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ひとりぼっちの修学旅行  作者: よしあき煎餅
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07。波に遊ばれて


ザッパーン


ザッブーン


「うあ、ゲェ」


「オェ、ペッペッ」


 口内にたまった海水をはきだす。もう何度目かわからない波に流される。海水を飲みすぎて気持ちが悪いし、喉が乾く。


 塩分の摂りすぎは良くないよなぁ。でも水なんだよなぁ、しょっぱいから塩分多いだろうけど。と、訳のわからないことを考えながら辺りに目を凝らす。


 先程から波に小枝や海草などが混じっているのに気がついたからだ。

 潮の流れで海上のごみが集まるところがあると聞いたことがある。それが近くにあるのならペットボトルとか発泡スチロール、係留から外れたブイなどが集まっているのではと考えたのだ。

 それらを見つけられれば、少しは生存確率を上げることが出来るかもしれない。


 実のところ、足や腕が重たく全身がだるい。体力の限界が近く、希望にすがって気力を保っている状態だ。


「あっ!なにかある」


 少し先の方に白い影が見えた。大きさや形はわからないが何がが浮いている。

 海人は重たい腕を動かして水をかき、波の合間を縫うようにしてやっと見つけた希望のもとへと進んで行く。…行けない…進めない。

 バチャバチャと音をたてるだけで一向に近づけない。


「あれ?どこだ!」


 泳ぐことに必死で見失った。左右に視線を巡らせるが。


「ない」


 やっと見つけた希望だったのに。絶望が心に沸き上がってくる。

 そのとき、背中に何かを感じた。視線?違和感?なんなのかわからないが、振り向け、振り向かなきゃと思わせる何かを。


 バチャバチャと水をかいて身体ごと振り返る。


「ああぁぁ!やったぁ!」


 それはさっきまで近づこうと必死になっていた白い影に違いなかった。

 しかも先程よりも近くにある。見間違いではなかった。疲労から生まれた幻影でもなかった。形も色もはっきりわかる。


 白地に赤いストライプの彼だ。海人が海に落としてしまった寡黙なヒーローこと[船舶用救命浮環]だった。


「あ、ありがとう」


 海人の眼からは大粒の涙が溢れてくる。

 それはまさに絶体絶命のヒロインのもとに駆けつけたヒーロー、の図である。


 だったはずなのにヒーローは消えた。


ザッパーン


 自分の意思では身じろぎひとつできないヒーローは波にのまれていた。


「えっ?」


 これにはヒロイン役の海人も言葉を失った。

 ヒーローをのみこんだ波は海人のもとにもたどり着き憐れなヒロインも波に押し流される。


「うわっ…えっ…オェ」


 もうクタクタだった。さっきまでの気力もしぼみ、腕や足がしびれ始めてきた。


「もう…だめだ」


 そう呟いた海人だったが、またも背中に不思議な感覚を感じた。


ツンツン、ツンツン


「えっ?」


 肩越しに視線を向けると、そこには波にのまれたはずの[船舶用救命浮環]がいて、波に押されて海人の背中をつついていた。

 数瞬、呆けた海人は激しく頭を左右に振っていろんな思いを抑え込み、浮環にてを伸ばした。


スカッ


 まただ。また、つかみ損ねた。波に引きづられる用に海人のそばから離れていく浮環。

 もう体力の限界で、この機会を逃すわけには行かない。逃げるヒーローを追う鬼気迫る表情のヒロイン。


「待ってぇぇ!」


 火事場のなんとやらで、瞬く間に追い付き右手でガッチリつかみ引寄せ、二度と逃がすかと左腕を環っかに通してヘッドロック。


 キマッタ!?が、可憐なヒロイン感は皆無である。


「やったぁ!やっと、つかまえたぁぁ……えっ!」


 大捕物に夢中で二人(一人と一環っか)は気づいていなかった。自分達が巨大な波に引きあげられ海上よりずいぶんと高い位置にいたことを。


「へっ?」


 自分の状況を理解できず、ゆっくりと遠ざかる海上の白波をを見つめることしかできない。


ザザザザザッバーン


 地響きのような音を響かせて海人を引き揚げた波が、海に向けてダイブし始めた。


「うわあああああぁぁぁぁ」


 波に押されるように落下して、急速に近付いてくる海。できるのは叫ぶこととヒーローを抱えた腕をきつく引寄せて体をこわばらせることだけだった。



 暗い。何も見えない。目を開けているのか閉じているのか分からない。何も聞こえない。ゆらゆら浮かんでいるような気がする。手に、足に力が入らない。と、言うより手も足も頭も自分の身体の感覚がわからない。


「あぁ、死んじゃったのか」


 素直に納得できた。


 波に遊ばれヘトヘトになったところで、海へダイブした。覚えているのはそこまでだが、そのあとも想像はつく。おおかた、海に叩きつけられて気絶して、そのまま溺れてしまったのだろう。叩きつけられた時に衝撃で心臓が止まったとか。幸運にも海中に滑り込んだが待ち受けていた巨大な鮫にまるのみにされたとか…。誰にも看取られず海の藻屑になるのはかわらない。


「ん?なんだろう…息が苦しくなってきたなぁ」


 死んでしまったのに呼吸ができなくて苦しいなんて。


ハァースゥー


 口を開き息を吸うという動作を思い返してやってみると、冷たい液体が身体のなかに入ってくる。全身の感覚が蘇ってきて、海に沈んでいることを理解させられた。


 息が苦しい。どれだけ沈んでいたのか分からない。呼吸したい。もう幾ばくの猶予もない。上はどっちだ。

 目を開け視線を動かすと、ぼんやりと光が見える。


あれは…月の光か!


 今いるところは深くないのかもしれない。間に合え。手足をバタつかせて光の方へ手を伸ばす。




「もう、だめ」


『…もう少しだよ…』


「…」


『……頑張って…』


「…」


『……仕方ないなぁ、今回だけ特別だぞ…』


 頭のなかに誰かの声が響いたような…。でも、もういいかぁ…。


───

──


 身体が持ち上がる、やんわりと。暖かい温もりに包み込まれているような優しい感触。


 浮上する速度がぐんぐん増して、水が全身をマッサージするようにトントンっと当たって通りすぎていく。


 ぼんやりしていた光が濃くなり、ついには海中から出て新鮮な空気のなかへ迎えられた。


 一緒に浮上してきた海水が空中で丸まって玉になり、仰向けに浮かんでいる海人の胸の辺りでドンドーンっと二度ほど跳ねて海へと戻っていった。


 跳ねた水玉のお陰で肺の空気が押し出され、空になった肺は新鮮な空気を吸い込む。

 すると、肺は本来の働きを思いだし、穏やかな呼吸へと繋がっていった。


 暫くして目覚めた海人の眼にはくっきりと月の姿が写っていた。

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