思い立ったら撃滅
今日がこちらの時代で何時なのか、それは誰も把握していない。唯一、UAVで遠望した福岡方面に煙、或いは靄が観測できていたという以上の情報もなく、「きっと今合戦中なんだろう」といった認識だった。
さくらの作戦会議で問題になったのが、今日が到着日なのか、撤退日なのかが分からない事だった。
文永の役での交戦は1~2日程度だったとされているので、突入するなら今しかないだろうというのはだいたい分かっていた。
が、武士たちが夜襲をかけたという話が、文永だったか弘安だったか、あるいは両方だったか、正確には分からなかった。
そもそも、元寇についてはサラッと文永の駅では元が支配下に置いた高麗に命じて船を作らせ攻めてきた。弘安の役では高麗だけでなく、下した南宋の兵も動員した。といった程度の知識の者が大半であり、よほどでもなければ鷹島や平戸を江南軍が根城にしていたことも知識として怪しい状態だった。
神風論についても、確かに弘安の役では台風に遭遇したという記録が見いだせる。文永の役については確たるものが無い。
文永の役については、士気の低下や準備不足、敵戦力の過小評価といった要素が重なって苦戦し、無謀な撤退を開始した事がそもそもの原因というのが昨今の見方ではあるが、哨戒艦の僅か30人の乗組員の年齢層もバラバラのため、実際のところ、受けた教育内容に差があり、個々の関心による差も加味すれば、認識のずれは酷いモノだった。それらをかみ合わせてようやく話が出来る。
そして、最終的にはファンタジーに縋った楽観主義だった。状況がまるで分らない以上、行動原理を探すことが出来ないのだから仕方がない。
「レーダーに船団らしき反応を探知しました!」
辺りが夜の帳に包まれ、とうとう博多湾へと移動を開始してどれほど経っただろう。
敢えて直線的には進まず、小呂島を迂回するようなルートを選んだ。元軍攻撃は決断したのだが、いざとなると判断が鈍っているらしい。
しかし、見つけてしまったものは仕方がない。
「戦闘用意」
さくら、ひのき双方でそのような号令が飛んだ。
それからしばらく、哨戒艦側からの接近のみが行われている状態らしい。櫂走船の速度など知れているのでそんなものかも知れないと思いながら、接近が続く。
「現在、ヒトヤオマルマル」
距離は1800m。停船射撃ならば、そろそろ撃っても良い距離だ。しかし、相手は海賊や工作船ではないので、まだ近づく事を決めている。出来れば正確に、確実に76ミリ弾を撃ち込みたかった。
哨戒艦はロットによって搭載する76ミリ砲が異なる。
費用節減のためにはやぶさ型ミサイル艇やはつゆき型護衛艦やあぶくま型護衛艦から下ろした中古品を再利用しているのだが、はつゆき型やあぶくま型の76ミリ砲は旧世代型のコンパクト砲、はやぶさ型の76ミリ砲は新世代のスーパーラピット砲。発射速度や射撃精度が異なる。と言っても、対水上射撃を行う分には大きな差がある訳ではない。対空目標を狙う場合の問題なのだが。
さくらは前期型に属し、はやぶさ型の砲を装備している。この型は緊張が続く東シナ海方面に配備されている。
ひのきは後期型に属し、はつゆき型の砲を装備している。この型は日本海に配備されて未だ不安定な朝鮮半島を睨んでいる。
本来、行動を共にすることが無い2隻が会した為に、UAVが使えるという有利な面があったが、艦隊行動には不安もあった。
「光学で確認していますが、船団と言えるほどの統制はとれていませんね。船の間隔はバラバラです」
オペレーターからの報告にさくら艦長は少し思い悩む。本当に撃って良いのかと。
その頃、そもそもがいやいや従って、一応、対馬や壱岐では鬱憤を晴らせた高麗兵を率いる将軍は、九州において予期せぬ大軍に遭遇して大いに士気を低下させた自分の部下を見て、即座に撤退を主張した。
湾に深く入り込んだ連中はすぐさま逃げることは出来ない。一部避難のためにと島に上陸した一隊は敵の襲撃を受けて海に追い落とされてしまった。
湾口に居た自分たちがまずは動く必要がある事から、撤退を開始したのだが、どうにも統制がとれていない。士気の低下で組織だった撤退ではなく、敗走の体を晒している状態だった。
「このままでは隊伍を乱して衝突が起きてしまう。しっかり距離を取れ!」
そうは言ってみるが、どれほど聞いているかは分からない。湾口の蓋が開いたことで我先にと逃げ出す船も多い。
ふいに爆発音がした。
船に残った火薬に火でも着いたのかという激しさだった。
それも次から次へと立て続けに起こっている。
「落ち着け!我々はこれから国へ帰るんだ!倭の連中は沖合までは追って来れない!早まるな!!」
敗残兵がやりかねないことの一つが、気にいらない指揮官を殺すという反逆。もしかしたらそれが起きているのではと彼は声を張り上げた。
「将軍!、火が、火が船に飛んでいきます!!」
そう言われ、男が言う方角を見るとひと連なりになった火が次々と船へと襲い掛かっていた。
「何だあれは。倭の連中はあんな訳の分からないものを使うのか?」
あたりの喧騒に混じる聞いたことが無い爆発音のような音。一体あれは何だと辺りを見回した。
「おい、あそこでも誰か火をつけているぞ!」
随分離れた位置にも船団が居るのだろう、時折パッパと火がともる。しかし、それは不自然な姿だった。
それを不思議に見ていると、自身の乗る船にも先ほどの火の一団が飛んできた。
船に衝突する火の一団の音がいくつも連なる。
「船倉に火災!」
将軍は消火を命じたが、すぐに消える様子はない。そして、また一つ火が飛んできたと思ったら船の前に水柱が上がった。そのすぐ後に衝撃があって、何事かと思ったら、船に穴が開き浸水しているという報告を受けることとなった。一体何が起きているのか分からない。とにかく逃げることに精いっぱいだった。
さくらは通常弾を使用していた。しかし、ひのきがまず用いたのは20ミリバルカンだった。そして、03式平頭弾を撃ち込んで行った。
03式平頭弾というのは、その昔、ワシントン条約の時代に廃艦となった戦艦を利用して実弾射撃を行った際に、艦の手前に着弾した弾が水中で向きを変え、艦へと直進して水面下の船体を貫通する弾が複数存在した事から、コレを意図的に実現しようと研究されて実現した九一式徹甲弾同様、弾頭を平らにすることで水面に着弾した砲弾が跳ねたり急激に角度を変えることなく、船体へと直進するように開発された砲弾の事を言う。
2001年冬に九州沖で北朝鮮の工作船と巡視船による銃撃事件が起き、この時沈没した工作船の装備から、機関銃より遠距離から射撃を行い、相手に出来るだけ危害を加えずに停船させる方法として、水面下に穴を開けて浸水させ、船足を鈍らせることを意図して開発された。
ひのきがこの弾を使用したのは、人道的見地ウンヌンというより、この時代に取り残された場合、まず使い道が無いのが平頭弾だと判断したからだった。
とめどなく現れる船の群に幾度かの攻撃を行い、限度としていた弾数を撃ち切った段階で2隻は砲撃を停止した。
すでに時間は深夜を回っており、12.7ミリで射撃した小型の舟を含めて辺りには多くの舟であった残骸が漂流している状態だった。
「一度離れて明るくなってから漂流者を拘束しよう。流石に夜間にRHIBを降ろすのは危険性が高い」
そう判断して夜明けを待つこととなった。