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二隻は出会う

 一隻の船が海を走っていた。月明かりに浮かぶ姿は軍艦だった。

 今では大半の軍艦が似たような形をしており、その大きさやマスト、煙突、ヘリコプター格納庫に存在する僅かな特徴によってしか見分けがつかない。昔ならば、砲塔がいくつあるか、ミサイルランチャーや魚雷発射管の数といった一見してそれが何かを見分けることが出来ていた。

 昨今のステルス艦というのはどれも同じにしか見えない。正直味気ない。


 その軍艦も例にもれず、一見して何かという特徴的な装備は見られない。


 その艦は2018年後半に防衛大綱にその名前が記され、2020年には早くも予算が下りた哨戒艦という日本で初の艦種だった。さして大きくもない公称1000トン型哨戒艦。主に平時の警備や哨戒、監視を任務とするため比較的軽武装であり、ミサイルや魚雷といった類のものは装備されていない。

 はやぶさ型ミサイル艇の退役と入れ替わる様に配備され、一部は掃海艇の代わりともなっている。そのため、はやぶさ型やはつゆき型護衛艦のおさがりである76ミリ砲に加え、掃海艦に装備される遠隔操作式20ミリバルカン砲も備えている。


 佐世保のミサイル艇隊が解隊され、新たに哨戒艦を運用する哨戒隊へと生まれ変わり、そこへ配備されたのは、さくらとあずさであった。


 なんとも愛らしい名前だが、哨戒艦には木の名前がつけられており、かえで型哨戒艦として知られている。


 現在航行しているのは、今日出港したさくらである。


 哨戒艦は名前の通り、東シナ海において警戒監視任務に当たるのが専らの仕事である。


 夜の東シナ海を航行するさくらの艦橋ではいつもと変わらない風景が広がっていた。


「???」


 ふいに艦橋要員は違和感を覚えたが、艦から異音がしたり海上にあからさまな変化は起きていない。気のせいだろうと自分の持ち場の仕事に集中しようとした。


「電波信号途絶しました!」


「レーダーも先ほどまで確認できていた船舶の反応が消失しました!」



 昨今の軍艦というのは戦闘指揮を行う部署は比較的安全な艦の中央部にCICとして設けられているのだが、かえで型哨戒艦は乗組員を30人にまで絞ったため、商船同様の集中制御を採用し、戦闘指揮をはじめとした機能も艦橋に一纏めにされていた。そもそもの船体についても、哨戒艦として専用で研究開発されたものではなく、海上保安庁の1000トン型巡視船をベースに、海自仕様に手直ししただけというシロモノだった。

 


「自己診断はしたか?」


「自己診断は走らせましたが異常は見られません」


 オペレーターの返答に艦長は首を傾げた。電子機器の異常であったならば、まずは自己診断で引っかかる。それがダメとなると、Mk1アイボールによる直接観測で異常がないか探す必要があると思い、ふと見張り要員に目を向けた。


 見張り要員も艦長の視線に気が付いたらしい。


「海上に異常は見られません。ただ・・・」


 そう言って空を指さす。


 艦長だけでなく他の者もそれに誘われるように空を見上げた。そこには綺麗な三日月・・・が浮かんでいる。


 それを見た誰もが首をひねった。


「なんで三日月なんだ?昨日が満月だったじゃないか」


 誰かがそう言った。それは空を見上げた全員の感想でもあった。そして、常識ではありえない事態を皆が予感した。


「艦を停止させろ。GPSは・・・、無理だな。六分儀で測定してみろ」


 艦長は航海科員にそう指示を出した。夜間の使用という事でベテランが担当する。


「艦長、三日月になってしまっているという事は、自衛隊にありがちなアレかもしれません。現在位置は電波信号途絶前と同一という前提で、一度やってみて構いませんか?」


 科員はそんな事を言ってきた。艦長としては「ここは戦国時代です」などという言葉を聞きたい訳ではないが、頷いておくことにした。彼自身、興味が無いわけではない。


 艦橋の皆が彼に注目している。


「少し計算が必要なので時間をください」


 天測を終えた科員がそう言ってきたので許可を出す。


「レーダーに反応!ん?・・・・IFF信号はひのき??」


 艦橋は一瞬安堵が漏れたが、艦名を聞いて再び落胆した。


 それはあり得ない事態だった。ひのきがここに居てはいけない。いや、居るはずがなかった。


 ひのきもかえで型哨戒艦の一隻ではあるが、配備されているのは余市防備隊である。間違っても東シナ海で出会うのはおかしい。


「こちらひのき。なぜさくらが日本海に居る?」


 ひのきからの通信はそれだった。どうやらあちらも任務中に電波信号がすべて途絶したらしく、故障を疑ってとにかく南東へ進路を取ったとの事だった。「日本海にいるんだから南東へ行けばとりあえず日本にたどり着く」という発想らしい。さくらが東シナ海で電波信号が途絶し停船した旨を伝えると返答に窮したようだった。

 艦長は思った。(あいつ、電波途絶でよく安直な決断できたよな)と。



「計算結果出ました!」


 科員が戻ってきた。


「結果は戦国時代ではありませんでした」


 そこまで聞いて、艦橋に安堵が漏れた。


「戦国どころか、鎌倉時代か室町時代ですよ、ここ!!」


 科員が嬉しそうにそう言うのを聞いて、艦橋の空気は凍り付いた。嬉しがってるのはお前だけだと。


  

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