入学式1
読み方
「」普通の会話
()心の声
『』キーワード
<>呪文
2021/07/25 22:12 スマホでも見やすい様に改行を多めにしました。
2021/08/07 20:30 タロットカードの設定を組み込みました。
桜の花びらが舞い散る庭で、少年は少女に約束をした。
「君の事は何があっても僕が守る。だから、ずっと一緒に居て欲しい。死が二人を分かつまで、ずっと」
少年は恥ずかしがることも無く、少女の眼を見てそう言った。
「はい、喜んでお傍に居させて頂きます」
少女は嬉しさのあまり涙ぐんで微笑んでいた。その笑顔は少年の心を奪った。
桜の花びらが舞い散る季節。15歳の少女ミリア・ゼファールはフォーチュン学院の門を跨いだ。これから、貴族として必要な教養を身につけるための勉強が始まるのだ。
ミリアは、この日の為に準備した絹で作られた黒い豪華なドレスを身にまとい。貴族らしく高価な指輪やネックレスを身につけていた。
長いストレートの黒髪は腰の高さに切りそろえ、前髪も綺麗に切りそろえていた。日本人形をイメージさせる容貌だが、ミリアは美しかった。ただ、つり目なので怖い印象を周囲に与えていた。身長も165センチと高めなので威圧感もあった。そして、夜の闇に浮かぶ月の様な美しさがあった。
ミリアとすれ違う人々は、みなミリアに道を譲って挨拶をした。それは、ミリアの位が高かったからだ。貴族社会では位の低いものが位の高いものに道を譲って挨拶をするのが暗黙のルールだった。貴族の階級は、下から順に男爵、伯爵、侯爵、公爵、大公と5つある。ミリアは公爵令嬢だった。
さらに王位継承権1位の王子アルトの婚約者でもある為、実質王妃として地位を得ていた。ゆえに、教師たちでさえミリアには逆らえない。
学院の門から校舎までは100メートル程の直線の石畳の通路になっていて、通路の両側には桜の木が一定間隔で植えられていた。学院の門から10メートルほど歩いた地点に、白いスーツに身を包んだ金髪碧眼の美少年が立っていた。
髪は短く切りそろえて、金色の獅子を連想させる髪型をしていた。腰には王家に伝わる聖剣『陽光』を佩いていた。身長は175センチで、ミリアより少し背が高かった。その姿は真夏の太陽の様に煌めいていた。
彼はミリアの婚約者アルトだった。アルトはミリアを見つけると駆け寄り、手を差し伸べて言った。
「ミリア。校舎までエスコートさせてください」
それは、何度も繰り返されてきたやりとりだった。アルトが差し伸べた手にミリアが手を添えて、いつもの厳しい表情を和らげて嬉しそうに微笑む、今回もそうなるとアルトは思っていた。だが、差し出した手は「パンッ」という音と共に払われた。
「汚らわしい!私を裏切るくせに、よくも何食わぬ顔で言えたものね!」
アルトはミリアの言動を即座に理解できなかった。
「裏切ったって、何を?」
「あなたのお父様と叔父様が何をしたのか知っているでしょう?裏切り者の子は、裏切り者になる宿命、他に好きな人が出来たのならいつでも婚約解消して構いません。私に気安く触らないで!」
ミリアの言葉を聞いてアルトは青ざめた。それは、自分の父である国王と、叔父が浮気をしたことを指していた。
「私は違う!信じてくれ!」
アルトの言葉を聞いて、ミリアは思った。
(以前の私なら、その言葉だけで全てを信じていた。でも、今は違う)
ミリアはアルトを置き去りにして校舎に一人で入った。
ミリアがアルトに対する態度を変えた理由は前日にあった。入学式の前日の深夜、ミリアは夢を見ていた。それは前世の記憶だった。
薄暗い部屋の中、1人でゲームをしていた。そのゲームは乙女ゲーム『運命のラビリンス』だった。6人の攻略対象と5人のライバルが登場し、3年間の学院生活で攻略対象と仲良くなり、ハッピーエンドを迎えるのが目的だった。
『私』は、そのゲームの全てのルートを制覇するために徹夜していた。30歳にして無職、デブスの喪女だった。実家の部屋にこもってゲームをするだけの日々だった。仕事はしていたがデブスを馬鹿にされ辞めた。
運命のラビリンスの最後のルート、このゲームで真のエンディング『アルティメットエンド』を見る為に、ただひたすらゲームをリトライしていた。アルティメットエンドを見るためには運の要素が絡んでいた。
このゲームは、その日の行動を選んでイベントを発生させていくタイプのゲームだった。必要なイベントが発生しなかったり、行動の結果、貰える報酬が手に入らなかった場合はセーブしたところからやり直す必要があった。
何度もやり直してようやくアルティメットエンドを迎えて『私』は満足していた。そして、お祝いの為にピザと炭酸飲料をデリバリーで頼んだ。これは、『私』の儀式だった。1つのゲームを完全攻略した時に、ご褒美と称して好きなだけピザと炭酸飲料を飲む。この儀式のせいで『私』はデブスになった。
でも、『私』は後悔していなかった。なぜなら、ゲームを完全クリアした後に食べるピザが格別に旨かったからだ。だが、ピザを食べ炭酸飲料を一気飲みした後で『私』の記憶は終わった。死因は不明だが『私』はゲームを完全クリアした後で死んだ。
そして、『私』は自分が運命のラビリンスに出てくる悪役令嬢ミリア・ゼファールになっている事を認識した。
『私』はミリアの記憶を引き継いでいた。さらに、色々な感情も引き継いでいた。その上で『私』はアルトを拒絶する事を選んだ。理由は、永遠を誓い合ったミリアを最終的には裏切るからだ。
だから『私』は、こう思った。
(アルトは私を裏切る浮気者、絶対に信じない。幼い日に交わした約束は嘘だった。将来裏切ることが分かっている。だから、婚約は解消して死亡フラグは回避する。
ゲームのヒロインであるマリアがアルトを選んだ場合の結末は、ノーマルエンドではマリアとアルトが仲良くなることに嫉妬したミリアが暗殺者を使ってマリアの殺害を計画し、マリアが重傷を負い。それが明るみになり、ミリアは断罪され処刑される。
トゥルーエンドでは、マリアが暗殺者を撃退しミリアは地下牢に幽閉される。
ハッピーエンドでは、ミリアと親友になったマリアがミリアにアルトへの恋心を打ち明け、お互いの想いを認め合い。アルトに2人で想いを伝え、どちらを選ぶか迫り、アルトはマリアを選ぶのだ。
どのエンディングでもミリアはアルトに捨てられる。ミリアが公爵令嬢で居られる結末はマリアと親友になるハッピーエンドしかない。基本的な戦略はマリアと仲良くなる事とアルトを信じない事、これは絶対の条件だ)
『私』は生き残るために、マリアと親友になる事を最優先事項とした。『私』はさらに考察を重ねる。
(ミリアがアルトと結ばれる為にはマリアがアルト以外の攻略対象を選び、その上でライバルたちとの親密度を上げる必要がある。だが、その場合、ミリア以外の誰かが涙を流すことになる。
その誰かはいずれもミリアが大切にしている人たちだ。誰も傷つかないエンディングはアルティメットエンドだけ。でも、ゲームでセーブアンドリトライを繰り返してようやくたどり着ける高難易度のエンディング。その条件をセーブが出来ない状態で目指す事は奇跡でも起きないと無理だ。
だから、私とミリアがアルトへの想いを断ち切って、マリアとアルトの結婚を祝福する。それでいい。元々私は男に縁がない人間。ミリアとしての想いではゲーム内で見た一時の幸せと割り切って忘れよう。
それに絶対に防がなくてはならない最悪のエンディングがある。それは闇落ちエンドと呼ばれている。それは、全ての攻略対象とライバルたちの全てと親密度が低く、マリアの戦闘能力が高い場合に発生するエンディングだ。
ミリアたちからイジメを受け、攻略対象にも見捨てられたマリアはミリアたちに復讐を行う。攻略対象とライバルたち全てを殺害し、国外に逃亡するという誰も救われないエンディング。これだけは絶対に避けなければならない)
『私』は決断する。最悪のバットエンドに対抗するために、マリアに殺されそうになっても対抗できるだけの力をつけるという事を……。
『私』は決意を固めて、アルトを拒絶した。校舎から校門を見ていると、ミリアに拒絶されたアルトが立ち尽くしていた。それを見て『私』の中のミリアが心を痛めていた。だが、『私』はその想いに蓋をした。その感情は『私』を苦しめるだけだと知っているからだ。
校門から光り輝く金髪碧眼の美少女がスキップしながら校舎に向かっていた。髪はストレートに整えられ、肩口で切りそろえられていた。その姿は、ヒマワリの様に明るく健康的だった。彼女はマリア、運命のラビリンスの主人公だった。身長は155センチだった。
平民で、王立高等学院であるフォーチュン学院に入学を許された特別な存在だった。彼女以外にも入学を許されている平民は居るが、その殆どが騎士としての才能を見出された者だった。
15歳の彼女は、光の魔力を持っていた。そして、常人より遥かに多くの魔力を保持していた。マリアは魔法の才能を買われて彼女は学院に招待された特異な存在だった。服は両親から貰った入学式用の新しい純白のワンピースを着ていた。だから、彼女は浮かれていた。くせ毛が彼女のコンプレックスだったが、今日だけは母親に綺麗に整えてもらった。
これから、始まる学生生活で友達を作り、恋人を作り、あわよくば貴族との婚姻を夢見ていた。平民の彼女は自分の身分が低い事を知っていたから、会う人すべてに率先して挨拶をしていた。
(こういう場所では最初が肝心、意地悪されないように低姿勢で、みんなに愛想よく挨拶しなくっちゃ)
マリアは心の中でそう思っていた。
「おはようございます」
「ごきげんよう」
貴族たちもそんな彼女に対して特に悪感情を抱くことも無く普通に挨拶を返していた。マリアがうなだれて居るアルトに挨拶をした。
「おはようございます」
「・・・」
アルトはミリアから受けた仕打ちに挨拶を返せなかった。マリアは挨拶が返ってこない事を疑問に思い、挨拶した相手を見た。金髪碧眼の美少年が顔を真っ青にしてうなだれていた。
「あの、大丈夫ですか?」
マリアは親切のつもりで、そう言った。
「大丈夫です。どうか、気になさらずに……」
アルトは、そう言ってよろけながら校舎に歩き始めた。マリアはアルトを心配しつつも、アルトが歩いているのを見て、自分も校舎に向かった。
その様子をミリアは見ていた。
(ゲームではここで、アルトとマリアは会う事が無かった。本来は入学式で新入生代表として挨拶をするアルトを見て、光り輝く若獅子に心をときめかせるはずだった。これで、マリアのアルトに対するイメージは変わったはず)
『私』は無意識にアルトとマリアが結ばれない事を願っていた。
ミリアは、校舎の玄関でマリアが入ってくるのを待っていた。ミリアには趣味があった。それはタロット占いだった。その日の運勢を朝に占い行動を決める。今日引いたのは『6番 恋人たち 正位置』のカードだった。
これは、運命の選択をする時が来たことを告げるカードだった。だから、ミリアはマリアと仲良くなるための選択をした。
ミリアの前に金色に輝く光の化身が目の前に現れる。
「おはようございます」
純真無垢の笑顔でマリアは挨拶をする。ミリアは、それを眩しく思いながらも挨拶を返す。
「おはよう。私はミリア・ゼファールって言うの、あなたは?」
ミリアは、漆黒の扇子で口元を隠して、マリアに名を聞いた。それは、自分の感情を隠すためだった。
「私はマリアって言います。えっと私は平民です。高貴なる貴方様に名前を憶えて頂くような者ではありません」
そう言ってマリアは石畳で舗装されているとはいえ、綺麗とは言えない校舎内の玄関で平伏した。マリアは、この入学式に来るために、両親から見た目だけでもまっとうにと、平民には高すぎる服を買い与えられていた。その服が汚れる事もいとわずに平伏した。
それは、身分の差がかけ離れていたからだった。マリアと違い高価なドレスに身を包み宝石のついた指輪とネックレスをしている貴人が名を聞いてきたのだ。何か不興を買ったと思うのが平民のサガだった。だが、それはミリアが望んだ結果では無かった。
「立ちなさい!」
ミリアは慌ててマリアの手を取り立ち上がらせた。だが、服にはすでに土汚れが付着していた。
「ああ、何てこと、ごめんなさい。私が前置きも無しに名前を聞いたせいね。どうか、お詫びをさせて、私はただ、あなたとお友達になりたかったの、どうか許して」
「え?そうなんですか?てっきり私のみすぼらしい姿がお気に障ったのかと……」
マリアは自分が貴族令嬢に比べて粗末な服装をしている自覚があった。みんなドレスを着ている中でワンピースを着ている。ドレスも着れない平民が入学式に参加するなと言われる覚悟はしていた。
実際に、ゲームではそういう理由でミリアに挨拶しようと近づいたマリアに「近寄らないで服が汚れる」と言って突き飛ばしていた。
「そんな訳なでしょう。それは御両親があなたの為に、少ない給料を貯めて買ってくれた大切な入学祝なんでしょう?」
ミリアは知っていた。マリアの着ている服がどういうものなのか、それを入学式の日にミリアに突き飛ばされた事によって尻もちをつき服が汚れ、貴族たちに笑いものにされ深く傷つくことを知っていた。ミリアは、それを回避したかった。ただ、素敵なワンピースねと言ってあげたかった。
ゲームをやりこみマリアが良い子なのは知っている。そのマリアが悲しむ事をしないために声をかけたつもりだった。だが、結果はマリアの両親の想いを踏みにじることなってしまった。
「どうか、お詫びをさせて」
「あの、これぐらい大丈夫です。はたけば消えますから」
そう言ってマリアは自分のワンピースをはたいた。だが、どうやっても付いてしまった茶色は消えなかった。
「ミリア様、どうしたんです?」
声をかけてきたのは神官長の息子ロイ・クルセイドだった。青い髪と青い目、髪は腰まで伸ばし、静かな湖の様な印象の16歳の美少年だった。服は神官が身につける白いローブを着ていた。真っ白ではなく、服の縁には水色の刺繍がしてあった。身長は178センチだった。
彼もマリアの攻略対象の1人だ。本来であれば、服が汚れて笑いものになっているマリアに優しく声をかけて服を魔法で綺麗にするはずだった。
「この方の服を汚してしまったのです。どうにかなりませんか?」
「任せてください。洗濯は得意ですから」
<集え水の精霊、土の精霊を排除せよ>
ロイが魔法を唱えると、ロイの指先に小さな魔方陣が出現し、手のひらサイズの水色の半透明の乙女が現れて、マリアの服の汚れに向かって飛んで行き、汚れをひとなでした。すると、マリアの服の汚れは綺麗に消えた。
「ありがとう。ロイ」
ミリアはロイに礼を言った。
「良いんですよ。ミリア様には大変お世話になっておりますから」
「あの、ありがとうございます。ミリア様、ロイ様」
マリアが恐縮した様子で、そう言って頭を下げるとロイはマリアに優しく微笑んだ。
「いいえ、礼には及びませんよ。困っている人を助けるのは神官の務めですから」
そう言ってロイは自分の教室へ向かって行った。本来は、ここでマリアがロイの優しさにトキメクイベントなのだが、ミリアの介入でイベントが改変された。
「本当にごめんね」
ミリアがマリアに再度、謝った。
「いいえ、服の汚れは取って頂きましたので、問題ありません」
「では、改めて私と友達になってくれない?」
「無理ですよ。そんなの……」
マリアは悲しそうにそう言った。その答えを聞いてミリアはこう思った。
(え?なんで?)