発現
長らくお待たせしました。
ケータイも復活しましたので、また頑張って書かせて頂きます(^^)
「レオンハルト殿下、あちらは……?」
私たちが進む先に平屋が二軒並んでいて、その二軒を繋ぐ屋根のある渡り廊下をバタバタと人が忙しなく動いている。
「ああ、左奥にあるのが救護室で手前が診療所だ」
建物が見えた途端心なしか早足になる王子達。
さしずめ、手前の診療所は診察室のような所で、救護室というのは入院している人達の病室だと思われる。
「……すまない」
突然の謝罪に王子を見て首を傾げてしまう。
謝るところがあっただろうか?
王子の視線が私の手元を一瞬見た。
ああ、なるほど。王子達の早歩きについていくには足元が隠れるドレスの裾が邪魔だったので、少し持ち上げて歩いていた。
王子は女性をエスコートしているのについつい歩調を早めてしまったことに対して誤っていたようね。
「いいえ、心が急くのは分かりますもの」
歩調を緩めた王子の横で敢えて彼を引っ張るように歩く。
王子は私を見た後すぐ歩幅を合わせてきた。
診療所に近付くと気付いた人達が口々に王子を呼ぶ。皆一様に前世でいうところの黒い医療スクラブを着ている。
前世で見た医療スクラブと違うのはシャツの裾が膝下まで長く、腰から下の左右にスリットが入ってるところかしら。因みにパンツは白い。
また、首元には超立体型のこれまた黒いマスクのようなものがかけられている。
前世で黒いマスクをしていた人のイメージはやんちゃな人達だっただけに、何だかとっても違和感。
「救護室へ行く。メリンダはいるか?」
「はい、あちらで手当てを行っています」
「そうか。引き続きこちらを頼む」
王子や宰相達はともかく何故私みたいなのがいるのか、という困惑が手に取るように分かるわね。王子は気にもとめてないみたいだけど。
忙しなく動いている人達は王子を見ると脇に避けて頭を下げているけれど、正直そんな状況ではないんじゃないかな。
「メリンダ」
救護室の中は体を捩り呻いている人達で埋まっている。寝台だけでは足りておらず床に敷物を敷いて横たわっている者も多い。
外傷が余り見られないのは治癒魔法のお陰だろう。
だが、体中をかきむしるようにしている者もおり、かきむしった痕からは血が滲んでいる。
それらを治療しているのは50代くらいの、前世ではモルタルボード、所詮角帽と呼ばれているものを被っている女性だ。
彼女がメリンダなのだろう。
「殿下」
王子の声に応えるその女性には疲労感が滲み出ている。無理もない。
治癒するそばから痛みや苦しさで己を傷付ける患者が多すぎるのだ。
彼女だけでなく、モルタルボードを被っているのが治癒魔法を扱える者のようだが、王子達が来たことが分かっても対応することが出来ない様子。
私の常識では当たり前だけど、この世界ではきっと違うのだろう。先ほどから幾人かはちらちらとこちらをうかがっている。
きっと畏まらなくても良いというお触れでも出たのね。緊急時だし。
私は王子の腕から手を離し、患者の一人に近付く。メリンダと呼ばれた女性が不審気に私を見ているが王子が説明をするはず。
それよりも目の前の人が気になる。
胸元をぎゅっと握り、口からはひゅーひゅーと空気が漏れたように苦しみながら虚空を見る眼の焦点が合っていないのだ。
彼の側に行き、目の前に手を翳してみたが反応はない。
「貴女には何が見えますか?」
私はメリンダという女性を振り返り聞いてみた。彼女は怪訝そうに眉根を寄せて私を見たあと王子を見た。
王子は頷くだけだったが、彼女は私に視線を移し、次いで私の側で横たわる男性に目を向ける。
「……何が、とおっしゃられても私には命の灯火が消えそうになっている男性としか分かりません……」
ややあって答えたメリンダは困惑しながらも、悲し気に男性を見ている。
私は問うような王子の視線には答えず、男性に目を向ける。
メリンダや王子、宰相様や周りの人も怪訝そうにしているってことは見えていないのね。
胸元から立ち上る黒い靄が。
私にはこの救護室にいる患者の幾人かにその靄が纏わりついているように見えている。
お兄様にはもしかしたら見えているのかもしれないけれど、手の打ちようがないとみたのか。
私は一度フラニエルお兄様を振り返った。
お兄様は私としっかり視線を合わせ、頷いている。
私は深呼吸をして救護室にいる患者達を見回した。
私にはアークライヤーの者しか知らない力がある。光魔法といえばそうともいえるが、違うとも言える。
何故ならば癒すだけでなく、傷付けることも出来てしまうからだ。
俺の名はレオンハルト・エルファシオン。
エルファシオン王国の王族に連なる者だ。
魔物の脅威と隣り合わせのこの王国は、屈強な騎士達と強力な魔法を扱う魔導師達に守られている。
彼等は魔物を駆逐する役目があるため、日夜訓練に励み、力をつけている。
その訓練の最中、魔物の群れに襲われ多数の騎士達が傷を負った。
癒しが得意な魔法師が傷を治しても苦しみ出す彼等に、魔法師達も懸命に治療を施していたが長くは持たないと治療を担う救護長メリンダから報告が上がった。
手の打ちようがわからず頭を悩ませていた我々に、アークライヤー三兄弟の長兄、わが王国の軍師団長であるサフィールが彼等を治せるかもしれない者がいると言ってきた。
優秀な騎士達をなくすなどもっての他。
アークライヤー三兄弟にとっては己の傘下にある者達でもある。
サフィールの表情は動かなかったが、付き合いの長い俺にはこの事がなければ言いたくない事なのだと察せられた。
アークライヤー領は守りの要であるため王国屈指の強者が集まる地だ。
癒しの力を持つ者も生まれやすいのか、比較的力の強い者が多い。
サフィール曰く、気難しくはないが気紛れで慈悲深い光魔法の使い手がいるとの事。
魔物の討伐とアークライヤーの光魔法の使い手との交渉を行うにあたり、サフィールとジークフリートは討伐隊を結成し魔物との戦いへ赴き、転移陣を動かしアークライヤーへ向かうのはフラニエルとこの俺となった。
前情報がほとんどといってないが、フラニエルならば知っているだろうと特に深く聞くこともなく向かう。
アークライヤー領の領主夫妻は王国でも有名だ。その美貌然り、領主の桁違いの強さ然り。
その強さは夫妻の子供達にも受け継がれており、王国を支える要ともなっている。
年の頃が近いジークフリートとフラニエルは常日頃妹についてあちこちであつく語っており、アークライヤーの姫君の姿が一人歩きしているような形で王国では噂が絶えない。
確かに、イルマ嬢は美しくとても肝の据わった姫君だったし、一時は兄上の伴侶にと話も上がったほどであった。
そのイルマ嬢も兄達に負けないほど友人達に妹について語っていたものだ。
アークライヤーの末姫は自領で大切にされているらしく、一度も王国へ赴いた事はない。
この王国の貴族は2年ほど王立学園へと通う事を義務化されているためいずれは会う事になるのだろうが、ジークフリート達による妹話に飽いている俺はある意味では彼女を身近に感じるようになってしまった。
その妹君に期せずして会えてしまったのは偶然の産物だったが、蝶よ花よと、妹をありとあらゆる美しいものに例えるジークフリート達の言葉のように確かに美しい娘ではあった。
正直ジークフリート達は妹好きをこじらせて大げさに言っているものだと思っていたからな。
初対面の妹君はアークライヤーの騎士服に身を包んでいて、女性のそのような姿を初めて見たため驚いたものだ。
久し振りに会う兄へとまっすぐ駆け寄る姿は微笑ましかったが、フラニエルのこれでもかという幸せそうな顔に少し引いた。
アークライヤー領主エルディオに力を貸して欲しい事を伝えれば、不甲斐ないと息子達に怒りを見せ場が緊張に包まれてしまう。
そんな重たい空気の中で堂々とため息をつく妹君に、肝の据わったイルマ嬢の妹なのだなと何故か感心したものだ。
だが、彼女がサフィールの言っていた光魔法の使い手だとは思わなかった。
信じられないが、フラニエルも領主夫妻も否定はしない。それが答えのような気もした。
王都へ向かう事になった妹君、リディア嬢は騎士服から見たことがない形のドレス姿へと着替え出発を促してきた。
領主夫妻は勿論、アークライヤーの者達も当たり前のように受け入れているが、少々肌が露になってやしないか?
確かに彼女にとても似合っているし、肌が露になっているといっても清楚な雰囲気のドレスだ。
なんだ、俺の感覚が間違っているのか?
戸惑いながらリディア嬢を連れてフラニエル、そして気配を断つようにリディア嬢の世話をする侍女と共に転移陣で王都へと向かう。
転移陣は初めてだったのか、ふらつくリディア嬢の手をとり体を支えてやれば驚きに円くなった蜂蜜色が見上げてきた。
その後に小さく呟かれたお礼にやはり微笑ましく思ったものだ。
王都の転移陣は2ヶ所あり、ひとつが城の中にある。
城の中の転移陣の間には騎士達もつめており、現れた我ら、というよりはリディア嬢に多くの者が戸惑っている。
やはり俺の感覚は間違ってはいなさそうだ。
洗練された騎士達が目のやり場に困りつつも、美しい娘についつい目が引き寄せられている。
宰相であるエオメルでさえ、口にはしないものの困惑しているようだ。
我らは歓談などせず、 すぐに救護室に向かう事にした。
王都から最も離れた辺境の地、アークライヤーへ二度の転移をしたフラニエルの魔力量が気になったが、リディア嬢に助けられたとの事。
そんな事が出来るのか。
驚きと共に、これから魔法を行使するのに魔力量は大丈夫なのだろうか?
いざとなれば魔力を回復するポーションでも使わせるしかないな。
そんな事を考えていたものだから、女性をエスコートしているにも関わらず早足になり、リディア嬢を慮ることが疎かになってしまった。
彼女は気にした風もなく、心が急く俺を気遣ってか歩みを緩めることはなかった。
救護室は変わらず外傷がないにも関わらず呻く患者で溢れている。
中には苦しさで己を傷付ける者もいた。
この光景は女性には堪えるだろうとリディア嬢を確認すると、彼女は一心に彼等の様子を伺っているようだった。
治療を施している魔法師の救護長、メリンダに声をかけ、どのような状態か確認をしている傍ら、リディア嬢が一人の患者へと近付いている。
メリンダは明らかに場違いな風貌の彼女を訝しみ俺へと問いかけるようにしていた。
リディア嬢が不思議な問いを口にしたが、我々には苦しさに身悶える者や、彼女の目の前の彼には残りわずかな時間しかないのだとしか分からない。
リディア嬢はそれ以外を口にせず、目の前の患者へと向き直った。
ーーーーーーーー そして……
俺は初めて見る光景に圧倒されている。
リディア嬢を中心に足元に広がる金色の魔法陣は今や救護室全体へと広がっている。
そして紡がれる歌。
風が流れ、光が溢れる中、聞いたことのない言葉で紡がれる歌は確かな強い力をもって響いている。
音が溢れるように場を満たしている。
どれほどの時間が経ったのか。
わずなかな時間のようにも長い時間のようにも感じた歌が終わると、リディア嬢しか見えていなかった視界にエオメル達の唖然とした顔が映り、我に返った。
慌てて周りを見渡せば苦しみに呻く者の姿はなく、穏やかな顔で眠りについてる者ばかり。
メリンダが近くの患者へ駆け寄り安否を確認しているが、どう見ても眠っているだけで、息を引き取った訳ではないことが分かる。
眠りを誘う魔法ではないはずだ。
患者以外の治療を行っていた者も我々も眠りについていないのだから。
「もう、大丈夫ですよ」
驚きに立ち尽くす我々に、彼女は柔らかく微笑んだ。
アークライヤーの者しか知らない力。
次々と秘密が暴露されているリディアです。