12.神を降ろす
史上最長…。
そしてまごうことなくやらかし回。
「確認だが、神殿が私とはぐれさんに望むのは、来訪者達への情報開示、そして来訪者の神職への協力要請、で相違ないか?」
「…ええ、そうね。協力要請までしてもらうのは申し訳ないから、情報開示と神殿に来て欲しい、という呼び掛けね。来ていただいた神職来訪者さんへのお願いは、こちらで出すわ」
多分突然自由に動く様になった手に驚いていた神殿長さんは、私の確認に一拍遅れて返事をくれる。
先程支えた際に、命に関わりそうだった穢疫、神経に浸食していた影蛇を、接触していた私の左腕に移したので、その影響だろう。
なんだか出来る気がしたのでやってみたのだが、問題なく出来た。複数のスキルが仕事をしていたのかEP消費が多くてちょっとだるい、紅茶(仮)に砂糖とミルクを多めに入れてEP回復をはかる私。…砂糖が溶け切らず、じゃりじゃりする…。
ちなみに、私の左腕に巻き付く様に浸食を開始しようとした影蛇は、私が左腕ちょっと重いな、と思っているうちに存在を薄くしていき、霧散してしまった。私、何もしていないのだが。モフは体当たりしてたけど、特に何の効果もなかった…なかった、よな?それともモフ何かしたの?と相変わらず私の膝の上をころころしている羽根付き真っ白毛玉を眺めつつ。
「了解した。それから、【カルマ値】とその処置の仕方も合わせて開示した方がいい。放出される【業】の量が少なくなれば、その分負担は減るだろう?」
それとも秘匿情報だったりするのか?と尋ねる私に、神殿長さんは頭を振る。
「そんな事はないわ。そうね、この世界の住人には当たり前すぎて話題に上らないけれど、来訪者さん達は知らないのね。『アナザーワールド』を創造った〔創世神アルカディア〕様は、運命を司る御方。この世界の根底には『因果応報』という不文律が組み込まれているのよ。なにかを頑張ればスキルが発現してよりいっそう上手に出来る様になるし、もっと頑張ればスキルレベルが上がってより効率良く、上手く出来る様になる。その経験を沢山積み重ねれば種族レベル…生き物としての強度ね、それが上がって、多くの場合は死ににくくなるの。努力が報われる仕組みね」
なるほど、レベル制とかゲームそのものだが、住人の方々はどう思ってるのかとか考えていたが、世界そのものがそういう仕組みなのか。良く出来ている。ちなみに、魔物を倒してももちろんレベルは上がる。その理屈は倒した瞬間放出される魔力を吸収してうんぬん。ありがち。
そして、自分が使徒として、また神官として仕える神様の御名を初めて知る私。
御名前あったのですね〔管理者〕さん。聞かなかった自分が悪いのだが、ちょっとショックを受ける私。いやだって、運営の方だと思ったんですよ!〔管理者〕が名前だと思ったんですよ!
「逆に、他者に迷惑をかけたり、倫理的に忌避される行動を取ったりすると【カルマ値】が増えていくわ。勘違いしている人が多いのだけれど、これは便宜的な呼名であって、なにかが溜まっている訳ではないのよ。溜まるのではなくて、減るの。具体的にいうならステータス、主に幸運にマイナス補正がかかるのね。このマイナス補正は、ステータスには記載されないから、当人が知ることはできないけれど、私達神職のスキルや、衛兵さん達治安維持職の方に支給される魔道具で判定が出来るわ。もっとも、魔道具でわかるのは設定値以上かどうかだし、神職者のスキルにしてもぼんやりとこのくらい、としか視えないから、正確にいくつマイナスになっているのかはわからないのだけれど」
そうなんですね!ときに、私の〈神眼〉には隣のはぐれさんのステータス、幸運の項目が、
幸運:51(-39【カルマ値】補正)
と、ばっちり映っているんですが、これ秘匿した方がいいのか。
それにしてもはぐれさんレベル高いな。敏捷極振りって話だけど、幸運も高い。私?私のステータスは幸運値だけバグっているから(注:バグではない)!
「そして、この便宜上【カルマ値】と呼ぶマイナス補正の量が幸運値より多ければ、当然幸運のステータスはマイナスになってしまうわね。そうなると、もう何をやっても上手くいかないし、それどころか角を曲がった途端に馬車にひかれて運悪く…なんて事もあり得るわ」
ステータス項目:幸運は、もともと不確定部分の決定に関わる数値だ。成功率やドロップ率、ランダム発生イベント遭遇率なんかに関係するらしい。
「この世界に来たばかりの方々にそのお話をするのは、神様の教えを説く神殿の仕事ね。ごめんなさい、失念していたわ…。」
しょんぼりする神殿長さん。小柄な老婦人が俯いてるの罪悪感が凄い。まずい何か言わなければ、と口を開く直前、私の神官服を握るはぐれさんの手に力が入る。
「…【カルマ値】と、【業】…関係、ある…?」
声ちっさい。ちっさいけれど、頑張って発言したのがわかる。
頑張りが報われたのか、神殿長さんに感応系のスキルがあるのか――多分後者だろう、隣の私も聞き取るのやっとだった――気を取り直して「そうね、その説明も必要ね」と頷いた神殿長さんから伺った話を纏めると、
・この世界には、地球には存在しない極小粒子、『魔素』があり、生き物は、己を構成する魔素と対象の魔素を己の思念を乗せた魔力で繋いで共鳴させる事で魔法を使う(既知情報)。
・そのため、生物の持つ魔力には思念が乗りやすく、これは意識せずとも常に生き物から放出されている放出魔力も同様。
・魔法を使う時と同様に、放出魔力に乗った思念は、無意識が思い描いた対象に届くと、魔素の共鳴により『力』となるが、魔法に満たない微かな『力』のため、この時点では何らかの現象を起こすに至らない。この『力』となった段階で、負の思念の力を【業】、正の思念の力を【徳】と呼ぶ。
・【業】と【徳】はこの『力』となった段階で相殺する。これを浄化と呼ぶ。
・この、相殺した段階で【カルマ値】は算出されているらしい?詳しい数値が視えないので、推測しかできないとか。…へーソウナンダー。面倒な事になる予感しかしないので、私は何も言いませんよ!
・大抵の生物は【徳】の量より【業】の量が多いので、相殺によって残った【業】が、放出魔力に乗って流れ出る。
と、こんなところだ。
ちなみに、【業】より【徳】量が多い場合――この街の神職の方々がそうなのだが――、【業】と違い【徳】は放出魔力と共に流れ出たりせず、生物の魔力の中に留まるそうだ。ちょっと防御力が上がったり、耐性が上がったりするらしい。これは私の勝手な想像なのだが、魔法耐性なんてものがあったり、呪詛(禁呪)の掛かりやすさに個々で違いがあったりする事から、生物の免疫的な機能が魔力にもあって、それが”良くない異物“【業】を放出、“有益な異物”【徳】を留めているのでは。もしそうなら、生き物スゲー。
そして【カルマ値】、【業】が全て相殺され、【徳】しか残っていない状態でも、これは【カルマ値】のまま、プラス表示になる様だ。
あと、少し気になったので聞いてみたのだが、通常の、つまり神職が引き受けず、浄化されなかった【業】はある程度の時間をかけて世界に溶けるそうだ。世界に溶けた元【業】は、世界の根底に組み込まれた不文律『因果応報』によって何らかのかたちで対象に返る。
うん、面白いな!この『ある程度の時間をかけて』っていうところが特に。
想像する。なんかやらかして多量の【業】を相殺出来ず放出したヒトが、何かのきっかけで改心し、聖人君子になったとする。放出した【業】は世界に溶けて、因果応報にしたがい、そうだな、落石としてそのヒトの頭上から降ってくるが、今のこのヒトは聖人君子。【カルマ値】プラスで幸運上昇、転がる落石が崖の出っ張りで僅かに向きを変えて九死に一生とか。
この世界の『因果応報』には、温情がある気がする。『因果』が『天罰』になるまでにある猶予しかり、【業】が【徳】で相殺出来る仕様しかり。
やらかしの責任は取ってもらうが、執行猶予付けるので、その間に積んだ善行も考慮します、的な。
優しげで真面目そうな、白虹色の美女の微笑が脳裏に浮かび、〔管理者〕さん=運命を司る〔創世神アルカディア〕様、の図式をようやく実感した私。
あれ、そういえばこの神殿の神職の方が引き受けて浄化した【業】は何処に行くんだろう?対象者が【徳】と相殺したのとは扱いが違うと思うのだが。
神職の皆さんは、相殺と同じだと考えてるっぽいけど、多分そうじゃない。あの真面目で公正――私のステータス見るとちょっとあれ、公正…?となるんだが、多分、きっと、メイビー公正――な、〔管…〔創世神アルカディア〕様がそこを見逃すとは思えない。
もしかして、他者に引き受けてもらい、浄化された【業】は、即座に世界に溶けるのか?どうしよう、それが正解な気がする!
猶予オフ、『天罰』待ったなし。
まずいこれ一刻も早く開示すべき情報だ。この『因果応報』システムを来訪者(特に【カルマ値】が高いだろうベータテスター)にさっさと理解させて、自己相殺してもらわんと、衛兵さんが言ってた――あれ言ってたっけ?まあ良いか、言ってたということで――通り周り巻き込んで崩壊する!というか、この神殿崩壊カウントダウン、そういう事なのか?
「…拡散、してくれそうな…知り合い、いる…。神殿前、見掛けた…。連れて、来る…!」
そんな話をしていたところ、私の隣に静かに腰掛けていたはぐれさんが、決意に満ちた声で宣言すると、私が何か言う間もなく走り去って…移動時のはぐれさんは速すぎて私のステータスでは目で追えないのだが、多分走り去って行った。
…私が何も反応出来なかったのは、けしてはぐれさんに知り合いがいる事にびっくりしたからではない。あと、決意に満ちてはいたが、やっぱり声はちっさかった。
さて、はぐれさんが多分感応系スキル持ちの知り合いの方を連れて来る迄に、私は私の仕事をしよう。
手順はさっき〈神託〉で伺った。タイミングも『いつでも大丈夫です』と許可いただいた。
あと必要なのは私の覚悟とEPだけだ。
「…神殿長、いや〔水神の使徒〕レイニーブルー殿」
突然名乗っていない神授銘を呼ばれて目を見開く神殿長さんに、半ばやけになった私は語りかける。
ちなみに、名乗っていただいた神殿長さんのお名前は『マリーテレーズ』枢機卿。
ステータスの表示だと
氏名:マリーテレーズ=レイニーブルー
となっている。
「今からここで見聞きすることは、どうか内密にしていただきたい。私も、私の仕える御方も、目立つことを好まない」
異なる神に仕える使徒同士が約定を結ぶ際の、古いしきたり。正式な神授銘――『〔◯◯神の使徒〕△△』という形式――で呼び掛け、要求を口にし、自らも正式に神授銘を名乗る。私の場合は、
「私は、〔創世神の使徒〕アルカンシエル。約定を結んでいただけるのならば、貴女方とこの神殿の窮状を、なんとかしよう」
こうなります。
うん、ちょっと偉そう?無礼だっただろうか、私の中の『使徒』って下手に出るイメージがなくてですね、聖職者ロールとはまた違ったロールになるというか…。
「…〔創世神〕様の使徒…まさか、本物の虹の旅人様…?」
偽物とかいるのか。あと、『虹の旅人』って、なにその絵本のタイトル的な感じ。厨二病とはまた違った恥ずかしさがあるんですが!…よしスルーしよう。掘り下げても良いこと無いと私の勘が言っている。あと、話が進まないとはぐれさんが帰って来てしまう。
「し…失礼致しました、〔創世神の使徒〕アルカンシエル様。もちろん、もちろんですとも!あなた様の御心のままに。私、〔水神の使徒〕レイニーブルーは、これからここで見聞きした事を、神の御元まで持って参ります。我が神、〔水神サフィルス〕様の御名に誓います」
はっと我に帰って宣言してくださる神殿長さん。ちょっと興奮気味というか、夢見がちというか、それこそ絵本の中の英雄を見る様な眼差しを向けられて戸惑う私。
…まあいいか、やることは変わらんし!
スルースキルを遺憾なく発揮して、おもむろにインベントリから一本の水薬を取り出して、そのまま飲み干す。
ちょっと本当に口に入れていいか躊躇う鮮やかなエメラルドグリーンかつ仄かに光を放っていたりするが、こういうのは勢いが大切!ぐびっといきますよ!
アイテム名:技巧神の無限薬瓶/薬神のEP枯渇防止薬
種別:アイテム/消費アイテム
レア度:測定不能(神器)/神話級
効果:時間停止、無限復元、使用者制限、自動帰還/EP枯渇防止、使用者制限
技巧を司る〔地神〕が時空を司る〔月神〕の協力を得て作成した薬瓶。封入した水薬は劣化を起こさず、何時までも使用可。また、使用後しばらく収納へ入れておく事で、使用したものと同じ水薬が湧く。使用者の体から離れると、その収納へ戻る。使用者限定:シロ。
/薬学を司る〔木神〕が作成したEP枯渇防止薬。効果時間中はEPをいくら使っても0にならず、無限に使用可能。効果時間:使用者のレベルに依存。使用者限定:シロ。
おや、見た目の印象に反して爽やかなハーブティー風味、レモングラスっぽい。
チートアイテム?その通りですが、なにか?
まあ、これに関しては、今から使用するスキルの運用の為だけにいただいたものなので、語る事はない。
【称号《神々の祝福》付随スキル】〈降臨〉使用。対象は〔創世神アルカディア〕
瞬間、装備していた〔幸運猫の仮面〕が光の粒となって消え、私の意識は部屋を見下ろす俯瞰視点となる。幽体離脱したらこんな感じなんだろうか。あいにく霊感の類いは全くないため未経験だが。
私のアバターの髪が重力から解き放たれた様にふわりと浮き、その色が根元から見る間に戻る。白銀から白虹へ。
飾りも何もない『初心者の神官服』が光のベールのごとく揺れ、まるで水中花の様だ。
ゆっくりと開かれた白虹の双眸が穏やかに微笑する。
淡い七色の燐光を纏い、自身もやわらかく発光する〔創世神アルカディア〕様イン私のアバター。うん、神々しい。神様だから当然だが。
しかし私のアバター、客観視するとやっぱりすごい派手!仮面、仮面はどこですか?失くなったりしないよな?…良かった、インベントリにある様だ。
『我等が恩人、使徒アルカンシエルの願いにより、わたくし〔創世神アルカディア〕が神力を行使します。使徒アルカンシエルの願いは【この神殿所属の神職者全ての穢疫の治癒】、【この街の【業】の浄化による崩壊の一時停止】。そして【他者により浄化された【業】の『因果』変換へ猶予を設ける】事』
幽体状態(?)の私を視た〔創世神アルカディア〕様が、ふんわりと微笑む。
優しいですね、と言われた気がするが、私は面倒事も寝覚めの悪い思いも御免なだけだ。神殿長さん達真の聖職者の前で何を仰るか。あ、言ってないか。
『慈悲深い使徒アルカンシエルが心を痛めないよう、全ての〈神託〉スキル保持者に《失われた教典》を授けます。よく確認し、今後知識不足からの危機の無いよう務めてください。加えて穢疫状態を視ぬける者が一つの街に一人以上存在しないのは問題です。〔水神サフィルス〕へ要請し、〈浄眼〉スキル保持者を増やします』
だから私は慈悲とか所持してないと。確かに称号《慈悲の化身》はあるが。
そしてモフ、私、今実体無いんで、肩も頭もすり抜けるから、女神様のとこ行っていいぞ?ちょっと今、神様降臨してるのに御使いが寄り付かず、何もない天井付近旋回してるという謎の状況に。
もふもふ!パタパタ!
や!あるじといる!
うん、可愛い。
秒で絆される私。実体に戻ったらもふろう。
『〔水神の使徒〕レイニーブルー』
「…っ、はい」
声を掛けられるとは思っていなかったのか、カーペットの上――良かったこの部屋カーペット敷いてあって――に跪いた神殿長さんが上擦った声で返事をする。
『民に尽くす姿勢は立派ですが、神官とは世界と民とを繋ぐもの。世界の摂理を知らしめ、民を導くもの。神職者は民の保護者ではないのです。ヒトの負の部分を神殿が負担するのではなく、負の部分も正の部分も皆で分かち合い、受け入れなさい』
「承りました。必ず、そのように」
深く深く頭を下げる神殿長さん。
『名残惜しいですが、そろそろ時間切れです。使徒アルカンシエル、あなた様の旅路に幸多からんことを』
にっこり微笑んだ〔創世神アルカディア〕様の背に光の翼が広がる。淡い七色の光で形作られた5対10枚の翼が、壁を透過し、天井を越えて大きく大きく上空に広がると、神殿を包むように閉じて、そのまま無数の光の羽に変わったのが、私の〈神眼〉に映る。
羽は満遍なく神殿へ、街へと舞い降りて、七色の光の粒に変わっては穢疫を抱えた神職の方に降り注ぎ、凝った影蛇を消してゆく。空中で弾けるのは、【業】を浄化しているのだろうか。
さすが神様、やることがでかいな!そしてエフェクトが派手!
街ゆく人々皆口開けて空から降る光の羽見てるし。
なんだか地面に跪いて祈り始めちゃった神職の方いるし。
一部推定来訪者が狂喜乱舞(?)してたりするし。
あ、はぐれさんとはぐれさんに捕まった格闘家っぽい来訪者発見。
と、ふっと視点が俯瞰からアバター視点に戻り、目を瞬かせる私。頭の奥でぴろんぴろん鳴ってるのは多分レベルアップのファンファーレ。
ああ、女神様、帰ったんですね。そして神殿長さん、土下座やめて!
女神様は主人公=世界の恩人ということを隠す気がありません。
普通使徒に神様が『あなた様』とは呼び掛けない。




