剣術訓練1
読み方
「」普通の会話
()心の声
『』キーワード
<>呪文
「新入生諸君、私は訓練教官のカイエン・ムラマサだ」
そう挨拶したのは初老の男性だった。髪は白髪で短く刈り上げていた。白い口髭を蓄え、頬には大きな傷跡が残っていた。肌は褐色に焼け、眼光は鋭く、無駄な贅肉は一切なかった。その声は低く、厳しさしか感じられなかった。
カイエンは訓練用の革製の防具に身を包んで、訓練用の木剣を地面に突き立て、その柄に両手を置いて話していた。
「諸君らは強くなるために、ここに居る。そういう認識で間違いないか?」
『はい、間違いありません』
新入生たちは声をそろえて、そう返事をした。その中にはミリア、アルト、マリアも居た。
「では、試練を与えよう。今日は私が指名した者と戦ってもらう」
カイエンの声に新入生たちはざわめき出した。無理もない。まだ、何も習っていないのに戦えと言っているからだ。
「戦えないと思った者は去れ、貴様らには強くなる資格が無い!」
カイエンの言葉に新入生たちは静かになった。みな強くなるために来たのだ。戦い方が分からなくても戦わなければ強くなれないのなら戦うしかないのだ。
「ふん!覚悟はあるようだな。では、ルールを説明する。そこにある木剣と盾、それに革の防具を身に着けろ。その上で、戦ってもらう。ただし、頭や首への攻撃は厳禁とする。分かったか?」
『はい』
「あの、勝敗はどのように決まるのでしょうか?」
新入生の男子生徒が質問をした。
「勝敗は参ったと言った方が負けだ」
「負けたらどうなりますか?」
「何もペナルティは無い。貴様らの適性を見るだけだ。ただし、適性が無いと判断した場合は勝敗にかかわらず今後の授業への参加を禁止する。これは諸君らを守るためでもある。適性が無いのに訓練を続けても辛いだけだからな……」
新入生たちは息を飲んだ。勝負の中で適性がある事を証明しなければ訓練を受けられないのだ。特に騎士になりたいと思って参加している平民たちにとって、死活問題だった。絶対に負けられない。そういう覚悟を持っていた。
「では、準備しろ。準備が出来次第、試合を開始する」
カイエンは、こう考えていた。
(さて、毎年恒例の事とは言え気が重いな、だがこれも生徒たちの為だ。特に貴族令嬢でありながら剣を習いに来ているミリア様には早々に辞めてもらおう。訓練で顔に怪我でもしたら大事になる。どうせ、アルト様と居たくて遊び半分で来ているに違いない。少し痛い目を見れば自分からお辞めになるだろう)
カイエンはミリアに剣を教える気が無かった。
「では、第一試合、アルトとマリア、前に出よ」
アルトとマリアが競技場の中央に出る。
「よろしくお願いします」
マリアは威勢の良い声で挨拶した。
「よろしく」
アルトは静かに答えた。
「では!始め!」
「いや~~~~~~」
マリアは開始の合図と同時にアルトに切りかかった。大上段から振り下ろされた木剣をアルトは盾で軽く受け流した。マリアは体制を崩して転んでしまった。そこへアルトが剣を突き付ける。
「降参するかい?」
「まだです!」
それから、何度もマリアはアルトに切りかかって行ったが、全て受け流されていた。それでもマリアは降参しなかった。
「そこまで!」
カイエンは、そう宣言した。
「私は、まだ負けてません!」
マリアが抗議した。
「実力は分かった。これ以上は時間の無駄だ」
「そんな……。私、強くなりたいんです。お父さんとお母さんに楽をさせたいんです」
マリアは泣きそうな顔でカイエンに訴えた。
「まて、失格だとは言っていない。アルト様も君も合格だ。明日も来なさい」
カイエンの言葉でマリアは笑顔になった。
「良かった~。ありがとうございます」
マリアは元気な声でお礼を言って、競技場から出た。
(なかなか根性のある娘だ。たしか、光の魔力を持っている平民だったな、やはり厳しい環境で育った者は強いな)
カイエンはマリアの頑張りを評価していた。
『私』は異変を感じていた。『私』知っている結果と違うのだ。ここで、マリアは怪我をしてアルトが責任を感じて回復魔法を使って保健室に運ぶという流れだった。そして、それを見ていたミリアが、後から保健室に行ってマリアに「アルトに近づくな」という流れだった。
(また、イベントが変わっている。もしかして、『私』も知らないルートに入っている?そもそも、ゲームと同じ事が起こる保証だってない。う~ん。分からない)
それから、どんどん試合が行われ、ついに失格者が出た。それは貴族出身の男子生徒だった。開始直後に右腕に剣を受け、痛みに耐えきれずに泣きながら降参したのだ。
「残念ながら君は失格だ。痛みに泣き出すようでは訓練について来れない。諦めなさい」
カイエンは優しく、そう言った。
「分かりました。諦めます」
言われた男子生徒は自分でも向いていないと思ったのだろう。カイエンの言葉を受け入れて訓練場から肩を落として出て行った。
(これが、適性なのね。泣いてもいけないし、すぐに諦めてもダメか……)
ミリアは訓練を続けるための条件を理解した。
ミリアは自分が勝負に勝てるか占ってみることにした。今回は魔力を使わず簡便に占うことにした。タロットカードを取り出し、適当にシャッフルし気になるカードを1枚引いた。
引いたカードは5番正位置の法王が出てきた。伝統にしたがう。年長者の意見を聞くという意味のカードだった。そのカードを見たとき、ミリアと『私』の脳裏に剣道の風景が浮かんだ。
それは『私』が知っている風景だった。幼いころ無理やりやらされていた剣道の風景だった。『私』は小学4年生から6年生まで剣道を習っていた。嫌々習っていたが、それなりの実力はあった。
(今の映像は何?)
(『私』小さいときに習っていた剣術よ)
(私に教えて)
(いいけど、今教えられるのは剣の握り方だけよ?)
(それでも構わない。私は強くなりたい)
(いいわよ。剣は両手で持つの、右手が上で左手が下、右手と左手の間は拳一個分空ける。こうすることにより、片手で剣を持つよりも剣先を自在に操れるようになるわ)
(盾は、どうするの?)
(私の習った剣術では使わない。相手の攻撃は体捌きと剣で受けるの)
(分かった。やってみる)
「では、次!ミリアとゴンザレス、前に出よ」
ミリアが競技場の中央に出ると、そこには先ほど股間を蹴り上げた男が立っていた。
「さっきの続きだ。覚悟しろ」
ゴンザレスはミリアをなめまわすように見ていた。
「教官!対戦相手の変更をお願いします」
声を上げたのはアルトだった。
「なぜだね?」
「先ほど、その二人はケンカをしていました。訓練とはいえ、ケンカしたものを戦わせるのは危険だと思います」
カイエンはアルトの意見を却下するつもりだった。
(先ほどのケンカは見ていた。だから、ミリア様の相手に選んだのだ。早々に降参してもらった方が良いのだから……)
「王子様の頼みであってもお断りします。ここでは私がルールです。訓練についての適性は私が見極めます。もちろん、危なくなったら私が責任をもってお助けします」
カイエンにこう言われてしまうとアルトは何も言えなかった。