入学式3
読み方
「」普通の会話
()心の声
『』キーワード
<>呪文
2021/08/07 20:30 タロットカードの設定を組み込みました。
「私の事は良いとして、フレイアはロイと進展があったの?」
『私』は他人の事になると積極的だが、自分の事になると消極的なミリアの親友フレイアに逆襲した。
フレイアは冷や汗を浮かべてミリアから視線を逸らした。
「挨拶ぐらいはしたの?アルトと仲直りしろって言ったからには、ロイと進展があったんでしょうね?」
「あの、ミリア?なんで、強気なの?」
「人の事をあげつらって自分は進展ないとかありえないでしょう?」
「いや、あの、挨拶はした……」
「それなら私もしたわ。それでよく私に仲直りしろと言えたわね」
「いや、あの、でも」
フレイアは顔を赤らめてモジモジしていた。
フレイアとロイは両想いだが二人とも奥手なので互いに好意を伝えられずにいた。そのせいで、マリアがロイを攻略する時には、フレイアが奥手なのが災いし、ロイを奪われる。そんな未来を回避するために、ミリアはフレイアに助言する。
「ロイに想いを伝えて、ロイも同じ気持ちで居るんだから」
「そんなはずは……」
「私には大口を叩けるのに、自分の事となると自信を無くすんだから……」
「だって、しょうがないじゃない。私はミリアの様に美人じゃないんだから……」
「それでも、ロイはあなたが好きだと思うわ。だから、もっと話しかけるべきよ」
マリアがロイを攻略する前にフレイアが告白していれば、ロイの性格からして一度決めた相手を変更する事などありえないのだ。
神官見習いであるロイは、生涯で愛する者は一人と決めている。現時点でロイはフレイアを伴侶にと思っている。ゲームでマリアがロイを攻略する条件はフレイアがロイに告白しない事が条件だった。
ゆえにゲームでロイを攻略する時は、序盤からロイの親密度を上げてフレイアが告白を決意するロイの卒業式前に親密度を上げて告白するのが定石だった。
「でも、私、そばかすが……」
「ロイが見た目で女性を選ぶと思うの?」
「私、分からないの。ロイは誰にでも優しい。でも私には素っ気ない。好かれているとは思えないの」
フレイアが言っている事は事実だった。ロイは万人に優しい。だが、フレイアに向ける表情は違っていた。明らかに異性として意識し、それ故に気安く話しかけられない葛藤があった。ミリアはそれを知っている。だが、フレイアはそれを避けられていると思っていた。
「直接、聞いてみたら?たぶん、面白い答えが聞けるから」
『私』の記憶では、マリアのバットエンドの中でロイへの告白が遅すぎたせいでロイに振られるというものがあった。その時の回想シーンでフレイアがロイと結ばれる時の会話はフレイアがロイに「どうして私に話しかけてくださらないのです?私の事が嫌いなのですか?」から始まるのだった。
それに対してロイは「違う。私はあなたが好きだ。でも、あなたは私の事を好きではない。いつも私が話しかけると逃げていく。だから……」その言葉を聞いてフレイアは自分がロイに対して何をしていたのか理解した。
「私はロイが好きです。でも、自分に自信が無くて、あなたに話しかけられると恥ずかしくて、何を話したらいいか分からなくて逃げていました。私はロイが好きです」
その言葉を聞いてロイはフレイアを抱き寄せ、目を見て真剣に語りかける。
「フレイア、君はとても真面目で、友達思いで、家族思いで、自分よりも他の人を優先出来る人で、私の憧れだ。神官として君を尊敬している。どうか、私と一緒に多くの人を幸せにして欲しい。もちろん、私が一番幸せにしたいのは君だ」
「ありがとう。ロイ、私も同じ気持ちです。あなたとなら幸せな家庭を作れると思っています。でも、本当に良いんですか?こんなソバカスの女で……」
「私は君の内面が好きなんだ。外見なんてどうでもいい。怒られるかもしれないけど、歳を取れば誰しも醜くなる。だから、一緒に居て誇らしいと思える君が好きなんだ」
これが、フレイアにとってのハッピーエンドでマリアにとってのバットエンドだった。このエンディングは、マリアがロイを選んでいる時で、かつロイの卒業までマリアがロイに告白しなかった時、またはフレイアとロイの親密度が一定数を超えた時に発生する。ミリアは親友の恋の成就の為に最善を尽くすつもりだった。
「そんな事、聞けるわけないでしょう!」
フレイアは、赤面し目を回して否定した。ミリアは思った。
(やっぱり、二年後の卒業式まで告白は無理ね)
だが、ミリアはフレイアが幸せになる時期を早める事を諦めなかった。こんな時こそタロット占いの出番だと思った。
「じゃあ、特別にタダで占ってあげる」
「え?何を?」
「どうやったらロイと上手くいくか」
「ちょっと待って、それでダメって出たら……」
フレイアは顔を青くしていた。それも無理はない。ミリアの占いは当たるのだ。
「大丈夫、きっとフレイアの背中を押してくれるはずだから」
ミリアは懐にしまっていたタロットカードを取り出した。裏面は黒で、綺麗な幾何学模様が描かれていた。表面には、神秘的な美しい絵が描かれていた。そのカードにミリアは目を瞑って魔力を送る。ミリアの体から黒い魔力が立ち上る。
するとカードはミリアの手から浮き上がり、球形を描いてシャッフルした後で、ミリアを中心に一列の円形になり、回転を始めた。それを見ていたクラスメートたちが感嘆の声をあげる。
「みて、あれが噂のミリア様の占い魔法よ」
「すごい。初めて見た」
「的中率100%なんですって」
「いいな~。私も占ってほしい」
「かなりお金を積まないとやってくれないらしいわ」
「そうなの?お金持ちなのにケチね」
「そうじゃなくて、タダだと、みんな占いを頼んでくるから大変なんですって」
「ああ、なるほど」
ミリアが精神を集中し、フレイアとロイが会話している未来が見えたところで目を開いた。するとカードの回転が止まり、ミリアの目の前のカードがフレイアの目の前に移動し、ひっくり返ってフレイアに表面を見せた。
ミリアは、普段の感情豊かな話し方から機械的な抑揚のない話し方で、フレイアに説明を始めた。
「7番、戦車、正位置。あなたがロイと結ばれる為に、やるべき事は『挑戦』。恐れを捨てて、立ち向かいなさい。そうすれば、あなたの望むものは手に入る。あなたに幸運が訪れるようにカードから祝福を……」
ミリアの言葉の後で、フレイアの目の前のカードが光、フレイアの体が赤い光に包まれた。
「なんか、力が湧いてきた気がする。ありがとう。ミリア」
フレイアがお礼を言うとタロットカードは空中に舞い上がってミリアの右手に集まっていった。そして、ミリアの体から黒い魔力が消える。
「カードも、フレイアの背中を押してくれている。だから、午後の新入生歓迎パーティーで、頑張るのよ」
「分かったわ。ミリア」
「すごい。素敵な魔法ですわね。今度は私を占ってくれませんか?」
ミリアの魔法を見たクラスメートたちが、フレイアとミリアを囲んで質問攻めにした。
「ちょっと、そんなに一遍に話しかけられても……」
ミリアが困っていると、一陣の風が吹いた。すると、ミリアは校舎の屋上に移動していた。目の前には見知った顔、義弟のヒイロが居た。
「大変だったね。姉さん」
それは、ヒイロの魔法だった。ヒイロは緑髪緑眼の美少年で風の魔法が得意だった。ミリアとミリアの妹のクルルが嫁に出る事が決まった時に、ゼファール家の跡取りとして遠縁の親せきから養子縁組をしたのだ。身長は170センチで、服装は白いスーツを着ていた。草原に吹く一陣の風の様に爽やかな印象の少年だった。
「姉さん。今日はアルトと一緒じゃなかったんだね?何かあった?」
ヒイロはミリアが好きだった。12歳の時にあった時、すでにアルトとの婚約が決まっていた。だが、ヒイロはミリアを一目見た時から恋に落ちていた。だが、アルトに心酔しているミリアはヒイロに何の関心も抱かなかった。
「アルトとは絶縁したわ。いずれ私を裏切ると知っている男を信じる事は出来ないわ」
ミリアの言葉を聞いてヒイロはチャンスが来たと思った。
「じゃあ、そんな裏切り者は捨てて僕と結婚しない?」
ヒイロは本気で言っていた。
「無理よ。アルトが婚約を破棄しない限りわね」
ミリアの言葉を聞いてヒイロは落胆した。結局、ミリアはアルトと婚約破棄をする気が無いのだ。絶縁もポーズだけで本当に絶縁するつもりがない。何故なら、アルトがミリアの事を本気で好きな事をヒイロは知っていた。だから、ミリアが何を言おうともアルトは婚約を解消など絶対しないと知っていた。
なので、ミリアが今言っている事は痴話喧嘩の延長でしかないとヒイロは理解した。
「なら、姉さんはアルトと結婚する事になるだろうね」
ヒイロは自分の感情を面には出さずに言ってのけた。それは3年間、隠し続けた自身の仮面のなせる業だった。最初に出会ったころから、ミリアはアルトが好きだった。それを理解しつつ、それでもミリアを想ってしまうヒイロは嘘が上手になっていた。
そんなヒイロの心を知らずにミリアは無責任にヒイロに希望を持たせてしまう。
「そうはならないわ。だって、アルトは最後に私を裏切るんですもの……」
そう言ったミリアの表情をヒイロは見ていた。ミリアの顔に現れた絶望の感情をヒイロは見逃さなかった。だから、ヒイロはミリアの左頬に右手を添えた。
「僕は、姉さんを絶対に裏切らない」
ヒイロは真剣に訴えた。だが、『私』には響かなかった。なぜなら、ヒイロもマリアとミリアを天秤にかけた時、マリアを選んだからだ。
ヒイロルートでは、次期ゼファールの当主の嫁として平民はありえないと言って、マリアを拒絶したミリアを処刑または幽閉するのが決まっていた。
唯一、マリアと仲良くなれば何事もなく平穏に過ごせるが、ヒイロがミリアよりもマリアを優先するのは確定していた。
「ありがとう。もし、この学院を卒業する時にも同じ事が言えたのなら考えてあげる」
「約束だよ。姉さん」
ミリアの心を知る由もなくヒイロは無邪気に喜んでいた。