恵まれた環境
突然かしずかれ内心慌てふためいているが、表面には出さない。だって何だかかっこ悪いじゃない。
リディア・アークライヤーはアークライヤー領のお姫様なんだから。
私には前の世界の記憶が20年分あると伝えたけれど、それは地球という星の日本の国のもの。記憶はあるけれど死んだ時の事は全く覚えていない。むしろ死んだのかすら分からない。
新しい姿形で地球とは異なる魔法と剣の世界に生を受けたのだから、今更気にしても仕方ないが。
ただ、記憶を持っている事で良いこともある。
ここエルファシオンは前世の中世の西洋に似ていて、華やかなようで生活水準がとても低かったのだ。
特に食べ物!
近代化した時代、世の中は大変便利になり、食は人々の娯楽の一種となった。
そう、食への関心が深い場所での記憶はこちらの世界の食べ物をなかなか受け付けなかったのよ。
食材というよりかはその調理法が問題だった。
調味料などはほとんどなく、煮るか焼くかで素材そのものを食べるような感じ。煮るのも素材を綺麗にする意味合いの方が強く、煮沸消毒の如く一度煮立て、素材を取り出してからもう一度煮るという具合だ。
素材そのものというよりはそれに似たものを食べている感じだったわ。
……がっかりした。とても。
だから私はお料理改革をする事にした。
お兄様やお姉様を巻き込んで城の料理長と格闘をしたの。
あ、物理的にじゃないわよ。
何かを始めるって本当に大変。理解はなかなか得られない。
百聞は一見にしかず。しかしそれを示そうにも幼女の言う事など信じて貰えない。お兄様達が居てくれたからまだ話は聞いて貰えた。けれど、それだけだった。なのでお父様の権威を使わせて貰ったわ。
お父様へのおねだり攻撃はとても良く効いた。
忙しいお父様を巻き込むのは気が引けたけれど、背に腹は変えられなかった。
……美味しいもの食べたいっ!
もう、その一心だったのよ。
手始めにスープ。野菜、肉、その骨、魚と色んな組み合わせで出汁をとり片っ端から味見をして貰ったの。
勿論幼女に料理を任せて貰える筈もなく、横であれこれ指示を出していただけだけれどね。
料理長の驚きに見張られた目が面白かったわ。
その前に下処理でつまづいたけどね。
特に魚。内蔵を取らずに料理に使ったらそりゃ臭みも味も凄いわよね。とほほ。
でも、お父様のお陰で調理に口を出せるようになったのはとても大きかったわ。お礼は子供らしく頬っぺにちゅーよ。暫く固まってたけど。
その1件以来、城の者は戸惑いつつも私が行う事に付き合ってくれるようになったのよ。
特にお姉様は根気良く付き合ってくれてたわ。
調味料探しもお姉様と一緒にお忍びで城下に行ったりしたのよ。とっても大変だったけど楽しかったわ。だって城下の暮らしを見る事もできたもの。私にとっては大きな収穫だった。
ジーク兄様とアークライヤーを守る山々の一角へ行った時に見付けた洞窟で岩塩を発見したのも奇跡だったわ。兄様は何だか分かっていなかったようだけど、興奮してきゃーきゃー叫んでた私を見て何か良いものなのかも?と思ったらしい。
因みにその日、私は興奮し過ぎて倒れたの。砦にお仕事中のお父様がすっ飛んできて大変だったみたいだけど、お母様は私達の発見にとても喜んでいたわ。
塩はエルファシオン王国の海辺に面してる領地でしかとれず、また、採れる量も一定ではなかった為とても希少なものであった。
それが自領で採れるのだ。特産と呼べるものがなく、けれど自領及び王国を守る為に騎士を雇い入れなければならなかったアークライヤーは正直赤字経営だった。でもそれも、岩塩の洞窟を発見したことにより少し希望が見えたとお母様は私達を抱き締めてくれた。とても嬉しかったわ。
お母様には城下や農村の民を雇い、岩塩採掘をひとつの事業とする事を進言したの。最初はどうしても赤字が嵩むけれど、平民を雇い入れることで生まれる相乗効果などを分かって貰いたかったのよ。
お母様はとても難しいお顔でじっと私を見ていたけれど、きちんとお話を聞いてくれたし納得出来る範囲から実行してくれたわ。
私の見た目は幼女だし、普通ならば夢ものがたりとして聞き流されていてもおかしくない。最初の料理長のように。けれど、私のお父様やお母様、お兄様達やお姉様は私の話に耳を傾けてくれる。とても嬉しいことで奇跡のようなことなのだと今更ながらに実感する。
お姉様と見付けた他の調味料の元となる植物の種などもアークライヤー家の権威を使って手に入れ、農村で栽培をするようにお母様にお願いした。
だって常時必要となる調味料の元なんだよ?栽培するなら広い場所で沢山っていうのが必定でしょう?
お城だけでなんて無理よ。
でも、始めて育てる植物に皆てんやわんやしてたわ。
日常で使われる魔法を駆使して環境を整えさせ、何度も失敗し、試行錯誤を繰り返して何とか栽培出来るまでになった。
お母様は連日、「これは先行投資よ……」とブツブツ呟いていたけど、採算性がなければ私もこんな無茶なお願いなどしないわ。そう、記憶を持つからこそ利益が出せると分かっていた。そして、それを利用しない訳がないのよ。
私自身は幼女で、信憑性に欠けるとしてもアークライヤー家は違う。生まれた環境が良いもので、更に良くできると分かっているのにある権力を使わないなんて勿体ないじゃない?
……なんて、自分が過ごしやすいようにしているだけだけどね。
でもね、アークライヤーは勿論、王国は資源の宝庫であることが分かったのは僥倖だったわ。限りあるものを使うには慎重にならなければいけないけれど、それらはこの国を豊かにしてくれる。
生きる全ての人の、苦難を乗り越える希望になる。
お父様達が行っている事のお手伝いができるのだ。
王国を直接守るだけでなく、お姉様が言ったように別の守り方でもお手伝いができる。
私が記憶を持ってアークライヤーに生まれた訳がきっとそこにあると思っている。
それに、何といってもリディア・アークライヤーは家族に恵まれただけでなく、人間からかけ離れたような父の血筋故かこれまた人外じみているのだ。
お父様は武一辺倒でその力を発揮していたから分かりづらかったけれど、透き見、未来を断片的に覗けるのではないかと思う。お父様がそれを言葉にした事はなかったけれど。なんとなくね。
お母様もなんとなくそう思っていたのだと思うわ。
だから、私が前世の記憶を基に行っている事をそういう力の一部だと思っている節がある。全然違うものなんだけど、流石にその事を言う勇気が持てない。
まぁ、それらを抜きにしてもリディア・アークライヤーはハイスペックであるという事よ。我ながら幸運なものである。
「リディア」
鍛練場の騎士達と別れ、アルと共に砦の中を点検しながら思考の海に沈んでいた私は耳に馴染んだ声に我に返った。
「お父様」
あ、思考の海に沈んでいたけど、ちゃんとお仕事はしていたんですからね。お父様に呼ばれて思考が止まっただけなんですから!
「お父様、休息はとれましたか?」
お父様のもとへ歩みより、疲れが見てとれないか確認する。……なんだか少し怒っている?
お父様は質問に答えずに私の頭に手を置いて見つめてきた。表情とは裏腹に、私に触れるその手はとても優しいものだ。
「帰らねばならない用事が出来た。……行こうか」
何か大事が起きたのかしら?
お父様が私の後ろにいるアルに目線をやると、アルは右手を左胸に当てて一礼をしてきた。
「行ってらっしゃいませ。こちらの事はお任せ下さい」
何も聞かずに送り出すアルにお父様は頷きで返す。
……やっぱりアルって読心術使えるでしょ?
お父様に促されながらちらりとアルを見ると、いつものにっこり顔をされた。
相棒のレインに乗ってお父様と数人の護衛の騎士達と城へ戻ってきた。
お父様がいるから護衛は余り必要はないのだけど、一応ね。やっぱりご令嬢なので。
お父様はレインから降りる時も終始お姫様のように扱ってくれたけど、私といる時には滅多に見せない張りつめたような顔をしている。言葉数もとても少ない。
余程の事なのかしら?ちょっと不安になってきたわ。
「お帰りなさいませ、エルディオ様、リディア姫様」
城に着くと筆頭執事のロメロが出迎えてくれた。レイン達は騎士達に任せ、私とお父様はロメロに促されながら城へと入っていく。
入口でフッと暖かい風が体を一瞬包んで消えた。
これはシャワーのような清掃の魔法。体や服を一瞬で綺麗にしてくれる。
前世で私はアレルギー持ちで臭いや汚れに敏感だった。こちらにはお風呂の習慣はなく、このクリーン魔法だけがあったの。勿論お風呂についてはお母様に力説して用意して貰ったわよ。 憩いの場は多い方が良いし、何より温かいお湯に浸かって自律神経を整え疲れを取ることのメリットは侮れない。
今ではアークライヤーにとっては欠かせないものとなっている。いつか温泉源を見付けるのが密かな夢である。
兎に角、汚れをお家の中に持ち込ませたくない私は、クリーン魔法を個人で発動するだけでなく、前世にあった自動ドアの如く入口などに設置する事を思い付き実行。魔道具の作成に成功し、活用中だ。成功までの道のりは色んな人が吹き飛ばされていたとだけ言っておこう。皆、すまぬ。
ロメロが扉の横に騎士が立つ客間の一室へ私達を先導している。普段は騎士が立たない場所なので中にお客様がいるのだろう。
「エルディオ様ならびにリディア様がご帰還されました」
私はお兄様達と一緒に様々な勉強をしてきた。そのひとつに階級による服装や装飾の事もあった。だから見ただけでどこに勤め、どこの階級の者なのかを知る事ができる。
部屋の中には宮廷魔導師長のマント。それを羽織る特徴的な銀髪に青いメッシュ。
「兄様……!」
「久方振りだね、リディア」
双子の兄の片割れ、フラニエル兄様の姿に思わず駆け寄って抱きついてしまう。
兄様も慣れたもので、立ち上がりながら両腕を広げるんだもの、仕方ないわよね。
「会いたかったよ、リディア」
「わたくしも会いたかったわ、兄様。でもどうして?王都で………」
兄様との思わぬ再会に嬉しく思いながらも疑問が湧き、抱きついていた体を少し離した。その時兄様の後ろに知らない人がいる事に気が付いた。
夕暮れ時の一時に見られる赤紫色。その色が私を映している。
「父上、リディア……こちらはエルファシオン王国第二王子、レオンハルト王子殿下です」
漆黒から覗く深い色は瞬きもせずこちらを見据えていた。
湖面とかに写る夕暮れ時の一番遅い時の赤紫の空って凄く綺麗ですよね。
リディアはその色に心奪われています。
やっと少しずつ進んできたかな?
字数をもっと増やそうか悩み中です(--;)