11.問題を発見する
もうこの長さが普通に。
ちょっと説明多めの会話回。
待つことしばし。いや、かなり。
はぐれさんは焼き菓子を食べ終わり、私はポットから紅茶(仮)のおかわりをセルフサービス。はぐれさんにもサービス。
膝の上を転がるモフを撫でながら、はぐれさんと雑談しつつ――はぐれさんにフレンドが一人もいないと聞いた時、そうだろうなと思ってしまった私は悪くないと思う――フレンド登録を何とか済ませた頃に、漸くドアがノックされた。
外から聞こえた足音が杖を使っている様だったので、扉を開けに行く私達。
いや、はぐれさんは座ってていいんですよ?
扉を開くと、そこに立っていたのはシンプルな、けれど凄まじく性能の高い純白の神官服を纏った小柄なご婦人。左手に握る杖は歩行の補助と魔法の補助、どちらも高レベルで行える代物の様だ。
もちろん当然の様に発動した〈神眼〉で視た結果ですが、なにか?
もうこれスキルの制御云々より、私が慣れるべきだろうか、自動発動に。
レベルは驚異の63。メイン職、枢機卿〔水神の使徒〕サブ職、神官長〔光神〕、称号欄には《神殿長》の文字が!
だが、私が気になったのはそこではなく…、
「あらあら。仲良しね?」
掛けられた朗らかな声に、私はそれから視線を引き剥がし、にこにこと楽しそうに微笑む神殿長さんへ一礼する。
そして“仲良し”発言は絶賛スルー。
私としては何故こんなに懐かれているのか謎なのだが、私の神官服の腰の辺りを遠慮がちではあるが掴んで離さないはぐれさんが満足げに小さく頷いているので、空気を読んで。
あれか、はじめてのフレンドが嬉しくて、テンション上がっちゃってる感じか。えらく静かだから気付かなかった。
普通はもっとこう、わかりやすく騒ぐものだと思うのだが…、確かにはぐれさんが跳ねたり叫んだりする図は想像できんな。
基本表情は動かんし、動作は静かだし、声ちっさいし。もうちょい自己主張してもいいんですよ?
なんて事をつらつら考えながら、神殿長さんの理想的な年齢の重ね方をした佇まいを眺めて口を開く私。
「エスコートは必要か?」
あ、うっかり素の口調が。
「まあまあ。こんなおばあちゃんでいいなら、ぜひお願いしたいわ。ふふ、新しい使徒さんは紳士なのね」
私には『お仲間』が『使徒』に聞こえたが、多分はぐれさんには聞こえていない。
【種族スキル】[猫妖精の耳]が仕事をしている様だ。
[猫妖精の耳]:種族〔猫妖精〕固有スキル。現身のないものを視、声にならない声を聴く。自動発動スキル
猫が何もないところ目で追ってるあれ、と理解した私。嬉しくない…。
あれ、だがもしかして私がモフの声(?)や、はぐれさんの感情がなんとなくわかるのってこのスキルのおかげ…?
いらん子と思ってすまんすまん。あなためっちゃ有能でした。
だがしかし、〔猫妖精の『耳』〕なのに“現身のないものを『視』”れるのおかしいと思う。もしや猫耳とは聴覚を超越した感覚器なのか…。
密かにおののきながらも差し出した左手に、手袋をした神殿長さんの小さな右手が乗る。
背筋を走る悪寒を無視して支え、いつの間にか神殿長さんの左側やや後方にまわり込んで不測の事態に備えるはぐれさんと共に、彼女をゆっくりとソファへいざなう。彼女が腰を下ろして小さく息をつくのを確認してから、支えていた右手を解放して。
「もし答えたくなければ、答えなくて構わんのだが。それは、祓わんで良いのか?」
躊躇いつつも口にする私。
微かに首を傾げるはぐれさんと、はっと息をのむ神殿長。
私に答えを急かすつもりはないので、神殿長の対面、もともと座っていた席へと戻る。またいつの間にか私の隣席へと座っているはぐれさん。さすが敏捷特化。
「驚いたわ。よく視える眼をお持ちなのねえ」
ふふ、と笑った神殿長さんに隠すつもりはないようで、「別に秘密ではないのよ」と、かいつまんで事情を話してくれた。
この惑星、『アナザーワールド』には、《レイ・ライン》と呼ばれる魔力の通り道が無数に走っている。その《レイ・ライン》上で、魔力が地上に吹き出している場所を魔力溜まりといい、魔物が湧いたり、希にダンジョンができたりするのだが、それは今は置いておく。
吹き出しているところがあれば、吸い込んでいるところもあるわけで、それがこの街、というか、ぶっちゃけこの神殿の地下にあるとのこと。
何故そんなところに街を作ったのか、と思ったのが顔に出ていた様で、
「魔力引込孔の周りに街や村を作るのは珍しくないの。魔力溜まりとは逆に魔物が湧きにくいし、魔力が薄いから、強い魔物は好まない環境なのね。ヒト種が生きて行くのに適しているのよ」
と神殿長さんに教えていただく。
ちなみに、ヒト種は魔力変換機の役割も持つ魔石を持たない為、惑星の魔力――生き物の持つ魔力と区別する為に“マナ”と呼ぶらしい――を直接取り入れる事が困難なのだそうな。呼吸や食事等で魔素を取り入れ、魔素に含まれたマナを材料に、自分が使いやすい魔力を自己生産しているので、マナが薄かろうが濃かろうが、関係なく生きられるとのこと。
隣のはぐれさんが、感心したように
「…だから…この街のまわり、魔物弱い…。離れるほど、強く、なる…」
とぼそぼそ呟いたのを、私の[猫妖精の耳]が…長い、もう猫耳でいいや、猫耳が拾ったので、マナの濃さというのは実感出来る程エンカウントする魔物の強さに影響を及ぼすらしい。
「ここからが本題ね。と言っても、単純な話なのよ。魔力引込孔に引き込まれるのは、魔力と呼ばれるもの全て。ヒト種の放出した魔力ももちろんそう。だけど、ヒト種の魔力は、不純物、それも負の念が混じりやすい。私たちが【業】と呼ぶものね。もちろん、魔力と【業】は性質が全然違うし、しばらくすれば自然に分離してあるべきところに還るのだけれど。でも、ここはヒトの生活と魔力引込孔が近すぎて、自然に分離する前に引き込まれてしまうのね。魔力引込孔に多くの【業】が流れてしまうと、大変な事になっちゃう…かも知れないの。だから、私たち神官が魔力引込孔に引き込まれる前に、魔力から【業】だけ分離しているのよ。フィルターみたいにね」
にこにこと微笑む神殿長さんだが、顔色は良くない。
そして、神殿長さんの話に【業】の単語が登場してから、はぐれさんの顔色も良くない。
隠しステータス【カルマ値】と、放出魔力に含まれる【業】。
無関係ではないだろう。名前が一緒だし。
そんな顔色の良くない二人に囲まれた私だが、私は…どうなのだろうな?別に体調は悪くない。左腕は重いが、動作には影響がない。
そしてモフ、なんとなく気持ちはわかるが、左手に体当たりするのはやめろ。健気で可愛いのだがくすぐったい。
「ここからは、ちょっと横道にそれるけど、私たちが【業】と呼ぶものについての話ね。【業】というのはね、つまりは負の念の塊なの。それ以上でも以下でもないし、善でも悪でもないわ。“負”の感情の塊だから、“正”の感情で中和できるの、だから私たち神職にあるものは、放出魔力に混じっている【業】を引き受けて、中和する。…浄化と呼んでいるけれど、昔からそうしてきたの。住人の方々から尊敬されているのはそのせい。ふふ、だてにこんな大きい神殿に住んでるわけじゃないのよ?」
茶目っ気を覗かせてえへんと胸を張る、かわいらしいご婦人。
「そんな感じだから、この街では神職を志す子も多いし、その子たちを養うポテンシャルも十分あるから、今までうまくまわっていたのね。だけどね、今、街に人が沢山増えたでしょう?だからちょっと、浄化をする人手が足りなくて」
「使徒さんには視えているのね」と、少し困った様に首を傾げる神殿長さんに、無言で頷く私、視えている。視えているのだが、正直どこまで視えていると答えていいかがわからない。
「私はね、戦いは不得意だけれど、浄化なら得意なの。他の子より効率良く浄化できるわ。だから、少しだけ無理をして、私の浄化出来る以上の【業】を引き受けたの。しばらくすればまた浄化できるようになるし、今だってちょっと動きづらいだけ」
そう、笑って見せる神殿長さんだが、そんなはずがない。私の〈神眼〉には、彼女の体表にまとわりつく黒い靄の奥、身体の奥を蝕む影で出来た厚みのない蛇の様な、奇妙なモノが映っている。
穢疫(状態/病:固定化)
体内で【業】を圧縮した事により生じた澱が、長い年月を掛け少しずつ身体の奥へ蓄積、呪詛に似た、内臓を蝕む効果を発揮する様になった状態。神職者の罹患率が高い。状態が固定化しているため、状態異常とは判定されず、ステータス及び鑑定系、眼系スキルには『衰弱』と表示される。澱の浄化は困難。
視えた【状態】がこれ。
状態異常とは判定されないとか、ステータスにもスキルにも『衰弱』としか表示されないとか不穏不穏!原因不明の内臓疾患起こすやつだろこれ。
思わず握りこんだ両手、もう左腕にだるさはない。発動しっぱなしの〈神眼〉で視ても、全く異常はない。
モフがもふもふと擦り寄っているが、そちらにも異常は見られない。
なに?眼系スキルでも視られない【状態】がどうしてわかるのか?
【使徒スキル】〈神眼〉
運命を司る〔創世神〕が、使徒アルカンシエルに与えた自らの権能。アカシックレコードに接続されているため、全てを視通す事が出来る。任意発動スキル
神殿長さんに会った瞬間からずっと発動しっぱなしのこの自動発動スキルのせいです。任意とは一体…。
アカシックレコードが何なのかいまいちわからんが、文字通り神の眼なので基本視られないものはない、らしい。
現に、意識を向ければ神殿内の人々の状態から、それぞれの【カルマ値】、魔力引込孔へ集まってくる魔力と【業】の量。それを取り込んでいる神職の方々の状態、そして、崩壊までのカウントダウン。
情報量が多すぎてちょっとくらくらするが、非常にまずい状況なのはわかった。
都合が良い事に、ここは神殿内。開始早々で申し訳ないが、『気軽に声をかけてください』と言って下さった〔管理者〕さんを信じて、サポートをお願いする。
【使徒スキル】〈神託〉発動。
途端に停まる時間。いや、非常に緩やかに流れているのか、あるいは私の意識だけ加速している?
まあ、はぐれさんと神殿長さんの前で呆けるのもアレなので、とてもありがたいのだが。
…うん、一時的になら、私にはこの状況をなんとか出来る。
いや、私にではないな、私に制御はできないので、サポートを申し出て下さった〔創世神〕様のお言葉に甘えさせてもらう。
と云うか、〈神託〉で話をさせていただいた〔創世神〕様の声が、どう考えても〔管理者〕さんなんだが!
ちょっとそんな予感はしていたけども、私、神様にアバター作成丸投げしちゃったのか…。
微妙な気持ちになりながらも、すっかり冷めてしまった紅茶(仮)に伸ばしかけた右手を眺めて、不思議そうに瞬いた神殿長さん、それから静かに隣に座るはぐれさんへと私は口を開く。
…別に構わないんだけどはぐれさん、座ってる間もずっと私の神官服握ってるけど、そろそろ皺になりそうだからちょっと力緩めてくれんか。
はぐれさんはぼっち、だが主人公も他にフレンドはいない準ぼっち。
そしてチートが過ぎる主人公。
戦闘能力なしの為他プレイヤーに影響しなかろうと管理AIに一任した運営、一任された管理AIが世界の恩人の為、妥協も自重もせずアバター作成した結果。




