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ひとりぼっちの修学旅行  作者: よしあき煎餅
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05。あきらめるもんか

「う、うわいやああああぁぁ」


 海人は手摺を越えて、勢いよく投げ出されると海に引寄せられるように落下していく。

 まるで走高跳びのベリーロルで華麗に飛び越えたように見えたかもしれない。誰かが目撃していればね…。

 つまりは頭からまっ逆さまであるのに、


『ああ、雨降ってるのに月がきれいだなぁ』


 初めて体験する浮遊感のなか、そんな場違いなことを考えてしまう。

 船体を滑るように落下しながら手足をバタバタさせる。まさに溺れるものは藁をつかむの言葉通りだ。


 そして藁はそこにあった。


 船体に縛り付けられている横断幕には豪快な筆文字の学園名と、大口を開けて笑う学園長の笑顔が描かれている。今にもガハハと笑い声が聞こえてきそうだ。

 バッサバッサとはためく横断幕のロープに腹の辺りが引っ掛かかるが、落下の勢いは海人の体をくの字に曲げる。


「うげぇ」


 出尽くしたはずの胃液が呻き声とともに口からでた。


 ロープに引っ掛かり落下は一時的に止まったが海人ひとりぶんの体重など誤差範囲とばかりに横断幕は風に揺れる。


 船体と横断幕に挟まれた格好では、揺れる度に頭を打ち付けられる。


ガンッ


「いて!」


ガンッ


「あた!」


ガンッ ゴンッ


「ああああぁぁ、たっくぅ」


 海への落下を回避できたと思ったら、今度は頭への百叩きが始まった。このままでは頭のかたちが変わってしまう。


 海人はロープをしっかりつかむと船体から離れるように宙吊りにぶら下がった。


「うっ、うわぁぁぁ」


 ロープにぶら下がると、横断幕にまっすぐ向かい合う格好となる。そして目の前には狙いすましたのように、笑顔の学園長がいた。

 驚いても手を離さなかった自分を誉めてあげようと海人は思った。


 頭の痛みからは逃れられたが、いまだ状況は好転する兆しが見えない。


 何かないかと辺りを見渡すがなかなか見つからない。すると、ぼんやり明かりの漏れる窓があることに気がついた。


 明かりはゆらゆらと形を変えており、窓の向こうに人の気配を感じさせた。


「おーい、おーい。誰でもいい、気づいてぇ」


 海人は一途の希望を抱き、声の限りに叫んだ。


 船体にぶつかる波の音、横断幕が風になびく音、船の力強いエンジン音。強敵たちを前にその声は力なくかき消されてしまう。


 窓枠の凹凸は指を引っ掛けるには十分なようだが、遠い。

 ロープから手を離し飛び移るのは相当の運動神経と腕力 ─指で捕まるのだから指力(ゆびりょく)とでも言うのだろうか─ が必要だ。それよりも大事なのは度胸だろうか。どれもいまひとつ強みのない海人はロープを離そうとは考えられない。


「あっ」


 窓の明かりが大きく揺れて、窓際に人影見えた。


「あああっ、先生だ。せんせぇ助けて‼」


 あの窓の向こう側は先程まで海人も寝ていた部屋だった。


 担任の先生は不安そうな顔で外を眺めている。生徒たちの体調を気遣い、天候が回復するように案じているのだろうか。


 少しでも気づいてくれればと力の限りに叫び、足で船体を叩く。できるだけ近づこうと片側の手を離し横断幕を握りしめる。


「あきらめるもんか」


 船体に足を突っ張り少しでも近付こうとする。海人の体重を支え、風にあおられバチバチに張りつめた横断幕は悲鳴をあげ始めた。ビリ、ビリと。

 裂け始めるとそれは加速度的に速度を増して広がっていく。


「うわああああ」


 再び落下を始めた海人。学園長の笑顔を縦に裂きながら海に落ちていった。最期の悲痛な叫びさえも、部屋のなかには届かなかったようだ。


 外を眺めていた海人の担任は振り返り、船酔いに苦しむ生徒たちの看病に向かうのだった。


 その口元が少しだけ動いて笑ったようにみえた。


 それを見たものは誰もいない。

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