第1話「殺害現場」
意味があること。
意味のないこと。
すべてのものごとに、何かしら人は分別つけたがる。
そのくせして、世の中は曖昧なもので出来上がっている。
これは、こう、
それは、そう。
いや、そんなに捉える必要があるのか?
少年は少しひねくれていた。
そして、少女も同じくひねくれていた。
タンスカポンタン・アポンタン。そんな意味のない言葉に、意味をもたせようとして。
強烈な出来事に、彼はものすごい声を荒げた。
「あっぱぁああああああああああああああああああああああああああああああああい!!」
アッパイ。
急に叫びだす少年に、驚きもなく少女は冷静に返す。
「おっぱいが何だって?」
「誰もおっぱいとはいっていない。それに近い言葉だ。アッパイだ。アップルパイの親戚みたいなもんだ。なあ美城よ、こういう単語にはなんで無性に叫びたくなる魔力があるのだろうか」
「君の脳みそが小学生で止まっているからにほかならないからだろう? なに、欲求不満か?」
「世の中の男子高校生は欲求不満で溢れている。主に性欲で」
「近所でも評判の美少女と言われている私の前で言うことに何のためらいもないのかい」
「近所でも評判って、おまえ学校ではどうなんだよ」
「それはさておきだね」
「いや、さておくよ」
よくある話で学園一の美少女だとかクラスの美少女だとか言うが、近所でも評判の美少女のそれは、小さい子供がかわいいという世間一般的なものの見方の捉え方なのではないだろうか。もちろん、異常性癖者を除いてだ。
まぁ、美城エレナは可愛い方だと思う。
こんな異常なことをしていなければ。
髪は明るめの茶髪(わりと校則はゆるい)ロング、両耳ピアスにミニスカ。
アメリカ人とロシア人とのハーフらしい。そのくせ英語はしゃべれない。
よくある成績優秀、頭脳明細、文武両道という言葉は一つも当てはまらない。そのあたりにいる普通の女子だ。
見た目だけ、ちょっと変わってる、いや変わってるといったら失礼か。
おまけにちょっといい匂いがする。シャンプーだろうな、多分。
「けどよ、意味のわからない言葉を叫んでられないと、やってけねえよ。この状況」
「そうだね。君は今、叫ばないといけない状況にある、だって君は刺されていて、僕は刺しているのだから」
「おう、だから刺されたときの叫びがアッパイでもいいじゃないか」
美城が刺したナイフは腹に刺さっていて、そこから赤い液体が流れ出している。
かなりの出血量だ。
そう、俺は美城に、刺されているのだ。
ここは屋上、昼休み。
昼食を一人で食べ終えたら突如、彼女が現れ、俺の腹部を刺したのだ。
あまりにも衝撃的な瞬間に、俺の脳は追いついていないのか、痛みは何も感じないらしい。
痛覚が死んでいる……。
「今回の私の行為、殺意がないといけないけど、何が原因にしようか?ストーリーを深くさせるためにも単なる痴情のもつれじゃ面白くないよ」
耳に直接言葉を吹きかけてくる。突然近づいたのでびっくりした。
「面白い面白くないの問題か……?」
「そうだね、実は君が世界を危機に貶めるような悪の大魔王だったということにしようか、そしたら私は正義の味方だ」
「急にファンタジーになったな、お前そういうの好きだっけ」
「創作物は全般好きさぁ。世の中にはいろんな物語が溢れている。毎日色んなものを読むのが楽しみで仕方ないね」
創作物が好き、か。
俺はため息を付いて答えた。
「俺は嫌いだなぁ。」
「何故だい?」
「いやよ、創作物て、“何者かじゃないけない”じゃん、その登場人物が正義の味方とか、悪とか、ヒーローとかヒロインとかさ。例えば美城が“学園の美少女”であるとか、俺がその美少女にたぶらかされる“冴えない高校生”とか」
「その口ぶりだと結構読んでそうだけどね、創作物」
「嫌いなものは読んでから嫌いになる」
「いい心だけだ。ますます興味深くなってきた」
「興味深くなったところで今日の俺は死ぬのだが」
「それは残念だ。じゃあこれから私はシャーマンにでもなって、君の魂と永遠に語り明かしたいね」
「キモいわ!!」
「冗談だよ。やっぱりハーレム系主人公が最初の女に刺されたことにしようか」
「俺最低男だな」
「ええ、江戸谷くん最低だね」
「なにもしてねえよ!!」
そして、美城は時計を見て急に素に戻る。
豹変ぶりにかなり驚く。
「あ、予鈴まえだね。そろそろこの辺にしておこうか」
「は?」
「知らなかったのかい、これはフェイクだよ」
「なんじゃこりゃぁ~!?」
と、俺は某警察ドラマの俳優のセリフを思わず言った。
「世代じゃないのによく知ってるね」
「今までの茶番だってことか!?」
「うん、痛くなかったでしょ?」
「あ、あああ……。なんだよ、今日俺の人生が終わったと思った」
「なるほど、やはり殺人は罪だね」
「今の行為殺人未遂じゃねえか?」
「予め伝えておいたじゃないか。今日は君を殺す(ようにみせかける)日だって」
「だからそれ捕まるぞ」
「仕方ないよ」
「し、仕方ないってなんだよおい、これどうすんだよ」
「クリーニングしておくから、替えの制服お願いしたよね?」
「ああ」
美城は、刺していたナイフを外し、ビニール袋に入れる。
腹を見ると、血のような液体がついているが、これは正確には江戸谷の血ではない。
美城が作った、自作のフェイクなのだ。
そして傷もついていない。ナイフはマジック用のナイフで、刺したら刃先が隠れてしまうやつだ。それに刃も本物ではない。
そう、これは、ただの、茶番。
今まで俺は、美城の殺人者と被害者という奇行につきあわされていただけなのだ。
これ、通報されてもおかしくないよな……とドン引きしながら江戸谷はシャツを着替えた。
「女の子の前で着替えるんだ、えっちだね」
「おまえがそうさせたんだろ!?」
誰が好きでこんな超めんどくさい茶番劇に付き合うことになったのは、わけがある。
「……で、ご満足かな?タンスカポンタン」
「またそれかよ、お前は何と話しているんだ」
「君を守るためさ」
タンスカポンタン・アポンタン。
たんに、ゴロが良いという、特に意味のない言葉である。
と、俺は思っている。
彼女は本当に頭がおかしい。病院に行ったほうがいいレベルだ。
それに素直につきあっている自分もどこか変だ。
その言葉がもつ意味を俺は知らない。
いや、そもそも興味はない。
しかし今日の行為は本当に驚いた、殺されたのかと思ったよ。
これは、そんな変な少年少女の物語。
普通じゃない日常の物語。
(は、はぁあ……マジ何やってんの私……ノリでやったけど恥ずかしすぎ!!クサすぎ!!昼ドラの見すぎ!! 近かったし、江戸谷くん変な下ネタ言うし、なんなのもう!!)
(実際にあんな女いたらひくわ、ぜったい友達できないわ、なんかやばい薬とかやってそう……)
(大丈夫かな、江戸谷くんの言う通り警察に呼ばれたりとかしないかな、引いてないかな。も、いいよね、うん、全部タンスカポンタンが悪いんだから!!)
タンスカポンタン・アポンタン。
たんに、ゴロが良いという、特に意味のない言葉である?