未来を変えるために
新入生歓迎パーティーが終わり、ミリアは自分の家に帰った。公爵家の令嬢ゆえに家は豪邸であり、庭もあった。執事とメイドも多数居た。
夕食の時間となり、食堂に移動すると、そこにはミリアの父と母と義弟と妹が居た。
「入学おめでとう。ミリア、学院はどうだった?」
ミリアの父、セトが笑顔でミリアに話しかけた。セトは、緑色の髪の爽やかな印象のイケオジだった。
「まあまあだったわ」
いつものミリアと違う反応にセトは面食らっていた。他の家族も驚いていた。
「どうしたんだい?ミリア。いつもならアルト様の事を話すのに……」
「別に、何もないわ」
「嘘ね。何があったか話しなさい」
ミリアの母であるイリアは娘の異変を察知した。イリアはミリアに妖艶さを加えた美女だった。
「未来を見たんです」
「どんな未来だったの?」
「アルト様が私を裏切り他の女と結ばれる未来です」
「本当なの?」
「本当です」
「信じられないわ。私が占ってあげます」
そう言ってイリアは座ったまま左手を後ろに控えているメイドに差し出した。メイドはイリアの手にタロットカードを渡した。
イリアはカードを受け取ると魔法を使った。カードが魔力に包まれて怪しく輝いて舞い上がり、空中で3つの魔方陣を描き出した。
それぞれの魔方陣には意味があり、現在、未来、対処法という意味の魔方陣だった。それぞれの魔方陣が浮かび上がった時、1枚づつカードがイリアの座っているテーブルに並んだ。
「現在の状況、18番、月、逆位置、未来への不安を感じている
未来の状況、16番、塔、逆位置、関係の崩壊、婚約の破棄
対処法、12番、吊られた男、正位置、努力によってのみ状況を打開出来る」
「何てこと、本当に破局が訪れるだなんて……」
イリアの占い結果を聞いて、ミリアはイリアが何かを隠したことを知った。占いをした時に、誰かの死を予見してしまった時の顔をしていた。
「でも、希望はあるみたいね」
「神域の迷宮?」
「そうね。その場所に行かなければ未来は変えられない」
「私もそう思う。だから、明日から本気で訓練を行う」
「そう、ミリアが決めたのなら、応援するわ」
「まて、なんでミリアが危険な迷宮に行くんだ?私は反対だ!」
セトは本気でミリアの身を案じていた。迷宮は危険な場所だった。多数のモンスターが徘徊し、最下層にはドラゴンも居る。冒険者が迷宮で行方不明になる事も多い。そんな場所に娘を行かせたくなかった。
「お父様、私が決めた事なの。危険は十分知っている。だから、本気で訓練して魔物に負けないぐらい強くなって見せる」
「どうしてもか?」
「止めても無駄です」
「そうか、ならせめて、迷宮に行くまでの間に最高の装備を用意させてくれ」
「ありがとう。お父様」
そのやり取りを見ていたヒイロは思った。
(結局、姉さんはアルトの事が好きなんじゃないか……。だが、神域の迷宮なんて攻略できるのか?姉さんはスプーンよりも重いものを持ったことが無いんだぞ?)
ヒイロは姉が無謀なことに挑戦しているように見えた。それは、アルトと破局する未来を覆すための悪あがきのように思えた。
「それで、お母様、私の覚悟は出来ています。お母様が見た未来で私は死ぬのですか?」
ミリアは、バットエンドの一つをイリアが見たと思っていた。
「いいえ、あなたは死なないわ。私が見たのは1年後に誰かが死ぬ未来よ」
「それは、誰なんですか?」
「今は言えないわ。でも、事が起こる1ヶ月前には必ず知らせるから」
そう言ったイリアの顔は悲痛に満ちていた。その事からミリアは血縁の誰かが死ぬと直感で理解してしまった。
「お姉さま。来年、クルルも学院に入学します。その時は一緒に迷宮を攻略しましょうね。ああ、もちろんエースも一緒に」
ミリアの妹クルルは無邪気に言った。クルルは父親のセトに似ていた。髪の色は緑で、クセのあるはねっ毛で、それが風のような印象を与えていた。目も丸めでおっとりとした印象だった。
「ええ、クルルがちゃんと死なないぐらいに強くなったらね」
ミリアは、やんわりと断った。妹を危険な迷宮に連れて行きたくなかった。だが、『私』は知っていた。クルルは強くなる可能性を秘めていた。ラストダンジョンである『神域の迷宮』メンバーには選ばれないが、その他の迷宮ではヒイロと同じ魔法剣士として活躍するのだ。
だが、風属性の魔法剣士はヒイロが居れば事足りるのでゲームでは需要が無い。一部、男なのに乙女ゲームをしているプレイヤーからは好かれているが、女性プレイヤーで彼女を迷宮に連れて行く者などいない。
唯一、クルルが輝く場面があるとすれば、それは『火の迷宮』を攻略するときだけだった。火属性の攻撃を無効化出来る風属性のキャラクターが活躍できる場所で、ノーダメージで、敵モンスターを蹂躙するのだった。
その場所になら、クルルを連れて行っても良いとミリアは思っていた。
「クルル。頑張ってお姉さまのお役に立ちます」
夕食を終えて、自室に戻り、部屋着に着替えた後で、ミリアと『私』は心の中で会話した。
「1年後に死ぬ人物に心当たりは?」
ミリアに問われて『私』は答える。
「1年後にイリアは死ぬ」
『私』はアルトとマリアのハッピーエンドの途中で、ミリアとの親密度が100%になった時に発生するイベント『いじめの真実』を思い出していた。
「なんで、お母さまは死ぬの?」
ミリアは『私』に詰問する。
「ごめん、細かい事情は分からない。でも、イリアは1年後に殺される。それを切っ掛けに、あなたのマリアへのいじめは過激さを増す」
「なんで、そんな事に?」
ミリアの心は乱れた。自分の尊敬する母親が1年後に死ぬ。その事実に耐えられなかった。
「理由は分からない。でも、それは確実に起こる」
ゲーム内で、その真相は明らかにされなかった。『私』はミリアの母が死んで、両親が健在でアルトからも好意を寄せられているマリアが憎かったという状況しか知らなかった。
ゲーム越しに主人公ではないミリアが、不幸な事があってマリアをいじめたんだなという認識しかなかった。人の死を軽んじていた。悪役とはいえ、自分の母親が殺されたのだ。普通の精神状態で居られる訳がない。
そんな普通の共感性さえ、ゲームの悪役というレッテルで軽く受け止めてしまっていた。だから、『私』は贖罪の意味を込めて、ミリアに伝えた。
「だれが、イリアを殺そうとしているのか突き止めましょう。そして、絶対にイリアを助けましょう」
「ありがとう。どうか、知恵を貸して、お母さまを死なせたくないの」
ミリアと『私』は、運命に抗うために行動を開始した。




