2話 ラブコメを書くためにデートをすることになりました
その日の放課後。
俺と雫は並んで学校を後にした。
同じ教室なので、待ち合わせなんてする必要はない。
「さあ、デートをするぞ!」
「本気か……?」
「もちろん! 我に足りないのは、ラブの経験! 結城のことは特に好きではないが、まあ、テストケースとして採用するくらいは問題ないだろう」
「おい、さらりと人を勝手に振るな」
傷つくんだからな?
こんな中二病に振られたなんて、プライドが傷つくんだからな?
「まあいいか。デートなりなんなり、さっさと済ませようぜ」
そう言いつつ、雫の手を握る。
「ぴゃあっ!?」
おかしな声をあげて、雫が飛び上がる。
「いっ、いきなりなにするの!?」
「うん?」
「て、ててて、手を繋いで……は、恥ずかしいじゃない!」
いつもの演技じみた態度はどこへやら、素の表情を見せている。
コイツ、普段はあんなに偉そうにしているが、恋愛関係はとことんダメなんだよな。
単純に、イチャイチャするのが恥ずかしいらしい。
だから、手を繋ぐだけでも、すぐに顔が赤くなる。
「……まあまあ、照れるなよ」
「て、照れてないしっ」
「ラブコメを学ぶためにデートをするんだろ?」
「う、うん……デート、するよ……?」
「なら、手を繋ぐくらい当たり前だろ?」
「そ、そういうものかな……? うぅ……でも、結城の言う通りかも……私、が、がんばるねっ」
雫は耳まで赤くしつつ、再び俺の隣へ。
チラチラと俺の手を見て……
えいっ、とかわいらしいかけ声をあげつつ、俺の手を握る。
「おっ、やればできるじゃねーか」
「……」
「雫?」
「……ふわぁあああ」
雫は目をぐるぐると回していた。
「わ、我が手を繋いで……私、こんな大胆なことを……」
一人称が混乱しているぞ。
傍から見ると、多重人格みたいだな。
「おい、大丈夫か?」
「う、うむっ! も、ももも、問題ないぞ!?」
多少は持ち直したらしく、口調が中二病に戻っていた。
顔は赤いまま。
動きはぎこちない。
それでも、中二病になるだけの余裕はあるらしい。
そんな雫を見ていると、モヤモヤする。
俺は、こんなにも必死になって、なにもないフリをしているというのに。
雫は美少女だ。
たぶん、軽く芸能人になれるレベル。
性格は奇天烈ではあるが、悪いということはない。
中二病であるところを除けば、わりと真面目で、まっすぐで優しい。
そんな雫と幼馴染をしているのだから、色々と思うところはある。
その気持ちは、完全には定まっていないものの……
彼女と一緒にいると、年相応にドキドキしてしまう。
まあ、そんなところを見せるのはプライドが許さないため、なにもないと平静を装っているが。
雫にドキドキしているところなんて、雫に見せられるわけがない。
「むう……」
「どうした?」
「結城はいつも落ち着いていて、ずるいぞ」
「手を繋ぐくらいで動揺してられるか」
ホントはけっこう動揺しているが、それは秘密だ。
「むう……むうむうむうっ」
よほど悔しいらしく、雫は頬を膨らませる。
ダークネス……なんちゃらは、子供っぽいようだ。
「では、デートにゆくぞ!」
「ああ」
とにかくも、学校の前でコントをしている場合ではないと気づいたらしく、手を繋いだまま、俺たちは歩き出した。
「……うーん」
どことなく悩ましげな感じで、雫が小さくうなる。
そんなことをしつつ、繋いだ手をにぎにぎと動かした。
「どうした?」
「えっと……」
雫は頬を染めながら、ぽつりと言う。
「結城の手……大きいのだ」
「そうか?」
「う、うむ。なんていうか、その……男の子の手、っていう感じで……ゴツゴツしてて、でも、温かくて……ドキドキするぞ」
とても恥ずかしいらしく、目を逸らしていた。
しかし、そんなことを言われる俺の方が恥ずかしい。
平静を保つので精一杯で、なにも言えない。
「結城?」
「うん?」
「なぜ黙っている?」
「別に、特に意味はないが」
「そうなのか?」
「そうだ」
「そうか……」
会話が続かない。
雫とは、どうでもいい話から真面目な話までしてきたものの、こうして会話に困るなんていうことはなかった。
なんでこんなことに?
くそう……
この中二病幼馴染が、ラブコメを体験したいとか言い出さなければ。
「なあ、結城よ」
「うん?」
「今日はどこへ行く?」
「考えてなかったのかよ」
「わ、我はデートなんてしたことがない! 全て妄想で、頭の中だけだ!」
「悲しいことを胸張って言わないでくれ……泣きそうだ」
「故に、デートプランなんてさっぱりだ! ここは、男である結城がエスコートするものではないか?」
「まあ、そう言われると……」
拒否はできない。
時代錯誤、と言われるかもしれないが、リードしたいという気持ちはある。
ただ……
なにもかも全部、雫の思い通りに行くのは気に食わないな。
ちょっと、からかってやろうか?
「……わかった。なら、良いデートスポットがあるぞ」
「ほう。それは、我の暗黒のオーラに触れても、問題ない場所か? 我が力、普段は封印しているものの、完璧とは言わぬからな。わずかに漏れ出る瘴気は、周囲にいる者の運命を狂わせて……」
「はいはい、そういうのはいいから。俺の話を聞け」
「……しゅん」
「そのデートスポットは、恋人同士がよく行く場所だ。何度かデートを重ねた後に、必ず行く場所といってもいい。いわば、デートの聖地だな」
「ほう」
聖地という言葉に反応して、雫は目をキラキラと輝かせた。
ホント、そういう言葉が好きだよなあ。
「そこで数時間……あるいは半日とかを過ごして、互いのことをよく知ることができる」
「ほうほう!」
「全国各地にあって、種類も豊富。色々と楽しむことができるぞ」
「おおっ……それは、どういうところなのだ!? もったぶらず、教えるがよいっ」
子供のようにはしゃぐ雫に、俺はニヤリと笑いつつ告げる。
「ラブホだ」
「……ほ?」
「ラブホテルだよ、ラブホテル」
「……」
「知らないわけじゃないだろう? 要するに、エロいことをする場所だな」
「ふにゃっ!?」
ぼんっ、と雫の顔全部が真っ赤に染まる。
湯気を吐き出しそうな勢いで……
あたふたとして、おもいきりうろたえる。
「あわっ、あわわわ、はううう!? ら、ららら……らぶ!?」
「その様子だと、ちゃんと知っているみたいだな」
「そ、そんなことないもんっ! ら、ラブホテルなんか知らないもんっ!」
「いや。どう見ても、知っている反応だろう」
「知らない知らない知らなーーーいっ!」
ついでに言うと、雫はこういう話もひたすらに弱い。
去年まで、赤ちゃんはコウノトリが運んでくると本気で信じていたほどだ。
「ま、まさか、私たちも!?」
「ああ、ラブホテルに行こうぜ」
「ぴゃあ!?」
雫はビクンと震えると、
「い、い……行けるわけないよぉおおおおおっ! 結城のばかぁあああああっ!!!」
ダッシュで逃げ出した。
羞恥やら動揺やら、色々な感情が限界突破して、錯乱してしまったらしい。
「……ちょっとからかいすぎたか」
携帯を取り出して、「すまん、冗談だ」というメッセージを送っておくのだった。
3話は、21時に投稿します。