これからどうするのか葛藤が続く
鷹島から壱岐までUAVならばそう時間はかからない。
すでに見えている島影を目指して飛んでいく。福岡方面へカメラを向けると、まだ距離はあるが煙らしきものが見える気がする。ただ、それが何を火元にしているのかまでは簡易なUAVのカメラでは判然としなかった。もしかしたら、ただの靄かもしれない。
壱岐に接近すると、それまでと雰囲気が違う事が画面越しにも感じとれていた。
「おい、これは・・・」
ひのきにおいてディスプレイを見ていた面々はその光景に目を背けてしまう。
「これは平戸より酷いかもな」
それは惨劇と言って良かった。集落自体が少ないからなのか、集落という集落には遺体が散乱する姿を見て取ることが出来た。
「たしか、歴史でそんな話をしていた気がするな」
ひのきでは元寇における対馬や壱岐の悲劇についての話を皆で思い出していた。
それはさくらでも同じだった。
いや、少し違った。
もともとがタイムスリップに比較的寛容だったさくらにおいては、壱岐の惨状を見た面々がその後の行動について議論を始めていた。
「このまま博多へ突っ込みましょう!文永の役であれば大型船300隻程度と後は小舟ばかりです。わが艦の武装で十分蹴散らせます!」
そう熱い意見が出る。
「しかし、哨戒艦にはそんなに多くの弾は積んでないから出来る事は知れているし、殲滅できんでしょう。流石に乗り移られた場合には対処できませんよ?」
たかが30人しか乗り組んでいない。船上で戦うなど無理な相談だった。
「当然、これを見たひのきでも元軍を攻撃することに反対は無いでしょうから、2隻でかかれば問題ないですよ」
それはそうかもしれない。確かにそうだと誰もが思う。
「最悪、走り回るだけで木造船は蹴散らせるし、相手の大半は数トンクラス。1000トンの船の波をまともに喰らっただけで転覆させることは出来るでしょう。しかし、武士の船が出ていた場合、相手も我々が敵か味方か分からないですから、どうなるかわかりませんよ?」
そう、勢い突っ込んだところで混乱を招くだけになりかねない。武将と知己を得て、協力して合戦に臨んだ映画とは状況が違うのだが、そう言えば、新作の方では現代人が歴史改変して大名やってるんだったか?
「これが、光の柱や門を通って出てきた世界ならもっと簡単に行動がとれたんだが・・・」
そう言ったのは艦長だった。
「艦長、それなら相手は魔法を使ってきますよ?」
誰かがそう言う。場を和ませようとしたのだろうが、コレが分かる派と理解していない派で反応が両極端だった。
理解してない派はいきなりバカな話をするなという顔をしている。分かる派は思い思いの感想を持った。魔法使いやエルフに会ってみたいとか、ドラゴンを見てみたいとか。
「そうだな、レーダーにワイバーン一匹引っかからないのだから、無いものねだりは止めようか」
当然だが、艦長は分かる派だ。その言葉に理解していない面々は艦長まで何を言い出すのかといった顔をする。
「自衛隊はよく戦国時代や異世界へ迷い込む集団だからね。もしものために異世界の知識も身に付けておいた方が良い」
理解できない派に敢えて油を注いで話しを切り上げる艦長であった。
「そもそも、元軍は嵐で被害を出してるはずです。我々が動く必要はないんじゃないですか?」
そういう古風な意見もあるが、昨今では文永の役では神風は吹いていない可能性が高く、夜間に撤退を強行したことが難破被害を拡大したのではないかともいわれている。神風の話については、時季的に可能性は低く、貴族や寺社の加持祈祷による元軍撃退を主張するためとも言われる。また、幕府としても領土拡大などの結果が伴った訳ではないため、九州で戦った武家に対して出せる恩賞が潤沢にあった訳ではなく、貴族や寺社の神風論に乗り易かったのかもしれない。
また、弘安の役においては時期が夏であったため、実際に江南軍が台風被害で大きな被害を受けており、これを混同しているのかもしれない。
神風説は幾人かがそれぞれの記憶や知識による否定を行う。
「夜間航行の愚、無秩序な撤退での混乱、風向きや海象といった悪条件が重なったのは確かだろう。しかも、追撃した武士も居たそうだから、彼らによる戦果もあっただろう」
艦長が無難にまとめた。
さくらでの議論が行われている頃、ひのきでは歴史と照らし合わせて生々しい被害から、もしこれが元寇被害なら、文永の役というところまでは考察出来ていた。
「確かに、これは数日以内のモノだと思えますね。文永の役の場合、博多での合戦は僅か1日2日しか行われず、すぐさま元軍は撤退しています。もし、今日、博多において合戦しているならば、今夜か明日には撤退してくるでしょうし、我々が現れた時にすでに合戦を終えた後なら、今は撤退後の可能性もあります。朝見た船は撤退した元軍の残党ではないかと」
突入論に偏ったさくらに対し、ひのきではどこか他人事の歴史の考察が行われていた。
「撤退してくれているなら良いが、もし、今夜や明日というのであれば、我々は鉢合わせしてしまう。遠巻きにやり過ごすのか、敢えて攻撃するのかという話をした方が良いだろう」
ひのき艦長はさくらへと視線を向けながらそう言う。彼の予想通り、さくらではすでに強硬論が論じられていたのだから。