カルバ色の、おくりもの
シークには、カルバという友達がいた。
毎日のように、おしゃべりをしたり、かくれんぼをしたり、裏山で、木の実をさがして食べたり。ほかには、木の葉っぱや枝で動物をつくったり、お絵かきをしたり、カルバに字を教えたり、二人はとても仲良しだ。
「ぼくたち、ずっと友達でいようね」
「ほんとう? ほんとうに友達でいてくれるの?」
「うん、ずっとだよ、カルバ!」
「うん!」
カルバは、今までずっと一人ぼっちだったから、遊んでくれるシークが大好きで、友達でいようと言われたことが、とてもうれしかった。
カルバは、裏山の池のそばの、大きな木の穴の中に住んでいる。昔、嵐の夜に、竜巻に飛ばされて、この山に落ちてきた。
それから長い長い間、一人ぼっちだった。でももう、ひとりじゃない。
シークは、カルバのことを、他のみんなには内緒にしている。カルバが、そうしてほしいとお願いしたから。
それにシークも、カルバのことは人に言わない方がいいと思っている。なぜかと言うと、それは、カルバが黄緑色だから。
みんなと違うのは、色だけではなかった。カルバはとても小さくて、手もとても小さくて、なのに目も口も歯も、とても大きい。それに、とても太くて長いしっぽが生えていて、他にも色々、みんなとは違う。
こんな風に、ガルバは、あまり見たことがない生き物だ。もしみんなに言ったら、カルバはつかまえられて、売り飛ばされてしまうかもしれない。
だからシークは、カルバのことは、けっして誰にも言わなかった。
ある日、シークとカルバは、木の下に寝ころんで、話をしていた。
「カルバ、ぼくは大人になったら、ハンターになるよ。そして竜を退治するんだ!」
「竜を退治するの……?」
シークは竜を見たことがない。けれども、村に立ち寄る行商人から、竜とハンターの話を聞いたことがあった。
遠い遠い東の村の外れには、大きなけわしい山がたくさんあって、そこには、竜が住んでいる。その竜はとても大きくて強くて、なかなか、勝てるハンターがいないという。
「シークも、"竜玉"がほしいの?」
「りゅうぎょくって、なあに?」
「竜はみんな、玉を持ってるんだ。きれいな玉を。ハンターはみんな、その玉がほしいから、竜を狩るんだって」
竜玉は高く売れるんだと、カルバは言う。
「ほんとう? カルバは、どうして、そんなことを知っているの?」
「むかし、ぼくのお父さんが、教えてくれたの」
でもカルバは、今では、お父さんと離ればなれになってしまった。どこにいるのかも、分からない。
「カルバのお父さんは、ハンターなの?」
「ううん、ハンターじゃないよ。でも、すごく強くて、かっこいいんだ」
カルバには、まだシークに教えていない、ひみつの話があった。それを、今いおうかと迷っている。
シークは友達だといってくれたから、ひみつを教えたい。だけれど、もしもシークにきらわれたら、と思うと、ひみつを話す勇気が出ない。それに。
「ねえシーク、竜退治なんて、あぶないよ。ケガをしたら、どうするの?」
「あぶなくたって、へっちゃらだよ。だって竜の玉を売れば、お金をたくさん、もらえるだろう? そうしたら、お母さんの薬もたくさん買えるよ。ぼくだって、英雄になれるんだ」
シークの母親は体が弱くて、ときどき病気をして、寝込んでしまう。でも薬は高くて、あまり買えなかった。
だから、竜玉が高く売れると聞いて、シークはますます、ハンターになるといって聞かない。
「でも、そんな大きな竜を、シークはどうやって倒すの?」
カルバに聞かれて、シークは、木の枝を使って、地面に剣の絵を描いた。
「"雷の剣"があれば、倒せるんだ。こんな風で、こんな風な剣だよ、まじないオババの家に飾ってあるんだ」
もちろん、大きな竜をたおすには、もっと大きな雷の剣が必要だ。しかし子供のシークには、まだそんなことは分からなかった。
「この剣で竜の心臓をさせば、竜は死ぬって、まじないオババがいってた」
すっかりハンターになる気でいるシークをみて、カルバは不安になった。竜は、とても強い生き物だし、どこにいるのかも分からない。シークが、いつか村からいなくなってしまうのも、こわかった。
「ぼくは、いやだな。シークがいなくなったら、悲しいもん」
「そうだ! 大人になったら、カルバも一緒にいこうよ! 強くなって、竜を退治して英雄になれば、カルバが変わった色をしてても、口が大きくても、堂々(どうどう)とできるかもしれない」
けれども、カルバは悲しそうな顔で、首を横にふった。
「ぼくは、行かない」
「どうして? ふたりで一緒に戦おう」
「いやだよ。だって、竜がかわいそう。竜は、悪いことをしてないもの」
カルバがそういうと、シークは立ち上がって、怒りはじめた。
「かわいそうなもんか。竜なんて悪いやつに決まってる! 竜をたおせば英雄になれるのに、カルバは、いくじなしだよ」
「いくじなしなんかじゃないよ。ぼくは、シークにも竜にも、死んでほしくないだけだよ」
「死ぬもんか、絶対にやっつけるんだ」
「タメだよ、竜にやられて死んじゃうに決まってる」
死ぬに決まっている、といわれて、シークははらが立った。
ぼくは、ハンターになりたいんだ。英雄になりたくて、カルバにも、応援してほしいのに。英雄になれば、お母さんの薬も、買えるようになるのに。
きっとカルバは、ぼくが英雄になるのがいやなんだ。
「なんで、そんなこと言うんだ。ひどいよ。もうカルバなんて、大っきらい! いなくなっちゃえ!」
そういって、シークは走って行ってしまった。
カルバはおどろいて、あわてて「ごめんよ!」といいながら追いかけたけれど、シークにはもう、きこえなかった。
いなくなれ、といわれたことが悲しくて、シークをおこらせてしまったことが、くやしくて、カルバは、日がくれるまで泣いた。
たくさん泣いたあと、カルバは、不安になった。シークに、きらわれてしまった。もうシークは、明日から、友達でいてくれないかもしれない。
「どうしよう、どうしよう……」
たいせつな、たった一人の友達なのに、おこらせてしまった。きらわれてしまった。いなくなれ、と言われてしまった。
けれど、それでも、やっぱりカルバは、シークが大好きだ。友達をやめたくない。
カルバは考えて考えて、どうすればシークが許してくれるのか、いっしょうけんめい考えた。友達でいてもらえる方法を、いっしょうけんめい考えた。
「あっ、そうだ!」
カルバは、とてもいいことを考えついた。うまくいけば、シークはよろこんでくれるかもしれない。きっと、ゆるしてくれる。
シークは、山のまじないオババの家に忍びこみ、こっそり、かべに飾ってある雷の剣をもちだした。椅子をつかい、注意ぶかく剣をはずすのは、小さいカルバには大変だったけれど、うまくいった。
そしてカルバは、シークに手紙をかいた。
その手紙をもって、カルバは、山のふもとのシークの家までいった。そしてその手紙を、シークの部屋の窓のすき間に、むりやり、どうにか差しこんだ。
「よし、これで後は……」
上手にできると良いんだけど、と、カルバはドキドキしながら、木の家のまえに立った。
つぎの日の朝、シークは、カルバが窓にはさんだ手紙をよんで、大急ぎで裏山へ走った。
手紙の字は下手くそで、まちがっている字もたくさんあったけれど、カルバがいっしょうけんめい書いた手紙だ。
シークは反省していた。あんなにおこらなければ良かった。きのう、あんなにおこったから、さびしがり屋のカルバは、あのあと泣いてしまったかもしれない。あやまらなくちゃ、と。
シークが、息をきらせてカルバの家の木のまえにつくと、木のまえに、雷の剣が落ちている。まじないオババの家に飾ってある剣だと、すぐにわかった。
どうしてこんな所に落ちているんだろう、とシークは首をかしげる。
「手紙にかいてあった宝物って、この剣のこと?」
すると、雷の剣のすぐそばに、きらきら光るものが落ちているのに気づいた。
それは虹色に輝く、見たことがないくらいに美しい、小さな玉だ。
シークは、自分の手のひらくらいの大きさのその玉を、ひろい上げた。
「わぁー、きれい。きっと、これだ」
小さいけれど、まん丸で、透き通っていて、虹色の玉。朝の光があたって、キラキラ、ぴかぴか、とても美しくかがやいている。
その玉と、雷の剣をもったまま、シークはカルバをさがしたけれど、穴の中にも、池にも、カルバはいない。
裏山をあちこちさがしたけれど、どこをさがしても、カルバはいないかった。
「カルバ、どこに行っちゃったんだろう」
シークは、途方にくれた。そして。
「でも、この雷の剣は、まじないオババに返しに行かなくちゃ」
まじないオババの家についたシークは、雷の剣をオババに返した。
「おやおや! なんと、ありがとうよ、どこで見つけたんだい?」
「それは……ないしょ」
本当のことをいうと、カルバの家や、カルバのことが、バレてしまうかもしれないから。
そうだ、とシークは、ポケットからあの虹色に光る玉を出して、オババに見せた。ものしりのオババなら、分かるかもしれない。
「オババ、これ、なんだろう?」
シークが出した玉を見て、まじないオババは、目を丸くして驚いた。
「これは……! これは竜玉か! お前、盗んできたんじゃないだろうね」
「ちがう、ぼくの友達がくれたんだよ。竜玉なんかじゃないよ、ちゃんと見て」
意味がわからないことを言われて戸惑うシークに、オババは真剣な顔でいう。
「いいや、まちがいない。これは黄金竜の玉だよ。竜玉は、何度も見てきたからね、見まちがいなどしない。昔は、竜が今よりたくさんいたのさ。殺しすぎて、今では、ほとんどいなくなってしまったけどね」
シークは驚いて、もう一度、キラキラ光るきれいな玉を見た。
「これが、竜玉……?」
「いつか、竜の心臓に雷の剣をさせば、竜は死ぬ、と話しただろう? 死んだ竜は、ひと晩で消えてしまうんだ。でも竜が消えた後には、きれいな玉が残るのさ。それが竜玉だ」
そんなものを、カルバがくれた。とても高いものだ。どうやって手にいれたんだろう。
カルバのお父さんは、やっぱりハンターだったのかな、とシークは考え込んでしまった。
「竜玉は、その竜の魂だといわれてるんだよ。黄金竜は元々おとなしくてね……見てごらん」
まじないオババは、シークの手の上の竜玉をつまみ上げて、朝日にかざした。
玉の中で、かわるがわるに七色の輝きが浮かんで、キラキラした七色の朝の光が、シークを包み込む。
「こんなに透き通って、キラキラ光ってるだろう。この竜は特におとなしくて、優しい竜みたいだねぇ」
「竜なのに、やさしいの? 竜は、すごく恐いんでしょう?」
「そりゃあ恐い。しかし見た目は恐いが、竜にもいろいろ、種類があるのさ。おお、そうだ。黄金竜なら、たしか絵があるな。古い絵だ。どこにしまったかのぅ……」
オババは、物置き部屋へ行き、しばらくすると、ホコリだらけの絵をもって、もどってきた。
「見てごらん、これが黄金竜さ。年をとればとるほど、美しい金色になるんだ」
それは、金色と黄緑色がまじった不思議な色の竜が、山のてっぺんで、大きく翼をひろげている絵だ。
それは、オオワシなんか比べ物にならないくらい大きくて、大きな大きな翼があるけれど、鳥とはちがう。馬やトカゲともちがう、不思議な生き物だった。
大きくさけた口に、たくさん並んだ大きな歯。見るからにゴツゴツした肌。太くて、長い長いしっぽ。
シークはその絵をみて、カルバに似ている、と思った。
色はすこしちがうけれど、口の形や歯の生え方は、そっくりだ。翼も、大きさは全然ちがうけれど、形はそっくりだ。しっぽも、まるでカルバみたい。
シークはすこし不安になって、手のうえの竜玉をみた。
「黄金竜はね、かしこくて、人になつくことも多いのさ」
シークの手のひらにのっている玉を、オババは、いとおしそうに見ている。そして、ため息まじりにいう。
「それにしても、この玉は小さいねぇ。小さいし若い。小さい小さい、子どもの竜だ」
「子ども?」
「そうだ。おそらく、お前よりもまだ小さいかもしれん」
オババにそういわれて、シークのくちびるが、ふるえた。小さくて優しい竜。小さくて優しい、カルバ。
キラキラした竜の玉を見つめながら、シークの目から、涙が落ちた。
「どうしよう、オババ、どうしよう……」
一度涙が落ち始めると、涙はどんどん止まらなくなった。悲しくて、悲しくて、ついにシークは、声をあげて、わんわん泣きはじめた。
悲しくて、苦しくて、どうしていいか分からなくて、泣くのが止められない。
シークが急に泣きはじめたので、まじないオババは、おどろいている。
「シークや、どうしたんだい」
「ぼくのせいだ、ぼくのせいだ、カルバは、たいせつな友達なのに……!」
「その竜玉をくれた友達かい? 泣いてちゃわからないよ、どうしたんだい」
泣きながら、シークは、くしゃくしゃになったカルバの手紙を、ポケットから出した。
その手紙は字が下手で、よみにくくて、オババは、目を細くしてよんだ。
"だいすきな、シークへ。
おこらせてごめんなさい。よるがあけたら、あさいちばんで、ぼくのいえにきて。ぜったいに、あさいちばんだよ。いいものがあるから。ぼくのたからものだよ。
それをあげるから、ともだちをやめないで。 カルバより"
オババは、さっきシークが持ってきた雷の剣と、シークの手の中の小さな玉を、交互に見て、またカルバの手紙を見た。
「シークや、まさか、その友達というのは……カルバという子は、人間かい?」
シークは声をあげて泣きながら、首を横にふる。人間ではないけれど、たいせつな友達だった。もう会えない。
オババは信じられない気持ちだったが、泣くことしかできないシークを、そっと抱きしめた。
「なんと、シークや……かわいそうに」
オババに抱きしめられながら、シークは、いつまでも泣いた。カルバの魂の色の、キラキラした玉をにぎりしめて。