7.住人(衛兵さん)に頼られる
やっと話が進む。
初日からやらかした(推定)来訪者は、私に背を向けて正座している為彼なのか彼女なのかもよくわからないが、小柄でほっそりとした体躯に、長めの銀髪…銀髪かあれ?生き物の色彩より金属の光沢に近いぞ?
まあそんな感じなので、大柄・武装オン・多数な衛兵さん(推定)達に囲まれているのは、見るものに居たたまれなさを感じさせる。
何やらかしたか知らないが、公園でお母さんにめっちゃ怒られて泣いてる幼児を見る、みたいな。
俯いて背中を丸めてるから、ますますちっさく見え…あ、プルプル震え出した。泣いてないかあれ。
そんなやらかしさん(推定)に、衛兵さん(推定)も困った顔で、言い聞かせる様な説教に切り換えている。
漏れ聞いた限り、どうやらやらかしさん(確定)は【業】の蓄積量が多い為、浄罪を行わないと街中で活動させられない。だから神殿に行って奉仕活動でもしてこい。浄罪をしないなら、街中にはいられない。自分たちはこの街の衛兵なので、きみを街から追い出さないといけなくなる。と、そういう事らしい。
衛兵さん(確定)達の対応が、完全に子供に対するそれになってるけど、この『アナザーワールド』、プレイヤー登録出来るの成人だけなので、そこでちっさくなってプルプルしてるのも一応大人ですよ。
と、心の中で呟きつつ、踵を返そうとして…丁度顔を上げた衛兵さんと目が合った。
うわこれ巻き込まれるやつだ。
「神官様!」
衛兵さんに呼び掛けられて、一瞬スルーするか!とも思ったが、明らかに目線が私を見ているので、ちょっとトンズラは無理そう。
料理人が料理をする事で熟練者となって行く様に、鍛冶師が鍛冶を行う事で経験を積む様に。この世界における聖職者は、魔物等を倒す他にも、善行、つまり【カルマ値】を減らす行為を行う事で経験値を貯める。
つまり、ボランティアで街の清掃をしたり、困ってる方を助けて感謝されたりすると、レベルが上がるのだ。
だから、住人の神官職は、大半が文字通りの聖職者であり、住人達に頼りにされ、尊敬されている、と〔管理者〕さんは言っていた。
私が選んだ職業ではないが、職業込みで〔管理者〕さんやデザイナーさん達が取っ組み合…物理的に話し合ってまで丹精込めて作成してくれたこの世界における“私”である。
その方々に恥じる様な生き方は、私には出来ない。少々恥ずかしいが、やってやるぜ聖職者ロール!
「はい、私でしょうか?」
落ち着いてゆったりと、上ずったり早口にならん様心掛けて…よし成功。
さっきは気付かなかったが、声もリアルとは大分違うな。穏やかだけど華があるというか、ちょっと高め、何て言うんだっけ、テノール?
「はい。御使い様をお連れになったあなた様は、さぞ徳の高いお方とお見受け致します」
いいえちっとも!
「私など、まだ神官として駆け出しも良いところ。ですが、私も神に支えるもののはしくれ。お困りの方を放っては置けません。私に出来る事でしたら、是非お手伝いさせて下さい」
愛想よく微笑む私に、何故か息を飲む衛兵さん…だけじゃないな。
何だか一瞬静寂に包まれる噴水広場(私命名)。
そして次の瞬間には、ざわめきに満ちる噴水広場。
何なんだ一体。私、何かおかしな事言いましたか?
若干不安になっていると、肩に乗ったモフが動く。
もふもふもふ。パタパタパタ!
あるじ、かっこいい!
うん、癒された。メンタルケアまで出来る従者凄い。今すぐもふって良いですか?駄目ですか。
もふり倒すかわりに、指先でちょいちょいとモフに構っている――私の指にすり寄って来るモフマジ天使。あ、御使いか――と、再起動した衛兵さんに、やらかしさんの護送を、それは丁寧に頼まれた。
「【業】蓄積値が規程量を越えていた為声を掛けたのですが、どうやら怯えさせてしまった様で…」
会話出来なくて困っていた、と、後頭部をかきながら衛兵さんは言う。
うん、会話以前に、やらかしさん一言もしゃべってないですよね。大丈夫かこれ?何かの不具合で声出ないバグとか発生してたりしない?
と、やらかしさんに目を向け…うをう!いつの間に私の足元まで移動したんだ。
俯いていた頭を上げて、じっと見上げてくるその顔は、綺麗だが作り物めいた無表情。
無表情、なのだが、髪と同色の金属質の銀の目がめっちゃ潤んでる!泣き出す数秒前の目だこれ。
「衛兵さんのお話は聞いていたね?私はこれから神殿に行くけれど、あなたはどうする?ついて来る?」
私はこの神官服白いし汚れるかな、と思いつつ石畳に膝をついてやらかしさんと目線を合わせる。詰問にならん様、穏やかに、を心掛けて問いかければ、コクンと銀の頭が頷いた。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう。連れの人はいる?」
安心させる様に微笑みながら、これ完全に迷子対応だな、と思う私。
「連れの人」を「お父さんかお母さん」と言いそうになったのは内緒です。
「…連れ、いない。ひとり…」
と、蚊の鳴くような――蚊って鳴くのかそういえば――小さな小さな声で、ぼそぼそ答えるやらかしさん。至近距離でかろうじて聞こえる、くらいの音量で、目線を合わせる為に膝をついてなければ多分聞こえなかった。
「そうか。じゃあ今から神殿に向かうけど、立てる?」
コクン。と頷く銀の頭。
私も笑顔でひとつ頷いて、急がずゆっくりと立ち上がる。
やらかしさんも立ち上がったのを確認して、
ミッションクリア!私のリアルスキルが唸りを上げるぜ!もっとも、リアル迷子には割りとよく泣かれるが!と内心で両手を天に突き上げつつ勝利(?)を讃えていると、遠慮がちに引かれる袖口。
「…袖。掴んでも、いい…?」
な つ か れ た 。
なんだろう、小動物(注:ただし野生)に餌やったら手から食べた的な嬉しさはあるのだが、これ端から見たら案件じゃなかろうか。
やらかしさん、立ち上がってもちっさいし。身長的には私の三分の二くらいかな。
うん、完全に未成年略取の図…。
リアルなら確実に職質だな!てういうか、私ならする。職質。
いやまて、思い出せ、これは成人向け――っていうと何かいかがわしいが――のゲーム。
つまりこの小動物は成人済み!なんかそれはそれで微妙な心境になるが、案件でなければもうどうでもいいや!
許可を出したら本当に袖口を掴んでついて来る小動…やらかしさんを引き連れて、いざ神殿へ出発。
なお、衛兵さん達はやらかしさんを怯えさせない様にと、少し離れてついて来て下さっている。がっつり迷子対応をしてしまった為、こんな姿をしてますが、これ成人ですと言い出せない私。すまぬすまぬ。
しかし、初回ログイン直後に衛兵に護送されるとか、大丈夫か私の異世界生活。私のステータスに燦然と輝く幸運値(※214)仕事しろ。
あ、別に私が護送されてる訳じゃないからいいのか。
しかしまだまだ旅には出られない主人公。
主人公は気付いてないですが、燦然と輝く称号《世界の恩人》がフル稼働していたりします。