オープニング
くさい。海くさい。
「おっはよー! おにいちゃん!」
気づけば砂浜に四つん這いでいるおれ。
なにがあった……
「うみでね、おぼれてたから、ヴィーがつれてきたよ!」
にこにこ笑顔の女の子が後ろ手に組んで覗きこんでくる。白いワンピースが可愛い。
うん? この子、夢でみた子だ。
「ゆめじゃないよう。おにいちゃんがしにそうだったから、ヴィーがもらったの!」
ああ、そうだ。休日に引き込もってばかりじゃいけないと思って海に行ったんだった。無人の海、緩い日射し。なんかテンション上がってきてズボンを膝までまくって走って入水したら、思いの外冷たい水にまず足がつって、顔からこけて、慌てたところに高めの波がきて拐われたんだ。
「……つまり、きみが助けてくれたのかな。ありがとうね」
幼女なのに海からおれを……。25才男性を引き上げるなんてすごいポテンシャルの子だな。
経緯を思い出したところでようやく体を起こせた。あぐらをかいてまじまじ女の子をみる。
「いいよー! でね、おにいちゃんには これを とどけてほしいの!」
はい!と元気よく渡されたのは金色の御猪口。細工が細かくも豪華で、底に光の当たりかたによってか七色に変化する大ぶりな石がはまってる。宝石かな?
「届ける? どこ「あ!あとこれー!」
はい!と握らされたのは親指サイズのサイコロ。見慣れた六面だ。
「え…なんでサイコ「アンタルミーニのしさいさんにとどけてね!」
だいたいの会話を遮った幼女はえへへ、じゃあねー!と手をふって幼女が消えた。
ポフンという音とピンクの煙ときらきらした星をまきちらして。
「……は? ええ!?」
消えた。
なんだ、消えるって!? 意味わからん!
ま、まさか、幽霊とかいうやつじゃ……こっわ! こっわい!!!
うわー……現実を受け止められん。幽霊だったら怖すぎて発狂する。
幻覚、そうだ、溺れかけたせいで混乱した脳が見せた幻覚ってことにしよう。
じゃあこの御猪口とサイコロはなんなんだって話だよね。
「こぇえええええええええ!!!」
ふたつまとめて力強くぶん投げた。体のそばにあってほしくないくらい怖い。
ぽすっと砂浜に落ちたらしいのを遠目に確認した、と思ったらそのまま直線を描いて御猪口が戻ってきた!
「ヒエ……」
ぱすんと手のひらに収まる御猪口withサイコロ。
「おにいちゃん!」
「ひゃい!」
腰を抜かすおれのまえにポフンと幼女が現れた。ヒエ、こわい……
「もー! サイコロは “えきまえ” じゃないと いみないのよ。しらないの? もー!」
腰に手をあててモーモー憤慨してみせる女の子。可愛いんだけど、得体がしれなさすぎてもはやこわいという感想しかない。
「ヴィーはこわくないよ? めがみなんだから」
めがみ……
「もーおにいちゃんは こわがりだなぁ。じゃあヴィーがおしえてあげるね」
仕方ないなぁという態度で幼女…ヴィーが腕を組む。
「んーと、サイコロは“えきまえ”でふってね! サイコロのぶんだけ、“のりもの”にのれるよ。“のりもの”でアンタルミーニにいって、せいはいを しさいさんにわたしたらゴール!! わかった?」
あ、はい。
さも常識をいうようにされると頷くしかない。
「よかったー! じゃあヴィーはいそがしいから! またね!」
じゃあね!ポフン!
消えた幼女。正直、ぜんぜんわからんかった。
しばし呆然としてから、おもむろに立ち上がると歩きだした。御猪口とサイコロはズボンのポケットにねじこむ。
「……帰ろう」