狙った。マリアは剣をからめとるのを中断し、ヒイロの左手の剣を鎌で受け止めた。
(小さい鎌一本で良く防ぐな)
ヒイロはマリアの防御に感心しながら、攻撃を続けるが、その全てを左手の鎌一本で捌かれてしまった。
「凄いな、鉄壁の防御じゃないか」
「いえいえ、ギリギリですよ。ヒイロ様の攻撃、まるで嵐の様でしたよ」
「まあ、防がれてしまったけどね」
「では、そろそろ体も温まってきたことですし、一本取らせてもらいますよ」
「ずいぶんな自信だね」
「ふふ、だって、父様との練習でも、これから出す攻撃だけは防がれた事ないんですもの」
「そいつは楽しみだね」
マリアは、鎌を逆手に持ち替え、地を這うように姿勢を低くし、クラウチングスタートを行うような格好になった。そして、右手の鍬はいつものように右肩に担いでいた。その眼光には獣の様な光が宿っていた。
(なんだ、背筋がざわめく)
そんなマリアを見てヒイロは本能的な恐怖を感じていた。
「黒田流農殺法、戦技、疾風鎌鼬」
そう言った瞬間、マリアは消えた。そして、ヒイロの足元に出現し、左手の鎌を高速で一閃させていた。ヒイロは辛うじて反応し飛んで鎌を避けていた。
(あぶね~。速すぎだろ!)
「黒田流農殺法、戦技、岩石砕き」
マリアは低い姿勢から飛び上がるように立ち上がると同時に右肩から鍬を発射するように打ち下ろした。空中でヒイロは剣を交差して受け止めようとした。
(逃げられない空中への追撃、容赦ないな)
だが、木剣は粉々に砕け散り、鍬はヒイロの体に触れる手前で止まっていた。
「なんて威力だ……。負けたよ。強いな、これならアルト様にも勝てただろうに」
「あ、最初の剣術の授業、見ていたんですか?」
「まあね」
「でも、あの時は剣と盾を使うルールでしたし」
「なら、今度、リベンジしてみたら?」
「リベンジですか?」
「そ、負けっぱなしって悔しくない?」
「う~ん。別に悔しいとかは無いです」
「そっか、君は面白いね」
そう言ってヒイロは笑顔を見せた。
「そうですか?」
「だって、鎌と鍬で戦う女性なんて初めて見たよ。しかも、強いんだから面白くて仕方がない」
「馬鹿にしてるんですか?」
「いいや、褒めてるんだ。姉さんとは友達になってたよね?」
「そうですけど」
「なら、僕とも友達になってよ。姉さんが何で君を気に入っているのか分かった気がする」
「ええ?ヒイロ様もですか?」
「ヒイロで良いよ。僕も君を呼び捨てで呼ぶから」
「拒否権は無いんですよね?」
「そうだよ」
「姉弟そろって強引なんですね……」
「ははは、退屈な学園生活になると思っていたけど、楽しめそうだ」
ヒイロはこの時、自分が心の底から笑っていることに気が付いていなかった。




