3話 悶々と
「うぅ……」
扉を開けて浴室に入った雫は、バスチェアに腰を下ろす。
いつもなら、最初にシャワーを浴びる。
それから体を洗い、続いて髪を洗う。
綺麗さっぱりしたところで浴室に浸かり、心地いい時間を楽しむのだけど……
「くっ……結城め。我に対して、あのような戯言をぶつけるとは!」
お湯をひとかぶり。
それから、鏡を睨みつける。
「ら、ラブホテルなどという、低俗な遊戯所に誘うなんて……」
昼間の結城の言動を思い返す雫は、沈黙する。
何度も何度も思い返して……その顔が赤くなる。
「……ひゃあ」
頭の中で、これでもかというくらいにピンク色の妄想を繰り広げた雫は、目をぐるぐると回した。
こういうことに免疫がないが、かといって興味がないというわけではなくて、むしろ、人一倍興味がある。
故に、色々と知っていて……
ついつい、あれこれと妄想してしまい、自爆する。
基本、中二病というものは、妄想大好きなので仕方ない。
「ゆ、結城にラブホテルに誘われちゃうなんて……うぅ、私は……あうあう、ちょっとでもいいかも、なんて思っちゃうなんてぇ……はうあう」
羞恥心のあまり、中二病モードを脱して、雫は頭を押さえて悶えた。
髪の先からぽたぽたと水が落ちて、周囲に散る。
「そりゃあ、結城のことは嫌いじゃないけど? むしろ、男の子の中では一番好きだけど? でもでも、それは幼馴染であって、男女の好きとはちょっと違うというか……でもでも、誘われた時はドキドキしたっていうか……あうあう」
あれこれと考えている時の雫は、中二病モードではない。
どこにでもいるような、普通の女の子だ。
ただ、結城が傍にいると、中二病モードになることが多い。
結城の前では自分を飾り、変身して、尊大にふるまう。
なぜ、結城の前だとそうなってしまうのか?
なぜ、彼の前だと必要以上に演じてしまうのか?
そのことについては、雫はなにも理解していない。
「って、なんで結城のことばかり考えているし!?」
雫はぶんぶんを頭を横に振り、シャワーを浴びる。
「べ、別に結城のことなんて……いつも意地悪するし、私の小説酷評するし、いたずらもするし……」
ぶつぶつと文句を並べていく。
ただ、その顔が少しずつ柔らかいものに。
「でも、あれで優しいところがあるんだよね。困っている時は絶対に助けてくれるし、私の小説きちんと読んでくれているし、一緒にいてくれるし……えへへ」
雫がニヤニヤとした笑みを浮かべる。
その頬は桜色に。
瞳もとろんと潤んでいて、どことなく色気が感じられる。
その姿を見れば、雫が結城に対してどんな感情を抱いているのか、一目瞭然ではあるが……
あいにくと、雫は自分自身の顔を見ることができない。
風呂にある鏡も、今は湯気で曇ってしまっている。
「なんか、ゆうくんに会いたいな……」
「ゆうくん」というのは、雫が小さい頃に使っていた、結城の呼び名だ。
ずっと「ゆうくん」を連発して、彼の後ろをくっついていた。
しかし、小学生高学年になった頃、恥ずかしいからやめろと言われた。
雫は仕方なく封印したものの……
でも、ふとした拍子に「ゆうくん」が飛び出してしまう。
そうなる時は、決まって結城のことを考えている時なのだけど……
なぜそうなるのか、自覚はまるでしていない。
「はっ!?」
ふと、我に返った様子で雫は大きく目を見開く。
「なぜ、孤高にして高貴なダークネストワイライトプリンセスである我が、たかが一人の人間を気にかけねばならぬのだ!?」
拳を握りしめて、力強く立ち上がる。
「否っ、断じて否である! この我が特殊な力も持たぬ人間を気にかける理由なんてない! そう、この気持ちはまやかしである!」
中二病を発症して以来、こうして、雫は度々自分の気持ちを否定するようになった。
結城のことが気になるのを認めたくない……という、乙女心ではない。
ただ単純に、誰とも馴れ合わない自分、孤高でかっこいい……と思っているからだ。
なかなかにこじらせている。
しかし、それでいて、普段は結城の傍にいて、ちょこまかと構う。
あるいは、構ってほしいと声をかける。
なかなかに面倒なツンデレであった。
「くっくっく……さては、これは結城による精神攻撃だな? 我の心を己のものとして、破壊の神をマリオネットにするという……恐ろしい計画ではあるが、我に見抜かれぬとでも思ったのか。愚かよのう……明日、反撃に出よう。己の愚行を思い知らせ、その身、その魂に罪を刻み込んでくれようぞっ、ふはぁーっはっはっは!」
「ちょっと、雫ちゃん。近所迷惑だから、お風呂で叫ばないように」
扉の向こうから母親の声が飛んできた。
「うっ……」
「わかった?」
「……うむ、わかったぞ」
渋々という感じで、雫は返事を返した。
まったく、なんていう様だ。
自分は、あまねく世界を駆け抜ける、漆黒の女神に見初められしダークネストワイライトプリンセス。
それなのに、母親に逆らえないなど、情けなくて仕方ない。
「しかしっ、それも今だけのこと……我は世界に羽ばたき、全てを救おうではないか! ふはははっ……はぁーはっはっは!!!」
「雫ちゃん!」
「あっ、はい……」
「あまりうるさくするようなら、お風呂上がりのアイス、なしにするわよっ」
「そ、それだけはぁ……!?」
ダークネストワイライトプリンセス、もとい有栖川雫は情けない声を上げて、母親に降伏するのだった。
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