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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編集】

甘美なる。オーバーライン・オンライン【短編版】

作者: 朝日あつ





痺れ。

動きを持ったそれは、四肢末端から伝わり全身へ広がっていく。

それらは酷く視界を薄めるのだ。

わずかに残る明かりさえ、瞳を閉じた先の不定な模様に薄れて、暗色に落とされる。


冷たい私の体。

スノードームのように、体の内部で電気の粉が舞い混ざる。


だが、まだ遠い。

死者が在るべきところに還れそうな、……そんな平穏を与えてくれない。

偽りだとしても、確かな終わりを感じたかった。


これには何もない。

同じ症状が、かれこれ一時間ほど続いている。





 表の扉が開く音がした。


「リグレット、生きているか?」

「あ、ユーヤさんですか? ごめんなさい、今取り込み中でして……」


 考えてみれば会話ができる事も変だ。


「済まん。少し時間を置く――」

「ま、待ってください!」


 このまま去られてしまうと、暇になる。


「その……。失敗したので、手を貸してもらえませんか?」


 近づく足音と床のきしみも聞こえる。

 このところ、一番の失敗作である。


「何か足りない素材があるのか?」

「いえ、これ以上は見込みがないので、……諦めます」

「そ、そうか」


 少し声が遠いと思ったが、床に寝転ぶ私とでは距離ができるものだ。


「ユーヤさんから見ると、どんな感じですか?」

「普通だな」

「あ。外見は良いんですね」


 近くに屈んだらしく、肌に風が届く。


「なあ、薄着でする必要あったのか?」

「今度のは汚しそうだったので……、まあ失敗ですけど」

「……そうか」


 おかげで、粗相をした時の掃除を任せずに済む。

 まあ、見られた経験があるため、向こうも驚かないだろう。


「あのユーヤさん」

「どうした?」


 おそらく、上半身を抱きかかえられた。

 背中や肩を触れられる感触があるのだが、重力が足先に向かっている錯覚がある。

 いまいち確信できないのは、薬の影響で感覚が狂ったせいかもしれない。


 腕を伸ばしてみると、人の腕に当たる。

 いつもの薬が相手の奥側にあるため、手が届かない。


「脇に置いてある、”終了薬”ください」

「これ……。その呼び方、好きなのか」


 終了薬は終了薬でしかない。


「嫌いですよ。嫌いだからその名前なんです」

「まあ、いいけど」


 支えられている背中から熱が伝ってくる気がする。

 今日は非番だから鎧も付けていないのだろう。


「入れるぞ」

「はい」


唇に小瓶が触れて、温度差を感じる。

やはり、寒さも錯覚だったか。

傾けられた容器から流れた液体が口内に圧倒的な熱を生む。

「あぐっ」

通り過ぎる喉が焼かれる痛みで、反射的に空気を吐き出す。

「あっ、あう、あ、んぐ、ぁ……」

呼吸を行う筋肉が押し潰すように肺を動かし、喉の先から音が鳴る。


表皮に近い血管が脈打つ音と動き。

肌の伸縮を点々と数える間に、私は死んだ。





 目覚めるのは、自室のベッドの上。

 何もかもが正常になった私がいる。

 昼の光が眩しい。


 手首にある腕輪を確認した後は、急ぎ、身を起こして部屋を出る。

 下りの階段だけ踏み外さないように進んで、表の店舗に踏み込んだ。


「ユーヤさん、お待たせしました! 今日は何を買ってくれるんですか?」

「少し待つから、着替えろ、馬鹿!」


 使用済みの小瓶が、カウンターの上に置かれている。

 相変わらず、几帳面な人だ。


「馬鹿って、なんですか! それを言うなら、私の商品を買う、ユーヤさんだって馬鹿です!」

「俺も馬鹿でいいから、頼む。……その服装で表をうろつかないでくれ」


 つなぎの作業着を着ていない。

 接客するのに下着姿に近いのは、あまり良くない。


 現実と違って、ずさんな管理で構わないため、意識しないと雑になるのだ。


「あー。確かにそうでした」


 申し訳なくも、着替えを待ってもらう事にした。

 お菓子と果実水を出したので、印象悪化も防げただろう。


 生き返ってからの道のりを逆往復。

 そんなわけで万全の準備をもって、接客に努める。


「いらっしゃいませ。今日は何をお求めですか?」

「向かいの人がまた熱を出した。解熱と喉薬を頼まれてな」

「解熱と喉のお薬ですね。わかりました」


 私のお店は売り物が売り物なので、毎回客の要望を聞いてから提供する。


 会話を前提とするなら、世間話を持ち出すタイミングも増えることになる。

 この接客方法は自分に合っている。


「でも、ユーヤさんも作れますよね」

「こういうのは、本職の方が信頼できるだろう」

「そうですか? お使いを頼まれる時点で変わらないと思いますよ」


 売る者も大事だが、運ぶ者も信頼できる相手を選ぶだろう。

 途中で薬を取りかえられたりすれば、どうしようもない。


「これも信用だ」

「まあ、買ってもらえる分には助かりますけどね」


 接客する空間にある棚と机は、どこも空である。

 一見、廃業寸前の店のようだが、危険な薬もあるので表に出さないようにしているのだ。


 裏から商品を持ってくる面倒もついてくるが、これは仕方がない。

 表に留まる時間が少ないため、防犯面でも用心している。


 きっちり商品を揃えて、お金と交換する。

 五日分だと、それなりの金額になるが、この世界の薬とはそういうものだ。


「それにしても、しばらくぶりですね。以前は娘さんが来ていたのに」


 そう。偶然にも、この店で顔を合わせて以降、この男が頼まれるようになった。

 以前から知り合いだったみたいだが、働きだした娘さんにとっては救いの手だっただろう。

 店から家まで距離があり、往復には時間がかかる。

 この町の住民は忙しい。


「たしか、シエラさんでしたよね?」

「ああ。針子も在宅作業とはいかないらしいからな。半分寝込みの介護でも難しい」


 長く寝込んでいた分、体力が衰えていたか。現場復帰は中々難しいかもしれない。

 今でさえ、娘さんへの負担を考えて無理に動いている可能性もある。


「美人ですから。早く看板娘として戻って欲しいですね」


 シエラさんは飲食店の接客担当で、目当ての常連はかなり多かった。

 子持ちとなると年齢的に最前線を離れるものだ。

 成人手前の子供がいて人気が続くというのは本人の努力によるもの大きいだろう。

 言っていいものか分からないが、早期に夫を亡くしたという境遇もある。


 一時期、住所を探られて厄介なストーカーが現れる事件まであったくらいだ。

 常連に混ざって対処に当たっていた、この男も結構な愛好家だろう。


「これまで続けていた方が珍しい。次戻っても裏方作業に入るんじゃないか」


 表に出すのを嫌う。

 まあ、近所では付き合いも多くなる。焦らないのも当然か。

 病状にも詳しいだろうから、そういう心配もあるかもしれない。


「まさか、娘さんが成人したら余生を一緒に過ごそう、なんて言ってませんよね?」

「ふざけたこと言うな。生きる時間が違うんだ」

「そんなの気にせず、暮らしている人も多いんですけどね」

「この先も続くか、わかんないだろ……」


 男の言い分は、まったく正しい。


「向こうも承知の上で考えてくれると思いますよ」

「呪い人なんて、無理さ」


 この国の歴史からすれば、呪い人という呼び名も信用できないものだ。

 時代時代の異邦人に対して、都合よく使っているだけ。


「そんなの挑んでから言ってください。一期一会。逃せば次は無いかもしれません」


 実際、本気で悩んでいるかは本人しか知らない事だ。

 私としては冗談でもいい。


「卑怯なこと言いますけど、うちのポーションで一発プロポーズしてくれてもいいんですよ」

「国賓かよ」


 友情価格ということで、無担保、無利子の大特価だ。

 これまで素材収拾に協力してくれた分、多少割引いてもいい。

 失踪される心配も少ない。


 なお、私の薬で命が救われた例は少ない。


「まあ、選択肢として覚えておいてください。いつでも協力しますよ」

「それだと、金で買ったみたいで、自尊心が傷つく」


 うわー、乙女チック搭載している系の男子だ。

 もう、一生ファンタジーに生きてろ。


 そして、あわよくば、男に絆されてほしい。

 攻めでも受けでも映えるから、いいよ。

 一時の暇潰しくらいにはなる。初心者向けのお得な男だ。


 あ、もう、すでにファンタジーだった。

 という冗談は置いておく。


「はぁー、美徳ですか。世の中、金ですよ。安定した生活を求める人なら、なおさら――」


 生きていけなければ無駄。愛なんて、その先でいくらでも得られる。

 そんな考えで生活する人が大抵だ。


「……まさか、老いに追われる女性達がわざわざ精神性なんて見てくれると思います?」


 この街でさえ、大金を見せて歩けば、いくらでも女は選べるだろう。

 実行すると、襲われたり捕まる方が早いという注釈には言及しない。


「実際、そうなんだろうな。付き合ってから育めばいいだけの事だ」


 育むなんてポエミーな言い方だが、内容は至って的確。

 やれば、できる。結局そうなのだ。


「……私も、あと三桁稼いでくれれば貴方に惚の字ですよ」

「よせ、冗談でも断るぞ。毎日、玄関先で死ぬ女が嫁なんて、死んでも嫌だ」


 失礼な。


「一回死んで、ここまで往復します?」


 こいつ黙りおった。小賢しい。


「……まあ、その時には惚れ薬も追加してくれ」

「それについては割増で対応してあげましょう」


 錯覚も頼りになる。感情が後から追いつけば、勝ちなのだ。

 大丈夫。

 薬事法で裁かれない、良いお薬です。


 組合なんて知るか。

 やれるもんなら、やってみろ。九度は蘇ってやるさ。


「……騎士団の発注だ」

「はい」


 話題が急に変わる。


 差し出されたメモ用紙には過剰な要求が書かれている。

 表街では扱われてない。いわゆる非合法な類だ。

 面倒である。


「近い内に一度出頭しろだとさ。新しい検体が現れた」

「……面倒ですね」

「ああ、面倒なやつだ」


 いっそ、騎士団の方で専門の部署を作ればいい。

 私の方では被験者も足りないのだ。罪人の貸し出すくらいが礼儀というものだ。


 どうせ、相手もまともな組織じゃない。

 研究や開発の規模が段違いだろうに。


 国の対処が追いつかないのは、どこも同じだ。


「わかりました。数日中には顔を出します」

「心配なら、また英雄を付けるそうだ」

「嫌です」


 あれは要らない。

 被検者としてでも欲しくない。


「本人は嬉々として引き受けるだろうがな。なにせ、影の立役者の護衛だ」

「……往来で見世物にでもする気ですか」

「まあ、くっころだからな」


 笑えない。

 この男、先ほどいじめた分の仕返しという表情だ。


「仲も悪くないと報告されてるし、何より気に入られているんだ」


 不愛想かつ無神経。加えて脳筋と言えば、大体、想像通りになる。

 男装の麗人どころか、鳥頭の変人である。

 代われるものなら、この男と代わってやりたい。


「単独であいつを殺せたのは、多分、お前くらいだぞ」


 本人の名誉のために口外しないが、まず戦ってすらいない。

 一対一じゃなく、一対零だ。誰も真似できない。

 素の姿を見たお前なら、死因も想像できているだろ。


 どこに褒められる要素があるというのか。

 負けた自覚がある事の方に、こちらが驚かされる。


 報告を聞いた上司も分かって言っているだろ。

 いくら同僚が少ないからといって、こちらを巻き込まないでほしい。


「一人で向かいます」

「そうか。まあ、向こうで会わない事を祈っている」


 嘘だ。こいつは内心で笑っている。

 そして、必ず、あれに対面する。

 この世界は、そうなる様に作られている。

 不公平だ。





 唯一の客を帰したところで、早速、外出の準備をする。

 騎士団からの出頭が伝えられた当日だ。

 最速で向かえば待ち伏せにも遭遇しない。……そうあってほしい。


 街歩きの服に素早く着替えて、全ての施錠を終える。

 最後に、腕輪と薬ポーチの確認もして、準備は整った。


「行ってきます」

 裏口から家を離れて、丸模様を描く石畳の道へと直行。

 昼時の人混みに紛れ込む。


 石造りの外観が多い町並みは、歩いて楽しいものがある。

 地面もそうだが、石材ごとの色や形の個性は見飽きない。


 足元が泥にならないため、雨の日でも出歩ける。

 石畳に凹凸があるおかげで、走ったとしても滑らずにすむ。

 街だと整備も行き渡っているから、暮らしやすい。


 仮想世界は日々、私に非日常を提供してくれる。


 そう、この世界は空想だ。

 大企業が設計したファンタジー世界を楽める。

 多くの利用者が同時接続する、大規模な仮想空間だ。


 運営開始から数年過ぎても、人気を維持する理由は明確である。

 この世界が厳密に構築されているからだ。


 ある日突然、プレイヤー達が世界各地に出現するようになった。

 そこで気付く、自らの行動が、そのまま世界へ影響を与える事に。


 行動と結果の因果。

 未知の世界で起こされる、新しい相互作用に多くのプレイヤーが酔いしれた。


 政治、軍事、生活。あるいは冒険談や英雄譚。

 それは決して、記録として並べられるだけではない。

 この世界のあらゆる物に反響して、自分の元まで届く。


 複雑に編み込まれた歴史や文化に、自分の足跡が残るのだ。

 その優越感たるや、ゲームのフィードバックとしては最上級のものだろう。


 そう、プレイヤーの行動が複雑に反映される。


 その結果は目の前にある。

 街の中央にある噴水広場は、広く石壁で厚く隔離される結果となった。


 住民たちの憩いの場。

 子供が駆け回り、大人が会話を楽しむ。

 祝日には市場や祭りが行われ、いつでも活気があった場所。


 住民の暮らしの一部は、配信開始から数日で失われた。


 石と鉄。数多の魔法による厳重な封鎖。

 周辺の建物も全て、軍の所有物となった。


 ここは初期スポーン地点の一つだ。

 多くのプレイヤーが現れ、最初に混沌が広まった場所である。


 騒動を逃れたかった住民が、憩いの場を別に移したという単純な話だ。

 だが、その経緯は壮絶なものである。


 考えてほしい。


 この土地のルールを知らない者が、突然大量に出現する。

 街の戸籍にいない人間。異なる文化を持つ集団だ。

 心無き者は盗みを働き、住民を殺したりもした。


 国が治安維持のために、武力行使をするのは必然だろう。


 今の平穏を得るまでの間に、この国では戦争が起こった。

 まさにプレイヤーの行動次第である。


 ゲームを新規登録を終えて、待望の初ログイン。

 出現した場所は薄暗い石室の中で、武装した兵士に襲われて即死亡。

 ちなみに、没入感を高める名目で、感覚は完全再現である。

 精神ノックアウト待ったなしのチュートリアル。


 国による鎮圧から逃れられないプレイヤーは、武装もままならない。

 後からプレイを始めた者も加わり、生と死の無限ループである。


 それはもう、配信元には批難と暴言の嵐だ。

 一時は、これが体験版で到達できる限界だった事もあり、その宣伝効果も絶大だった。


 まあ、殺されるだけのゲームに楽しみも無い。

 倫理的な問題もあって、社会問題にもなった。


 その時の配信元の主張の概要は以下のものだ。


 知るか。体験版で試せるだけ配慮した方だ。

 過剰なリソース解放はサービスの劣化を招く、プレイヤーたちで解決しろ。


 糞運営として、お手本となる回答だ。

 救済措置も無いという。


 プレイヤーとしても一方的に負け続けるのは気にくわない。

 複数人が協力して、現地軍へのDOS攻撃を実行した。

 まあ、気持ち半分は配信元に向けてだ。


 リスポーンのタイミングを合わせて、一斉に兵士にゾンビアタックする。特攻だ。

 こちらは痛みさえ無視すれば、無限の残機。

 相手は一度きりの命。

 最高に狂っている。


 脱走に成功したプレイヤーは新しいリスポーン地点を設定すると、武装を揃えて仲間の解放に加勢したのだった。


 そこからは前述通り、戦争である。

 世界各地に分散した出現時点のほぼ全てで、それは同時に起こった。


 なお、戦争を免れた一部の者は、極限環境がリスポーン地点だったりする。

 誰もいない。外敵だらけ。……どこも初期は悲惨だ。


 実のところ、最初からプレイヤーを受け入れる余地はあった。


 これは戦争中に判明した事だが、元々、この世界では異邦人の出現が歴史的に繰り返されていたらしい。

 その時々に異なる文化を取り入れ、様々な種族を束ねて成長してきた。

 出現する者の大半が特別な力を持つため、一番新しい異邦人が呪い人と呼ばれる。


 私たちプレイヤーの場合、死んでも復活するという不死性だ。

 特にログイン時間という制限は、この世界で呪いの副作用と思われている。

 不定期に世界から消失する。現地の住民からすれば、恐ろしく重たい対価だろう。


 プレイヤーの出現も特別とはいえない範囲に収まる。

 素晴らしく良心的な設計だ。


 まあ、共存後の話は、まだ早い。


 私が住んでいるこの国では、戦争前に少しの沈黙期間があったらしい。

 当然、国も逃亡したプレイヤーの捜索を続けており、途中で殺される者はいた。


 それぞれが、いずれきたる大規模な衝突に備える。

 この世界で力を得る方法を学び。資源と装備を集める。

 耐え忍ぶ日々。中には仲間割れもあっただろう。

 全ては生存権を獲得するため。


 そして戦争が始まる。

 ……プレイヤーは死滅した。


 優勢は最初だけだった。

 戦略、武装。

 局所的に勝利を収める事はあった。

 

 未知の世界で勝ち進められるほど甘くない。

 元々、住んでいた者が劣るはずもなく、こちらは負ける。

 いくら死に物狂いでも、短い期間では追いつけなかった。


 まあ、敗走、後退の日々も長くはない。

 実力者も増えて、不死性の強みも現れていくる。

 装備は壊れても、肉体や技術は失われず、最低限の戦力は保たれる。


 こちらはドクダミのように地面から育つ。

 再びの特攻作戦である。


 消耗する敵兵士、昼夜問わず行う敵拠点への破壊活動。

 原生生物を誘導しての敵陣特攻。

 敵の街を襲い、資源と知識を入手する。


 私たちは略奪民だった。

 現実の知識も、全てで通用するわけではない。

 食料も、武器も足りず、物を作りだす前提技術も、奪い取るしかなかった。


 最初は怯えてばかりだった者も、血濡れた刃物を舐める精神性を備える。

 時代が時代なら、ゴブリンと呼ばれたかもしれない。

 そんな本能的な適応能力を見せていた。


 それでも勝てなかったのは、この世界に英雄がいたからだ。


 この世界が何度も経験した異邦人の到来は、同時に力をもたらしていた。

 それらは加護と呼ばれ、人々に特異な力を授ける。


 多くの加護を持つ現地人が参戦する事も、定められた未来だっただろう。


 サービスを開始して初のイベント。

 現地国との戦争が、本格的な形態となる。


 もう、告知の時期が遅すぎると文句は言わない。

 現実世界ではプレイの有無で話題が変わるほど。

 まさに、やってる、やってないのヤベー奴らになっていた。

 みじめで、むごい有様だったが、断固な協力関係があった。


 売り文句に間違いない。

 もう一つの知らない世界が、そこには存在した。

 狂信的な人気が確立した瞬間でもある。


 隔絶した力を持つ英雄に対して、数は意味を成さない。

 有効な作戦を考え、軍隊じみた規律が生まれる。

 運営も組織形成に協力して、様々なクエストを配布した。

 

 陣地を築き、集めた資源で装備を向上させる。

 敵兵の鎧に独自の印を刻んで流用したり、独自の旗を持つ。


 敵も不死性の調査を進めており、中には生きたまま捕らえられる者もいたという。

 数人体制で、時には敵兵に捕まった仲間を殺す。

 自傷による死亡を防ぐ治療魔法まで用いられると、対策として致死毒が流行する。

 毒包みを口に潜ばせる文化は、この時に根付いたらしい。

 死を恐れない最悪の集団が作り上げられていく。


 そんな苛烈な戦況を続けていく中で、徐々に和平交渉が行われていったのだという。

 最終的には一部の条件の元、共存が認められるようになった。


 プレイヤーの行動が、この世界の歴史にひとつ刻まれたのだ。


 ……意味が分からない。


 というのも、私は第二陣である。

 戦争の前半を経験していない世代だ。


 まあ、毒包みを飲む習慣が共通しているため、第一陣の一部と仲が良い。

 当時の話を聞くこともある。


 ゴブリンの進化論でも聞かされているようだった。





 そんな回想をする間に、入国管理局となった広場を通り過ぎる。


 外周にある建物は軍事施設とあって、表の壁が分厚い。


 プレイヤーが暴走した際には、要塞となるだけの強度を持たせてあるらしい。

 防げると言っても、生まれたてのプレイヤーに限るが。


 受付の警備に挨拶して、中へと進む。

 騎士団への薬の納品という表向きの名目が通用する。


「リグレットさん!」


 牢屋みたいな通路を進むうちに、顔なじみの騎士に遭遇する。


「オズマ―さん、お久しぶりです」

「もう来てくれたんですね」

「事情を聞いて少し急ぎました」

「なら、自分が案内してもいいですか」

「ぜひ、お願いします」


 向かう先は決まっているようなものだが、違うときもある。

 上手く話が伝わっていると、こういう時に楽だ。

 

「いやー。……対処に困っていたので助かります」

「まだ、状況も知らないので、期待はしないでくださいね」


 現地の薬師も悪くない。

 私以上に詳しいプレイヤーもいるだろう。

 現役の医者や研究者もいるらしいのだ。


 分野の最前線と言えない私は、縁故から採用されている。


「それにしても、良いタイミングでした」


 被検体が問題を起こしたか。


「……彼女が出迎えると言い出していたので、危うく、すれ違いになるところでした」


 ……ああ。

 それは危うい。


 くっころがウォーミングアップしていやがった。

 もう少し遅ければ、直々にお迎えが来るところだった。

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